第25話 本番リリース

 とうとう、この日を迎えた。僕が初めてゲームマスター・・・・・・・を任される日。

 これから辛くも楽しい日々が待っている。

 

 より多くのプレイヤーを相手に僕の戦いは始まる。

 このゲームが、ウケるかウケないか、人気なるのか、ならないかすら分らない。

 だが、ベストだけは尽くす。


 それは、初日の対応だけでも大きく影響するからだ。

 大丈夫、ベータテストも好評だった。


 リリーステストで顕在化した問題点もすべて改善できた。

 だから、今日という日は自信を持って対応したい。


 ――そして、ベリタスオンラインゲームズが満を持して世界に放つ。

 新作のVRMMORPG『ザベス 魔導の波動』の本番稼働が開始した。


 管制室では一斉にリリィたちの確認の声が上がる。

「ポータル始動、オールクリア――ッ!!」「クリア!」


「アートマン・ベクターを確認しました!」「了解!!」

「アバター転移! フォローしてください。」「「了解!!」」


存在性通信網保持エッセリティキュラムリテンション!」

「プレイヤーのアイテム転移クリア――ッ!!」「クリア!」「クリア!」


 仰々しい隠語が飛び交い、管制室は一気に慌ただしくなってきた。

 場の雰囲気に緊張感が高まる。


 囂然ごうぜんの中、僕が横を見るとマコ先生がこちらを見ていて、ゆっくりとうなずいた。


「よし……」

 僕はテーブルの上に手を突いて席から立ち上がり、周囲を見渡してから管制室にいるリリィたちに大声で激を飛ばす。


「さぁあぁぁ! みんなぁぁぁぁ! 始めようぉぉおおぉぉぉぉ――――ッ!!」

「「おおおおぉぉぉぉ――――!」」


 リリィたちも僕の呼び掛けに返事をしてくれた。

 管制室にある巨大ディスプレイでは、続々と仮想空間から転移してくるプレイヤーの姿が映っていた。


 プレイヤーは冒険者ギルドの建物の中にあるポータルへと転移する。

 その姿は神秘的にさえ思え、虹色に輝くゆらりとした人影が、部分的に実体化を始めていき、やがては完全な人の姿に変わっていく。


 そして2階にあるロビーを素通りして、建物の外へと移動して行った。

 そのまま街の外へと移動して行く。これはプレイヤーたちが初期設定を終えており、問題なく行動しているからである。


 僕が目の前あるVRST(仮想サンドテーブル)から島全体の3D地図を確認し巨大ディスプレイに表示してもらえるように指示を伝えた。


「誰か、エリア12、14、15の映像に切り替えて!」

「はい」


 巨大ディスプレイの映像が切り替わる。――そこではプレイヤーたちの混雑している状態が映っていた。


 僕は少し焦る。念には念を入れようと思い、マコ先生に声を掛けた。

「マコ先生。意見を求めます。3つのエリアに、想定以上のプレイヤーが集まっています」


 マコ先生も僕の隣に近づいてきてVRSTを覗く。

「そうね。プラン変更を確認してもらった方が良いわね」


「ありがとうございます。 サミーア! プランを確認!」

「分かりました。あと、15秒後に変更になります……――5、4、3、2、1」


 発動トリガー条件を満たしたらしく、対策プランが実行した。

 そこに集まているプレイヤーたちを周りから袋叩きするように半径50mくらい離れた距離から全体を囲むようにして、下級モンスターの大量ポップが始まる。


 僕は刻々と変わる巨大ディスプレイの状況を眺め額に汗する。

 少し気になるが、プレイヤー同士が合流して集団を構成している?

 まさかレベル1でチーミングをするとは思いたくもない。


 しかし、プレイヤー集団は分散を始めて各々に戦闘状態に突入した。

 僕はプレイヤーたちが難なく散らけてくれたことに安堵する。


「乱戦モード正常です!」

「安心しました。サミーア! 継続してお願いします!」

「はい、分かりました」


 その様子を見ていたマコ先生が僕に声を掛けた。

「ミヤトくん。もう少し、自動制御オートメーションを信用しても、大丈夫だと思うよ」

「はい、そうですね」


 そして、巨大ディスプレイを再び、冒険ギルドにあるポータルがある場所に切り替えてもらう。みんながみんな、巨大ディスプレイに注目する中、最後のプレイヤー集団の転移が完了する。これで最初の問題はクリアした。


 転移を監視しているリリィたちからも安堵の声が漏れる。

 ここで状況が一段落したところで、僕はVRSTを指差してマコ先生に説明する。


「マコ先生。現在のプレイヤーたちの行動からすると、特定のルートに雪崩込まれるケースは防げそうです。このまま、こちらの想定どおりに進めば、残り28時間後にはボス戦が始まります」


