第21話 シナリオ担当

 それから数日間。僕が地下に通いながら作り上げたダンジョンは完成した。


 翌日。僕は何気なく屋敷の1階を歩いていると。

 使用人のカロラインから声を掛けられて、そのまま居間として使っている部屋に案内される。


 部屋では犬養がひとり。テーブルの端に座りながら、何やらシナリオ作成を行なっていた。

 そもそもシナリオ作成なら、こちらの世界に来て作業することはないはず……。


 僕は犬養に声を掛けてみた。

「犬養さん。お疲れ様です。珍しいですね」


「やぁ。高槻くんかぁ……。僕だって、こっちの世界で作業することはあるんだよ!」

 思いっきり表情を読み取られた感が否めない。


「そうなんですか? そういえば、末吉さんから……」

「そうだ。高槻くん。この前、せっかく予定していたけど駄目になってごめん!!」

「良いですよ。前作のゲームでのイベント変更が先ですから、それと、こちらのダンジョンのイベント変更ですが、犬養さんにも連絡があったと思いますけど、完成したんですか?」


 犬養は少々言葉に詰まったようなニュアンスで答えた。

「あぁ……。あれねぇ――まぁ、要望には応えたけどさぁ……実際にプレイするとねぇ……」


 こういう感じで言葉を濁しているが、この人のこだわり方が、ほかの人と違うことを僕も知っている。

 彼が作ったイベントは、少し変わったところが多く、途中で笑いを入れる癖がたまにある。


 そして、それが滑ったときのイベントは虚しくなる。今回のダンジョンでのイベントでも変更箇所が何箇所かあるが、ほとんどの原因が、それに共通する。


 例えば、あるイベントでは、ダンジョン内で発生する『鉄砲水トラップ』というイベントがある。そこでは大量のスライムがぎゅうぎゅう詰めで坂から流れ出してきて、それを避けられないプレイヤーは、地下階層へと流されて、より凶悪なモンスターの餌食になるという理不尽なものであり、犬養が思うにプレイヤーが、その死闘から抜け出すことを楽しんで欲しいと考えた。


 しかし、そんな無駄なことをするプレイヤーは存在しないだろうという意見が出て、検証に関わったリリィたちもスライムまみれになりながらも改善点を探した。

 だが、どこにも楽しめる要素が見つからず、そもそも、どうしてこんな試練を与えるのかという議論にまで発展して、最終的には、すったもんだした挙句にイベント変更の要請が出た。


 よって、変更したイベントでは、坂道を塞ぐように火を吐くトカゲのモンスターが登場して追いかけてくる。プレイヤーがモンスターを倒せずに追われた場合は、途中に落とし穴があって、誤って落ちると地下階層に落下してモンスターの餌食となるそうだ。

 しかし、犬養曰く、ありがちなベタなパターンというらしい……。


 それでもダンジョンとしては、正当なイベントであるらしく、プレイヤーがアイテムを周到に用意して危険を回避すること目的としていることから、炎耐性があるアイテムを持っていれば、撃退できることを示すためにも都合が良い。


 とはいえ、僕にしてみれば、どっちもどっちだと思う。

 そもそもイベントとして用意した内容がそんなんで良いのか?


 でも、プレイヤーのレベルが低いうちは、これでもかなり効果があるらしく、プレイヤーの能力を補うために、どのように行動するかを試すイベントになる。


 変更前は素早さの能力を上げてから通過することを求めており、変更後はアイテムを入手してから通過することを求めている。このイベントに共通性はない。


 また、落とし穴を残している理由については、犬養の要望で能力が高いプレイヤーはわざと地下階層に落ちて無双することを楽しんで欲しいというが、そこまでする手間がプレイヤーに必要かということで、議論になったが、僕としても、このイベントが欲しいかと問われると。

「う――……ん」となってしまう。


 そこで茶々藤から意見が出ており、だったら、別のアイディアがあれば、そちらにリソースを掛けた方が良いということになり、結局、ここではベタなイベントの方を採用した。


 それに、ここいうリソースとは、リリィたち検証チームの作業のことで、このゲーム環境において、すべて実体験により検証が行われており、一部ではコンピュータープログラムを用いてシュミレーションすることもあるらしいが、実在する遊戯施設のような感じで体感しながら検証が行われている。


