第23話 リリース前テストのこと

 僕は本番リリースを迎えるため最近は忙しい日々を送っていた。


 ギリギリまでリリース前のパッチ適用テストと称して、現地での検証作業を繰り返している。

 それは犬養が提案したGvGイベントが思いもよらず、NPCたちの設置難易度を高くしてくれたことで苦戦していたからだ。それにプレイヤーの仲間であるNPCの戦闘バランスが、難しいことも知る。


 例えば、対戦する敵のNPCたちが強すぎた場合、こちらが想定している戦闘中のプレイヤーが、仲間に寄生しないようにすることが不可能であることが判明した。現在、検証作業として、リリィのひとりであるカルロスを巻き込み、彼をプレイヤー役として、仲間のNPCたちと一緒に戦闘プレイをしてもらっている。



 ――草原が広がり緩やかな起伏がある場所。


 ここは、ところどころにゴツゴツとした大岩があり、少し長い草が茂っている牧草地帯がまばらにある。そのためプレイヤーが身を潜めて戦闘するのに都合が良く、対戦するプレイヤーからすれば、認識阻害することにも役立っている。また、GvGのイベントを行なうステージとしては、地形のハンデが少ないと思える場所だ。


 突然、プレイヤー役のカルロスが叫んだ。

「だめだぁ! 効き目がねぇ――――っ!!」


 戦闘プレイ中にカルロスの仲間が放った遠距離攻撃魔法が不発に終わった。

 攻撃は与えたが効果が見られなかった。


 対する敵の方は、その状況を見逃さず反撃を開始する。

 敵側の前衛プレイヤー役であるNPCが、カルロスたちを捕捉して駆け出した。


 連中は同時に魔弾を放ちながらカルロスたちとの間合いを詰めていく。

 カルロスたちの反撃は抑制され、後退を始めた。


「くっそぉ――! シールドが、維持できねぇ――――っ!!」

 カルロスの左手にあるラウンド・シールドが今にも砕けそうになる。


 敵の魔弾の威力が強力であり、バフの効果が剥がれ落ちて盾が持つ本来の耐久力はすでに限界を迎えようとしていた。


 そこにカルロスの隣にいた銀髪で青の装束を纏った女性魔導士であるチャールが、カルロスに声を掛けた。


「マスター! 距離ヲ取ッテ下サイ!!」

「分かってる。分かってるって! みんなも、一時退却だぁぁ――ッ!!」


 チャールの後方にいた水色髪の双子の女性魔導士のエークとドゥ。

 後方いた赤毛の女性魔導士のティーンも撤退を始めた。


 カルロスの盾が、ついに魔弾の攻撃に耐え切れずに砕け散る。

 すかさず装着しているマントを使って魔弾を防ぐ。


 さらに、カルロスたちがいる場所の上空に渦を巻くように黒い雲が集まりだした。

 カルロスが危険を察知して、仲間たちに向かって大声で叫んだ。


「みんなぁああぁぁぁぁ――――! ち、ちれぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇ――――っ!!」

