第32話 試験的な戦い

 監視施設にある指令室では――。


 僕は室内にある複数のディスプレイから外の映像を見ていた。

 アンダーソンたちは逃げ隠れできる場所がひとつもないところで、ドラゴンと対峙している。


 マコ先生が、なかなか始まらない様子に不満をいう。

「何か、準備に時間が掛かっているわねぇ……」


「マコ先生。アンダーソンさんたちも心の準備が必要でしょう。だって、資料に書かれている内容によると。このボスキャラの攻撃はブレスだけでなく、口から青い光線みたいなものを吐くんですよね。それに周囲5キロ圏内を消滅させる爆発とか。何ですか? これ!?」


「ミヤトくん。その内容については、アンダーソンたちには、黙ってて、そうなる前に倒れるから発動しません!」


「……そう願いたいですけど。それに、この区画は大丈夫なんですか?」

「まぁ……。ここは通常の遮蔽空間より10倍分厚くしてあるから大丈夫かな?」


「マコ先生。あとになってから茶々藤さんに怒られたりしないですよね?」

「それなら、ちゃんと許可を取ってあります。さあ、始まるわよ!」


 一方、黒の砂漠では――。

 アンダーソンとレアンデルが、ジェイコブからかなり離れた場所に位置を構えていた。ジェイコブの目の前にはドラゴンこと『闘技竜メガドロラナトル改』がいる。


 ジェイコブはドラゴンを見上げて叫んだ。

「いくぜ!! 《プロテクション》 オープン 2倍!」


 その声を聞き、アンダーソンがレアンデルをチラ見する。

「レアンデル。合わせる」


「始めようかぁ! アンダーソン!!」

「おうぉッ!」


 2人が同時に詠唱に入っていく。


 ジェイコブがドラゴンを相手に陽動として動き出す。

 ところが、事前に聞いていた予定とは異なり、ドラゴンの方が先に仕掛けた。


 大きな尻尾をぶん回して、ジェイコブを襲った。

 ジェイコブは、すれすれのところで攻撃を避けて地面に転がる。


「聞いてねぇぞ!! マコさんよぉ――!」

 と、立ち上がりながら愚痴を吐く。


 その状況を見ていたレアンデルとアンダーソンがジェイコブから少し距離を取る。

 すかさずドラゴンがブレスを吐いた。


「あのアマッ! 設定間違えてんのかぁぁああぁぁぁぁ――――っ!」


 だが、ジェイコブの防御魔法の障壁がドラゴンのブレスを弾いた。

 ジェイコブは横に飛び出て位置を変える。


「よし!! 1セット目クリアーだ!」

 アンダーソンの声と共にジェイコブの後方から、レアンデルとアンダーソンが同時に攻撃魔法を放つ。


 すると、ドラゴンを中心に周囲を囲むように地面から一斉に火柱が飛び出た。

 攻撃を直に食らったドラゴンが雄叫びを上げる。

『グゲッ。グゴオォォォォォォォォオオオオォォォォォォォォ――――ッ!!』


「さあ、どれくらい削れた! ジェイコブ。後退しろ! 俺が前に出る!」

 とアンダーソンが言った。


 ジェイコブと攻守チェンジするように指示を出したあと、アンダーソンは前に走り出して、自分の身に青白い防壁魔法を纏う。

「《プロテクション》 オープン! 2倍!!」


 ジェイコブがドラゴンから少し距離を取りつつ詠唱を終えた。

「《アンカー》 よし! アンダーソン!! 足止めはしたぞ! 俺が少し削るからカバーしてくれ!!」


「分かった!! ジェイコブ! とっととれ!!」


 すこし間を置いて、ジェイコブが《ファイヤー・サイズ》の魔法を放った。

「おりゃぁぁああぁぁぁぁ――――――ッ!!」


 するとジェイコブの腕に巻かれたリングのひとつが飛び散る。

 ドラゴンの心臓を狙って大きな火炎の鞭が飛んでいく。



 一方、監視施設では――アンダーソンたちの様子を見ていたマコ先生は、不敵な笑み浮かべた。


「フフフ。そんな攻撃で良いのかな?」

 僕はマコ先生に聞いてみる。


「マコ先生。2セット目に入ってませんけど。何か仕掛けたりするんですか?」

「えぇ。もちろん。アレだけだと時間が足りなくなるわね。このままだと、アンダーソンたちが、さきに反撃をもらうわよ」

 と、マコ先生が言っていたとおりだった。



 さらに黒の砂漠での戦闘――。

 ドラゴンは、《アンカー》の魔法で作られた鎖を引き千切り暴れだしていた。


 その状況を見ながらアンダーソンが叫ぶ。

「ジェイコォブゥゥゥゥッ――――――!!」

 が、すでに遅かった。


 ドラゴンは口を大きく開けて、青白く巨大なビーム光線を吐き出していた。

 そのビーム光線をかわし切れずにジェイコブが吹き飛ぶ。


 後方にいたレアンデルが前の方に出て来て、ドラゴンの足止めに入る。

「《アンカー》 次だ! アンダーソン!」


「分かった。レアンデル!! 俺が詠唱に入る!」

 アンダーソンは、レアンデルの後ろの方へと下がっていく。


 アンダーソンと入れ替わるように吹き飛んだはずのジェイコブが戻ってきた。

 レアンデルの隣に並び、謝罪する。


「……す、すまねぇ。失敗しちまった」

「気にするな! ジェイコブ! 今日はお前が盾役になれ!」


 レアンデルが右手でポンっとジェイコブの肩を叩き、アンダーソンのいる位置まで後退する。


 ジェイコブは両手を大きく広げて、防壁魔法を展開する。

