第26話 領主のざれごと
『ザベス 魔導の波動』のサービスが開始してから数日が経ち、これといった問題ごともなく、順調な日々を過ごしていた。
そんなある日のこと。僕宛てにある人物から連絡が届いた。
誰から来たかと言えば、フォークの街を管理してもらっている領主である。
どうやら、僕に相談ごとがあるらしく、予定を調整して3日後にこちらから領主の館に出向いて話し合うことが決まった。
――領主の館の前。
「こうして、久しぶりにくると。デカいなぁ……」
僕は丘の上に、これほど大きな屋敷があったのかと驚いていた。
それに、僕とマコ先生がこの館を作りに来たとき、マコ先生が「ささっ」と作業して去ったから、じっくりと見ていない。そのあともベータテストやら本番リリース準備など、諸々と多忙な日々に流されて行き、ここの存在を完全に忘れていた。
僕は入口の門を通って敷地内に踏み込み、庭で植木の手入れしていた庭師に挨拶してから玄関口へと向かう。玄関口では執事長のバロッサが、僕を迎えてくれた。
「マスターミヤト。本日のご訪問ありがとうございます」
「バロッサさん。お久しぶりです。こちらもなかなか来れずに申し訳ありません」
「いいえ。あなた様のご活躍はかねがね聞いております。こちらこそ、ご足労お掛けします」
そのあとバロッサは、後ろに待機していた使用人に手で合図を送り、僕は使用人に案内してもらって屋敷の中へと入って行った。そのまま廊下を通って、1階にある来賓室へと向かう。
「では、どうぞ。こちらでお待ちくださいませ」
と、使用人の女性から部屋に入るように勧められる。
「ありがとうございます。失礼します」
僕は、来賓室の中に入って見ると、そこは屋敷の外見とは異なり、バリ風アジアンテーストな感じがするインテリアデザインになっていた。部屋の中を眺めながら中央にあるソファーに腰を据えると、室内に待機していた別の使用人がいて、僕に近づき、冷たいグリーンティーを出してくれた。ティーカップを手に取り一口だけ頂いて吐息する。
「ふう――……」
どうやら、この感じからすると、少し待つことになりそうだ。
仕方なく、部屋の壁などに飾られている装飾品や風景画などを眺めて待つことにした。
そういえば、ここって、南国リゾートホテルのイメージなのか?
ゲームの季節設定が、
「年中常夏だから、こんな感じのレイアウトになるのかぁ……」
この場所は海の近くにある丘の上。今日は太陽の日差しが強い訳でもなく、室内の暑さもそれほど感じられない。それに近くの窓から時おり吹き込む風が爽やかさを与えてくれる。
「……こういう雰囲気の場所も良いよね」
と、僕は独り言ちる。
――それから数十分ほど経過して、部屋の奥にあるドアからノックする音が聞こえた。
待機していた使用人がドアを開く。
すると、執事長のバロッサが部屋に入って来た。その後ろには、領主らしき人物がいる。
僕も彼らの入室に合わせて、ソファーから立ち上がる。
あとから入って来た人物が、僕の前まで来て、一礼してから挨拶を始めた。
「お初にお目にかかります。マスターミヤト。ようやく、お会いできて光栄です」
彼の名はライコネン・ウィル・フォークという。
30歳半ばぐらいの金髪の男性で背は低く、お腹周りが少しポッチャリしている。
彼もリリィであるが、リリィたちの中では貴族の位を持っている。このゲームの中で彼はエキストラではなく、正真正銘のお貴族さまとして、フォークの街を管理しており、実際にこの世界にある街として、自治を任せている人物になる。
それに彼はリリィたちの間では、富貴な方と扱われており、どちらかと言えば、誰も関わらないようにしていると聞いている。とはいえ、彼はロザリアの遠い親戚にあたるらしく、こちらにお邪魔する前にロザリアから彼を無下に扱わないよう頼まれていた。
また前作のゲームである『ザベス 秘剣の誓い』にもフォークの街が存在するが、そちらはライコネンの兄であるマキネン・ウィル・フォークが領主を務めている。今回の新作ゲームでフォークの街を配置することが決まると、兄のマキネンの推薦により弟のライコネンが領主として役割を担うことになった。リリィたちの社会がどうなっているかはよく分らないが、それぞれに役割があるらしい……。
