第18話 プレイヤー《日葵の視点》

 私は相変わらず、普通の日常を過ごしている。

 楽しかったベータテストが終わり、1か月が過ぎ去ろうとしていた。


 今でもベータテストで体験したゲームの中にある街の光景が忘れられない。


 他のオンラインゲームでは街の人々は、お決まりのセリフと動作しかしていないが、あのゲームの世界では違った。


 現在のサービスに登場するNPCたちよりも、さらに自由に、そして楽しそうだった。

 そう、見えたのは私だけなのかもしれないけど。


 それにゲーム開始では、始まりの街が現在のサービスにある南の街と同じだった。

 私は何も変らないと思っていたが。とはいえ、予想を上回る光景に驚かされた。


 街の人々の行動がすべて前作とは、明らかに違っていた。

 そして街で暮らす人々があまりにも現実味があって、とても印象的だった。


 街の人々は、単に寄り集まっているわけでもなく、私たちと同じように、それぞれが時間に合わせて行動している。それは私が見ていた限りでも、あの4日間で、まったく同じ動作を繰り返している人がいなかった。

 全員がNPCらしくなく、とても自然で、まるで生きているような……。というよりは、断言してもいい、あの人たちは生きている。


 そこが何となく気に入った感じで……。私は街の住人たちのお手伝いをいっぱいして、彼らの生活を観察した。そこで分かったことは、住人たちはきちんと暮らしている。


 毎日、同じ物を食べていないし、会話だって聞いて見ると、前の日に話していたこととは、全然違った。このゲームはなぜ、それほどまでにして精巧に作ろうと考えたのか分からない。

 でも、私はそんな人たちを見学しに行くだけも楽しかった。


 しかし、あれがゲームの中でAIなのかと思うと。怖いくらい人と同じ行動をしている。

 ――そう、まるでそれだけで、街のシュミレーションゲームになっているのでは?

 と、思うくらい様々な行動をしている姿を見ることができた。


 そんなことを考えていたら……。私の背後からミカコの声が聞こえた。


「日葵ぃ。今晩、ログインする?」

「……あ、ミカコ。今晩、何かあるの?」


「ヘヘぇ――あるよ。ベータテストのときに知り合った連中と今度PvPすることになったので、日葵も参加しない?」

「う――ん。いいけど。最近レベル上げとか、してないよ」


「それなら大丈夫! 補強した防具とか。私が貸すから気にしなくていいよ!」


「あと、誰が参加するの?」

「サエっちと、ライザかな?」


「へぇ~ あの子もゲームするんだぁ……」

 渡河とかわライザ。フランス人ハーフで隣のクラスの子。

 学校ではスポーツ万能で有名だった。


 彼女がゲームを始めた理由として、ミカコが誘ったことは間違いない。

 それに、あのゲームの影響が大きい……。


 これまでのミカコは、バク転やバク宙などはしない普通の女の子だった。

 それが体育の授業の時、何気に披露した。


 そもそも、クラス対抗ドッチボールで、バク宙してボールを避けたりしますか?

 完全にゲームの影響なのか、身体への影響が如実にょじつに出ている。


 その姿を見たライサが、ミカコに興味を持って声を掛けて仲良くなったことは知っていたが……。まさかね。ゲームも一緒にするようになったとは、驚きというしかない。


 こうやってミカコの周辺の人たちは、ゲームの世界へと引き込まれていく。

 でも、それが単純なゲームの世界でなく、あの完全な別世界のような場所だから、誘われた方も驚く。


 そして彼女も私のようにハマっていくのだろう……。ふふっ。


「――それと日葵ぃ。あのプレイヤーさん。まだ、見つかっていないよ!」

「はっ!! ……そうなんだねぇ――」


 私はミカコに頼んで探してもらっているプレイヤーがいる。

 あの夜に海岸で出会っただ。


 会話の中で聞いたことを翌日に確認しに行ったら本当だったので驚いた。

 それが他のプレイヤーですら知らないことだった。


「……知り合いに頼んで、片っ端から聞いてもらっているみたいだけど。誰も知らないってさ。それが不思議なんだよねぇ……。ベータテストに参加した連中のアカウントはほとんど知っているけど、どうしても、浜辺にいたあのプレイヤーだけは見つからないってさ。何でも噂ではゲーム会社の人が、こっそりとプレイヤーになりすまして調査に来てたとか?」


「ミカコ。それって、わざわざ、そんなことするのかなぁ……」

「日葵は、何か気になるの? そのプレイヤーさんと!」


「うんうん。レアアイテムについて詳しかったから、色々と聞いてみたいことがあっただけ!」

「そうなのかなぁ……?」


「それ以上は無いです!!」

「そうだよねぇ。日葵だもんね! でも、次の本番リリースで会えるといいよね!」


「そういえば、ミカコさぁ。サエちゃんどうするの?」

「サエっちは、今度の新作ではキャラチェンジするから、初めからレベル上げしてるんじゃない?」

「やっぱりそうなんだ!」


 私と一緒にベータテストを参加したサエちゃんは、アバターの姿を変えることを決意した。

 それはベータテスト後に、いつもやっているゲーム環境でも獣人とハーフリングのアバターが使えるようになったからだ。


 サエちゃんはアイドル系のキャラクターを卒業して、今では小さなハーフリングの女の子の姿になっている。その姿を見た隠れファンの人たちが、とても悲しんだというらしいが、真実は知らない。


 だが、サエちゃんが、なぜそうなったかというと、ベータテストのときに冒険者ギルドで見たハーフリングの姿に感激したとか。


 ――たまたま、私たちが冒険者ギルドの建物に入ったときだった。

 始めて遭遇したハーフリングの女の子の姿があまりにも可愛いかった。


 その女の子を目の前にして、サエちゃんは思わず抱きしめようとして拒絶され、慌てて私はサエちゃんと一緒にその女の子に謝って許してもらった。


 しかも、その女の子は冒険者ギルドの職員であるということを聞き驚いた。


 どうして、ゲームの世界だと自分の欲望をさらけ出してしまうのだろう。

 サエちゃんにも、そんな趣味があったとは知らなかった。

 だから、今では可愛い小さなハーフリングの女の子になって、ゲームの世界を歩き回っている。


 そんなこんなでベータテストが行われたあと、みんなに何らかの影響があった。

 それだけインパクトがあったという感じだ。


 でも、私はミカコのようにアクロバットはしない。

 頭から落ちたら痛そうだから、多分絶対にしない。


「はぁ~ 早く本番が待ち遠しいなぁ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る