「あぁ。任せろ! 《プロテクション》 オープン 2倍 スプリット3!!」


 ジェイコブは自分以外にもアンダーソンとレアンデルの前に防壁を用意した。

 これによりジェイコブは防戦状態となる。

 その様子を見ていたドラゴンは目を輝かせ、ジェイコブが放った防壁魔法を力づくで破壊しようと試み、口からビーム光線を連続放出した。


「ぐッ。改造しすぎだぞ! くそ!!」

 ジェイコブは苦虫を噛み潰したよう表情を見せて顔を歪めた。



 一方、監視施設の方では、ディスプレイの映像を見ながら腹を抱えて笑っているマコ先生がいる。


「は、はははははぁ。どうよ。さあ。反撃しなさい!」

「マコ先生。あの……。予定していた試験工程と何か違いませんか?」

「いいの。少し様子を見ましょう!」



 そして、黒の砂漠では――。激しい攻撃を避けつつ《プロテクション》を張り直すジェイコブの姿があった。


 何度も《プロテクション》を追加で足して補強を繰り返し、ドラゴンのビーム光線を一手に受け持っていたジェイコブは、僅かに後ろの方を向いて、アンダーソンたちに呼び掛けた。


「どうだぁ!! アンダーソン! まだかぁあぁぁ――――っ!」

「今行くぜ!! 《フルグル・スパイン》! インブリケーション3!!」


 アンダーソンが大きく叫ぶ。彼の体が輝きだして魔法が発動する。


 すると、ドラゴンのいる場所を起点に空に黒い雲が集まり出した。

 そして黒い雲の渦から雷鳴と共に四方を囲むように稲妻が次々と降り注ぐ。


 慌てて巻き添えを食らいそうになったジェイコブが地面に転がった。


 続いて、レアンデルも詠唱を終えて叫んだ。


「これもおまけだぁぁあぁぁぁぁッ――――! 《プルプラ・フルグル》!」

 今度は上空にある黒い雲から赤紫色の帯状の大きな稲妻が飛び出て、そのままドラゴンに直撃する。



 その様子を監視施設から見ていた僕は、眩いばかりの閃光に耐え切れず、目をつぶってしまい、よろけて床に尻餅をついた。


 隣にいたマコ先生はしっかりと遮光グラスをかけて、戦闘状況を見つめている。

「これくらいならの攻撃であれば、そうね。まだ、メガドロラナトル改なら持ちこたえるわね。ところで、ミヤトくん。これを2セット目のデータにしておきましょう!」


「は、はい。分かりました。すぐに記録します!」

「ミヤトくん。メガドロラナトル改の残HPはどれくらい?」


「え……っと。今ので30%くらい消費しましたから残り70%ですね」

「そう、アンダーソンたちもやるじゃない。でも、メガドロラナトル改の敵ではないわね。フフフ……。そろそろ、反撃の時間だね」


 そのころ、黒の砂漠の状況では、レアンデルが立ちすくみ愚痴を言っていた。


「くそっ! あれで3分の1かよ! 半分ぐらいは削れたと思ったのな」

 隣にいたアンダーソンが腑に落ちた様子を見せ、ゆっくりと瞼を閉じる。

「いや、レアンデル。これを3回ぶち込めればいいだけさ。チビチビやるよりはその方がいいだろ」


「アンダーソン。それだとジェイコブが持たねぇぞ! 消されても大丈夫なのか?」

「さすがに、それだけなら、やり直しにはならないさ。だから、予定通り攻撃に入るぞ。これで、マコさんたちもデータが取れるはずだ」

「たくッ。仕方ねぇなぁ……。少しは本気を出せっていうかぁ!」


 ――そのあともドラゴンとの戦闘は続いた。

 ちょうど、3セット目のデータが取れたところで問題は訪れつつある。


 監視施設にある指令室で、アンダーソンたちの戦いを見ていた僕は気になっていることがある。資料に書かれている時間切れのときに発生する条件についてだ。


 そろそろ経過時間の状況からもう少しするとボスキャラの自爆攻撃が始まる。


 マコ先生が実験用にと今回準備していた仕様でもあり、以前から使えそうなら採用したいと言っていた攻撃のひとつだ。


 その攻撃はプレイヤー側から見れば、全然ありがたみがないうえに、これまでの戦闘で稼いでいた優位性をすべてなかったことにしてくれる。――究極のリセット。


 まさに悪夢でしかない。それが行使する時間は刻々と迫っていた。


「マコ先生。そろそろヤバくないですか?」

「そうね。どうしましょうかねぇ……」


「戦闘を中止にした方が良いんじゃないですか?」

「それなら例の設定の方を試したいわね」


 結局、初めから使う気だったのか……。

 しかし、あの攻撃が実行したら……。アンダーソンたちは、このあと必ず気力を失うだろう。それ以外にも残り、9体の検証作業が残っているのに、どうする?


「……マコ先生」

「何? ミヤトくん」


「これからメガドロラナトル改が自爆するなら、僕が『グリモア』を使って止めてもいいですか?」

「……ミヤトくん。それって、出来そうなの?」

 マコ先生が不思議そうな表情をしながら僕の顔を見つめた。


 僕は覚悟を決めた。

 よし、これならアンダーソンたちが、やり直さなくて大丈夫だろう。


「はい。僕にアイディアがあります!」

 と、マコ先生に伝える。


 マコ先生は僕の表情を読み取ったのか。こう言った。

「では、そのときは、お願いするわね」


 これより僕は自分を信じてある行動にでることを決めた。

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