「そうね――確かに、ここまでは計画どおりかな。少し不安もあるけど、特に問題も出ていないようだし……。一旦、警戒レベルを落としても良いと思うわ」


「はい、ありがとうございます。では、アンダーソン! 警戒レベルをダウンで現状が安定しているなら1時間後に交代体制にシフトして下さい!」


 近くにいたアンダーソンが歩き出して、仲間のリリィたちに呼び掛ける。

「了解ッ! みんなぁぁああぁぁぁぁ――! 時間を合わせろぉぉぉぉ。それと、現地チームにも伝達を!」

「「「了解!」」」


 そこから数十分ほどだが、時間が過ぎ去り、状況から見ても大きな問題も起こらず安定していた。さらに巨大ディスプレイの映像を見ると、徐々に無茶なプレイをして死亡するプレイヤーが増えてくる。


 ゲーム上でプレイヤーが死亡するとアバターは、その場から消滅して、その肉体はアバタールームと呼ばれる場所へ転移する。同時にプレイヤーの意識は仮想空間へと逆戻りとなる。


 再びプレイヤーが、こちらの世界に転移するには少しだけ時間が掛かり、仮想空間で待機中のプレイヤーはアイテムボックスなどの整理をするはずだ。


 その間にアバターの方はアバタールームで換装かんそうされ、いつでも転移に合わせて、憑依シンクロできるように準備する。


 現在の状況から見ると魔法攻撃に慣れていないプレイヤーと、何とかコツを掴んで楽しんでいるプレイヤーとで段々とその差は開いている。フィールド上でのプレイヤーたちは、徐々にこちらの想定していたとおり散らばってくれた。


 そして仮想空間からこちらの世界に繋がっている。超意識体マーヤーネットワークというものが安定してきたと担当のリリィから報告を受けた。これで完全にしばらくは大丈夫かもしれない。


 僕は額の汗を拭い、吐息する。

 超意識体マーヤーネットワークも『グリモア』で作られいるというから、この世界は本当に不思議だ。


 マコ先生が僕に声を掛けた。

「そろそろ、大丈夫じゃない。あと、ペナルティを犯したプレイヤーはチェックしてね。ゲームマスターの仕事だからね」


「……はい」

 そう、ゲームマスターの仕事にはプレイヤーたちの揉めゴトの対応も入っている。


 まったく、どうしてこうも、ゲームの世界だと本能的欲動を解放して暴走してしまうような、やんちゃな連中が出るのだろう。


 アカウントを得るときに、こちらは個人情報を押えているのだから、変なことはできないはずなのだが、どうしたものか。


 だが、本当に、これがゲームマスターとして一番大変な仕事かも知れない。

 対象者となる双方の意見を聞いて対応するのは、かなり難しいことでもあり、こちらで用意している対処マニュアルは、きちんと暗記しているが、こればかりは若輩者の僕としても、いささか抵抗感がある。


 こちらは弁護士でもないので痴情のもつれなどは持ち込まないで欲しい。


 でも、当ゲームではVAR(ビデオアシスタントレフェリー)と同等以上の監視環境を採用している。だから、事後処理だけで済むはずだと思うところだが、加害者の言い分は聞かないといけないわけであり、言い訳タイムだけは苦行のなにものでもない。


 マコ先生から色々と話だけは聞いている。とても重い気持ちになる。

 前に「慣れてくれば、大丈夫です」と末吉も言っていた。


 マコ先生もベータテストのときは、バッサリと容赦なく対応していた。

 僕も割り切れるなら良いが、初めてのことなので不安でしかたない。


 僕は管制室から下の階にあるポータルへ移動して仮想空間に転移する。

 問題を起こしたプレイヤーを相手する尋問室へと訪れた。


「ここかぁ?」


 そこは僕が初めて茶々藤と遭遇した部屋だった。

 そう、僕もかつては問題児として扱われていたのか……。


 そして僕が初めて対応したプレイヤーは兎の獣人で女性の姿をした野郎だった。

 ――彼の意見を聞いた。だが……。しかし……。やっぱりNGだったので、容赦なくアカウントを没収した。


 これも規約どおりだ。彼は再度ログインできるまで12ヶ月の保留となり、サブスクを停止するかは契約者に委ねることになっている。ベリタスオンラインゲームズの別ゲームは利用できるので、そちらで楽しんで欲しい。


 そのプレイヤーは去り際に捨てセリフを吐いてログアウトして行った。

 ここが一番辛いところでもある。僕は慣れるだろうか。


 でも、あの容姿で、あの捨てセリフはないだろう。と、とても不思議な時間を過ごして、そのあとも数名のプレイヤーを屠ることになった。

「ふぅ――……、や、やっと終わったぁ」


 マコ先生が尋問室に訪れる。

「お疲れぇ。どうだった?」


「マコ先生ぇ……。大変でしたぁ――」

 僕はテーブルに伏せた。何か知らないが、どっと疲れが出てくる。


「でも、ミヤトくん。無事に対応できたよね」

 マコ先生は、にこりと笑って僕に近づく。

 僕の頭をそっと撫でてくれた。


 ――こうして、本番稼働初日に違反したプレイヤーは30名に留まり、その他にも大きな問題もなく終了した。

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