 チャールが、素早く反応してカルロスに魔法防壁を進言する。


「マスター。『プロテクション』ヲ展開シマス!」

「あぁ――! 任せる!」


 すると、チャールがカルロスの前に移動して、時おり飛んでくる魔弾を手のひらに纏ったシールドで弾き返す。その位置からチャールは他のメンバーに指示を出した。


「エーク、ドゥ前ニ、ティーン! 後ニ!」

「「「ティケ」」」


 エークとドゥが前方の左右に大きく開き配置に着いた。彼女たちはすぐさま詠唱を始める。

 また、同じくティーンもカルロスの後方に移動して、その場で詠唱を始めた。


 そのとき、空にはカルロスを狙って、大きな紫色の魔法陣が浮かび上がっていた。

 そこから巨大な目玉がぎょろりと現れ、大気をつんざく轟音を響かせ。

 それは……地面へと落下した。


 ――瞬時にして、閃光と共に爆砕する。カルロスたちの姿が消えた。


 やがて眩しさは堙滅いんめつし、白煙だけが周りを漂っていた。

 辺りは静寂を迎え、靉靆あいたいそのから薄っすらと人影らしき物が浮かび上がる。


 そこには2つ。大きな壁がある。青白く透明であり斜めに重なり合った状態で地面に刺さっていた。


 あれほど、強力な魔法攻撃を食らっても、カルロスを含めチャール、エーク、ドゥ、ティーンの5人は健在だった。


 ここで、カルロスは上空から撮影している白い球体ボットに向かって叫ぶ。

 球体ボットに取り付けられているカメラに向かって、プレイ中断の合図を送った。


「タ、タァァアァァァァ――――イムッ!! マコさぁぁあぁぁぁぁ――――ん!」


 ――その状況を管制室にあるディスプレイ映像から見ていた僕とマコ先生は、遮光メガネを外して互いに顔を見合わせた。


「ミヤトくん。今日はこれで終了にしましょう。ちょっと、犬養くんを呼んで検討しないといけないわねぇ」

「はい、分かりました。呼んできます!」


 数分後、戻って来たカルロスはぐったりしていた。

「はぁ、はぁ……。ミヤトさん。もう、無理です」


 呼ばれた犬養の方は、どんよりした表情をしている。

「……どうもぉ、あれ!? 無理だった?」


 そのあと、管制室の上の階にある会議室では、関係者が全員集合して、僕とマコ先生を含め、これから検証作業について問題点を話し合うことになった。


 このゲームでのNPCは、普通のコンピューターゲームでいうAIではないため、プレイヤーの行動データをもとに自動的に設定することはできない。よって、NPCもこちらの世界では人工生命体であり、生物に属するので、彼ら彼女らには、同調性をどのように覚えてもらえるか難しいところでもある。プレイヤーのパーティーメンバーとなるNPCが、すべてネームドキャラクターであれば、能力バランスについては、それなりに言い訳も立つかも知れないが、そうでないから、どうしたものかと問題点が露呈ろていした。


 犬養が先に手を上げて発言する。

「いっそ、ランクマッチにしたらどうでしょうか?」


 それをマコ先生が確認した。

「犬養くん。プレイヤーに階級制限をつけるということ?」


「はい、そうしないと、無理ですよね」

「そうなると……。通常のシナリオを一緒にするNPCと、対戦用NPCを使い分けないといけないのかな?」


「はい、マコさん。ん――……。やっぱり、そうしましょう。これ以上は、ゲームバランスが難しくなりますし……」

 犬養は少し悩みつつ答える。


「私もそう思える気がするわ。崩壊しない一歩手前で踏みとどまっているような限界が見えて来ているから、リリース時はその案で行きましょうか?」

 マコ先生も犬養の意見に同意する。


 そこで僕も聞いてみた。

「あの……。シナリオモードで強くなり過ぎたNPCは、GvGに参加できないってことになりますか?」


「そうよ。ミヤトくん。このままだと、両立は難しいから。それに下手にハンデを埋めると、今度は対戦する人数が増えたとき、マップの領域が増やせないから不利になるし、さらに問題も多く発生するのよ」


 犬養がマコ先生の言葉に補足した。


「それに高槻くん。ランクマッチをしない場合、準備した方が圧勝するだけのGvGにするか。それとも、少しでも競技性を持たせて、初心者でも楽しめるようにするかだね。後者のみだと、GvGは簡単に飽きられるし、前者のみだけだと、GvGにのめり込み過ぎてシナリオモードをしてくれるプレイヤーが少なくなるから微妙なんだ。それに茶々藤さんからの御触れもあるから、NPCには愛着を持たせるようにと、戦略シュミレーションぽくなるのは、全面的にNGだから本当に難しいよ」


 このゲームは、VRMMORPGであって、VRMMOFPSやVRMMORTSにしないこと。

 茶々藤が重要視していたことだ。


「そう、初めからプレイヤーは冒険者だから冒険しなさいということなのよ」

 と、さらっとマコ先生がいう。


「そうだろうね。だから、ザコキャラを多く倒してもレベルアップしないからPvPやGvGを増やしたけど……。それよりもイベント付きのPvEをもっと考えろということに戻るかぁ……」

 頭を掻きながら、犬養もいう。


 本当に、この2人は仲が悪いのか良いのか分らないが、このゲームに対する熱意だけ伝わる。

 僕にも面白いイベントが考えられたいいのになぁ……。


 ――そのあとも、あれこれと皆から意見が出たところで。

 結局、GvGにランクマッチを導入することに決まった。


 また、GvGを行なう場合の推奨として、当初の予定どおりプレイヤーのみとし、ギルドを作った場合に限りプレイ可能とする。それと低ランク同士のGvGを実施する場合に限り、条件付きでNPCの参加を可能とした。参加できるNPCには、レベル上限の制限が設けられており、一定のレベルを超えると自主的にGvGに参加しないようにすることが決まる。


 しかし、これはこれでプレイヤーたちには不満があるかもしれないが、このゲームはシナリオ重視にしたいということで話がまとまった。


 このあと、カルロスは仲間のリリィたちと一緒にNPCたちに設定を覚えてもらうように対応するが、どうやっているかは知らない。

 但し、大変だということだけは知っている。


 こうして、その他にも、たくさんある不具合について、数週間に渡り検証作業を行っていた。


 ――そして、ついに本番リリースの日を迎える。

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