第22話 CMのはなし

 ――ここは首都にある駅の近く。

 ビルの上に備え付けられた大型ビジョンのひとつに、そのCMは流れていた。


 夕方どきを狙って、僅かな時間帯に数回だけ放映している。それは、今日まで大々的な宣伝などもしてこなかった噂のオンラインゲーム。


「さぁ。ベリタスオンラインゲームズが送る。最新のVRMMOとは、これだぁ!」


 ゲームプレイ中の映像が流れ、キャッチコピーが熱く語る。

 しかし、何の変哲もない16K画質のゲームプレイ映像が流れている。


 だが、それは知る人ぞ知るVRMMORPGでもある。

 また、実際にプレイした人たちから見れば、そこに映っている映像は異なる。体験したことがある者たちは、皆こう思うだろう。


 ――この映像よりも遥かにリアルだ。


 なぜ、これほどにも画質の悪いクオリティ映像が流れているのだろうか。

 これについては、異議を問う者も多いかもしれない。


 しかし、マイナーなゲームであるがゆえに、それほど、世間から騒がれることもなく、ウェアラブルデバイスを改造して、このゲームから映像を抜き取ろうと試みた者なら、そこに映し出された映像が同じであるを知っている。


 あのリアリティーあるゲーム環境は、どのような仕組みで作られて、プレイヤーに提供しているのだろうか。


 そう業界でも噂されているのが、このベリタスオンラインゲームズのゲームである。


 それに、このゲームではログイン制限があり国内限定となるため、海外勢には知られることがないが、それでも、オンラインゲームをこよなく愛する有志たちによりVPNサービスを使った隠れユーザーは存在する。


 立ち止まってCMを眺めていた外国人が数人ほどいたが、彼らがそのユーザーなのか。もしくは、単なるゲームマニアだったなのかは、誰も知らない。


 また、このCMを見ていて、前作である『ザベス 秘剣の誓い』を実際にプレイをしたことがあるユーザーたちは、このCMを問題にすることはなく、とにかく楽しくプレイできれば良いだけで、逆に有名になられる方が都合が悪い。


 それに、このオンラインゲームは、ゲーム実況を禁止していることで、ゲームをしない人たちからは認知度が低く、逆にゲームをする人たちからは認知度が高いという謎のオンラインゲームでもあり、それが、今までメディアからも取り上げられること少なく、希薄なイメージを持っているゲームだったが、屋外広告物として、映像が流れていたとなれば、知っている人たちは、足を止めてしまう。



 ――学校帰りの学生たちが歩道からビルを見上げていた。

「ねぇ。あれって、ミカコが面白いってた。ゲームだよね」


「そうだね。それにしても、うぅ……。何、あのやる気が感じられないCM。不思議」

「それって、どういうこと?」


「実際に体験してみると凄いから、一度プレイすると他のオンラインゲームが、しょぼく見えるし」

「ふぅ……ん。そうなんだ」


「ミズちゃんもやってみる?」

「え――VRって、面倒じゃないの?」


「ベリゲーなら、VRのサービスは楽しいよ。衣装なら無限に選択できて、しかも実物としても購入できるから」

「色々と便利なのね」



 ――ところ変わって、ここは、とあるビルの一室。

 レセプションルームとして使用している部屋に、どこか幼くも清楚な感じがしそうな女性がいる。彼女は両袖机の前で椅子に座りながらパソコンを覗いていた。


「どうも、反応が薄いわ……」

 彼女の名は矢田野やだの 愛絆あき


 ベリタスオンラインゲームズに出資する唯一のスポンサー企業『矢田野製薬』の社長令嬢であり、大型ビジョンにCMを流した張本人でもある。


 その矢田野の傍には、スーツ姿の年配男性が立っていた。

「はい、お嬢様。うちの広報部で予想していたとおりの結果だと思います」


 この男性の言うとおり。放映したCMには、かなり無理があった。

 本来、このゲームについて、自前でCMを用意するとすれば、ハリウッド映画並みのCGを駆使するなどして、それ相当の費用が掛かるはずである。

 しかし、彼女にその予算を使う権限もなく、結果的には、予算はそれほど掛けていない。


 それに彼女は、ウェアラブルデバイスから抜き取った映像を無理やり加工して編集すると、ベリタスオンラインゲームズを運営するサイバリュー・エージェンシー社の本社に乗り込み了承をもらって、そのあと、地方にあるCM制作会社に同じよう作らせている。


 また、そもそも矢田野製薬は、VRゲームとはまったくと言って良いほど関係がない会社であり、どうしてスポンサーになっているのだろうと、疑問に思う人も多い。


 それはサイバリュー・エージェンシー社が、ベリタスオンラインゲームズとしてVRMMOのサービスを初めて開始したときの話になるが、当時の茶々藤は、社長に言われて急遽スポンサーを探そうとしていた。そこに偶然にも声を掛けてきたのが、この会社である。


 もともと、ベリタスオンラインゲームズは、スポンサーを必要としていないが、スポンサーなしに、あれほどのオンラインゲームを自前での運営をするなど、難しいだろうと疑われる可能性があった。


 そこでベリタスオンラインゲームズは、矢田野製薬をダミーとして契約することにしたが、この会社と契約してみれば、あとから、あれやこれやと、ベリタスオンラインゲームズに提案してくることで、茶々藤としても迷惑と思っていた。


 それもこれもベリタスオンラインゲームズの初期のゲームにハマった彼女が原因でもあり、自分の親に頼み込んで、ベリタスオンラインゲームズのスポンサーになるようにさせた。


 それにベリタスオンラインゲームズは、今回の新作ゲームでも宣伝するにあたり、CMを流すことは考えていなかったが……「だめでしょ。だめなのよ。だめだからね」と、茶々藤にぶちまけて強引にCMを流した。


 だが、世間の反応は少ない。

 ただ、ベリタスオンラインゲームズは、それほど知名度を気にしていない。


 まさに我が道を行くゲーム会社だと思われているベリタスオンラインゲームズであるが、同業者からすれば、目標とするヌルヌルでなく、スルスル動くリアリティーあるオンラインゲームということもあり、謎のシステムを使っていると噂されていて、変な目立ち方をしている。


 しかし、サイバリュー・エージェンシー社のホームページを見ると民間企業の研究所からスピンアウトして独立した会社ということもあり、営利目的よりも研究目的で運営していると思われているせいか、ライバル視する企業は少ない。


 結局、ベリタスオンラインゲームズの新作ゲーム『ザベス 魔導の波動』に宣伝は、ゲーム情報サイトで少しだけ告知があったくらいで終了した。

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