 一見、遊んでいるかのように見えるが、大の大人が真剣に遊んでいる姿は何と言っても微笑ましく、イベントに無理があると罰ゲームをしているようにも見える。


「犬養さん。それ以外のアイディアはなかったんですか?」

「高槻くんもさ。厳しいことを言うよねぇ。だいたい『クイーザ』のダンジョンは汎用性が高すぎるんだよ! あれを遊園地に例えるなら、どうやっても1日で回れないようなアトラクションばかりで、てんこ盛りだし、プレイヤーの行動動線を考えても地上マップよりもかなり大変なんだよね。それよりもさ。地上の至るところに小さなダンジョンを作った方が、僕は楽しめると思うけど、どうなんだろうね」

 と、犬養も、こう言っている。


 このゲーム環境に置いて、ダンジョンは無数に存在する。メインシナリオに沿ったダンジョンは、すでに完成していて、僕が担当したダンジョンは、サブシナリオにも該当しないダンジョンであり、プレイヤーがちびちびとレアアイテムを採掘しに行く場所になっている。


 プレイヤーにとっては、金欠になったら「いざ! 『クイーザ』へ!!」とか。

「そうだ! 『クイーザ』に行こう!!」という感じのキーワードをプレイヤーに認識させるために用意した場所になる。ちなみに『クイーザ』の街は海辺の観光地を模している。


 しかし、プレイヤーたちには、お勧めできるかどうか分からないが、そもそもオンラインゲームには、プレイヤーの欲求を金銭で満たすために課金システムがある。


 その『クイーザ』の街は課金沼でもあるが……。


 しかし、犬養がいうには、僕たちが作っているゲームはガチャに依存していないそうだ。


「高槻くん。そもそも、よそのオンラインゲームに合わせて、課金システムだけは用意しているけどね。マップ全体で見れば、『クイーザ』の街では、場合によって、一番課金が高くなるだろうと予測が出ているだけなんだよ。それにどちらかといえば、『クイーザ』の街は、暇を持て余したプレイヤーに滞在してもらうために用意したリゾート地を提供しているからね」


「そうなんですか?」

「そうでしょう。『フォーク』の街は、どちらかと言うと初心者がいっぱい集まるから、それなら、上級プレイヤーをどこに集めるかと検討した結果だと。僕は思うよ。それに、真面目にシナリオを行なうプレイヤーは、大きな街に滞在しないからね」


 このゲームを楽しんでくれるプレイヤーは、シナリオに沿ってセーブポイントがあるから街に用事がなければ来ないということか。


 また、犬養の話では運営側として、プレイヤーたちに縛りプレイでダンジョンを楽しんでもらえるように『クイーザ』のダンジョンは、色々と遊べるよう汎用性を持たせる方向にしたそうだ。これは茶々藤からのお願いでもあるらしく、当の本人は『クイーザ』のダンジョンには訪れることなく、『クイーザ』の宿泊施設ばかり検証していると犬養が言っていた。


 よっぽど、あの部屋から見えるオーシャンビューが気に入ったらしい……。


「ところで、高槻くん。君もリリーステストに参加するのかい?」

「はい。その予定になっています」

 僕の答えに犬養がニンマリとする。


「そのときは一緒にパーティーを組もうぜ!!」

 シナリオ担当がプレイに参加して良いものだろうかと思う。


「は、はい。そうします。でも、マコ先生から怒られたりしないですか?」

「マコさんなら大丈夫だと思うよ。僕が彼女の期待に添えるように、モンスターの倒し方を見せるさ!」


 どうやら、犬養が楽しみにしているのは戦闘プレイのようだ。

 そのあと、ベータテストで問題になった箇所の改善も完了して、リリーステストの日を迎えることになった。


 しかし、僕はアバターになることが出来ず、リリーステストの参加を見送ることになる。

 犬養は僕とパーティーを組めず残念がっていたが致し方ない。


 その日の僕はマコ先生の手伝いとして、管制室でリリィたちの代わりにチェック作業に行なっていた。

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