それと末吉から聞いた話によれば、彼が領主になることが決まったとき。
突然、マコ先生に求婚を申し込んだという。それが原因となり、今ではマコ先生から嫌悪されていると聞く。
だが、当の本人は諦めていないという噂だ。
その話を聞いている僕としては、ここは彼とマコ先生の関係について、関わらないように毅然した態度で臨まなくてはならない。
「さて……。マスターミヤト。早速ですが、本題に入らせて頂きます!」
「ライコネンさん。何か問題でもありましたか?」
「いいえ。これと言って、それほど問題にしなくても良いかと思いますが、しかし、これでもちゃんと役割を担う者として、部下たちの要望がある以上は、検討せざる得ないのであります」
そういうことか……。なんとなく予想はつく。みなまで言うな。
「衛兵長より、どうしても、と、要望がありまして……」
「はい、分かっております」
「ほほぅ……。ご存知でありましたか。では、ありがとうございます。早速、彼らのお引き取りをお願いできますか?」
「あの、ライコネンさん。逆にお聞きしますけど。そちらにプレイヤーの犯罪行為など取り締まってもらっていますが、戦力して不足していないのでしょうか?」
「いえ。戦力はまだまだ不足しております。が、しかし、あの者たちは少々、相性と言いますか、こちらとしても扱いに困っております」
そうなんだろう……。レベルが高すぎるNPCを強引に衛兵として預けたことに不満があるようだ。それもこれもマコ先生が決めたことだから、僕としても何とも言い難いけど、彼もそのことを知っている。
だから、直接マコ先生に文句も言えず、僕に言ってきたと見る。
しかし、その件については問題はない。
「はい、それでは、こちらより預けましたNPCたちについて、引き取らせて頂きます」
「そっ。そうですか? マスターマコのお願いであるなら、どうしても、ということで引き受けましたが……。ど、どうされるのでしょう?」
と、質問と同時にライコネンの潤んだ強い眼差しが、僕に向けらた。
えッ!? そ、そういうこと?
それならそうと……。でも、関わってはいけない。
ふぅ……。落ち着こう。危なく地雷を踏むところだった。
「は、はい。こちらも本番稼働時、プレイヤーの暴徒を抑えるために衛兵の支援として、一時的にそちらに預けておりましたが。しかし、別の計画がありますので問題はありません。早速、来月から別の場所で活躍してもらいます!」
「そ、それであれば、よろしくお願いします。ところで……。マスターマコは、お変わりなく、お元気でしょうか?」
「はい、元気にしておりますよ。その他について、何かご相談はありますか?」
「……いいえ。ございません」
「では、私からも衛兵長には、お会いした際に、お詫びを申し入れて置きます。本日はこのような話でよろしかったでしょうか?」
「……ん、問題ありません」
思っていた以上に、あっさりと引き下がってくれたようで何よりだ。
さて……。これからどうしたものだろうか。最強のNPCが10人いる。
半分はネームドだ。衛兵たちよりも強すぎるため扱いに困ったのだろう。
もともと、マコ先生の案では、対象のNPCたちは支援魔術師として衛兵隊のところで使って欲しいと、お願いしたのだが、10人も要らなかったでは? と、思う。
それに衛兵たちは全員がリリィであり、連中はエキストラでもなければ、単なる警備員でなく、組織的にも
そこにこちらがゲームの延長として、強引にNPCを迎え入れるように持ち込んだのは、いささか問題があったのかも知れない。
だが、今ならNPCたちを引き戻すことで、本番稼働時の臨時要員として送り込んだという説明もつく。ここは、ちょっとマコ先生に相談する前に誰かと調整しておいた方が良いかな?
ライコネンとは互いに不敵な笑みをかわして、僕は冷たいグリーンティーを一口飲む。
それから彼の近況などの雑談を少し聞き、僕は領主の館をあとにした。
話がマコ先生に関わりそうな展開をすべて誤魔化して難を逃れている。「そんなに会いたいなら、直接連絡すれば良いのに」と、思うところだが、プライドが高いのか何なのかは、分からないので、放っておくことにした。
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