第16話 街づくり1

 あの報告会から数日が過ぎ、僕は島の西側の海沿いに来ていた。

 ここは『フォーク』の街があった場所とは、島の反対側に位置する。


 僕はマコ先生と一緒に、あれこれと決めた内容に合わせて、これから街の構築に着手する。

 この街の名前は『クイーザ』と呼ばれており、ダンジョンが近くにある港街という設定だ。


 街のイメージは、西洋にあるリゾート地の印象が濃い。どこかの国の観光地にでもありそうな感じの特徴的な山の斜面と、色とりどりの四角い家が並び、青い空と紺青の海に囲まれた景色にピッタリとマッチする場所になる。


 また、この街は海から陸地に向かって広がっており、左右の山の間に収まるような感じで、街の中央には広場と噴水があり、石造りの家が多く並ぶ。


 それとダンジョンは、街の城壁の外から少し離れた場所に配置する。ダンジョンの入口は煉瓦造りの小さな建物に囲まれており、その脇には護衛を担う騎士が滞在する詰所の建物を用意する予定だ。


 と、大雑把にいえば、こんな感じの街をこれから作る。

 さて、まず始めに着手する場所は、「港だ!」

 僕は砂浜に向かった。目の前は縹渺たる濃淡の海が見える。


「ふう――……」


 ひと息ついて見たものの、いつまでも海を眺めていても作業は終わらない。

 脳裏にマコ先生の姿がチラリと浮かぶ。


「……さあ、とっとと始めますかぁ……」


 僕は『グリモア』を取り出して、始めに画面から防波堤の図面を検索する。

 目的の図面画像が表示し、その画像の下に書かれている文字を詠唱した。


 すると、目の前の空中に建造物が出現した。

 それから配置したい方角に『グリモア』をググっと向けてから。

 さらに画面に表示している別の文字を詠唱する。

 大きな音を立てて、僕が思っていた場所にちゃんと防波堤が置かれた。


 こんな感じで使い方が、とても簡単だったことに、僕は驚いている。

 それは、マコ先生がもっと難しいことをして、街を作っていたのだと。

 僕は思っていたのに『グリモア』の操作を教えてもらったら……。

 予想外に簡単に扱えた。

 

 しかも、大きな建造物でもちゃんとした場所に自動で配置してくれる優れもの。


 うん。とても便利に思えてしまうのは、なぜだろう……。

 そうやって、防波堤の端に灯台も設置しました。


「では、次は波止場を設置しよう!」

 同じように手順を踏み、海岸沿いに事前工事なしに波止場も完成した。

 それに測量しなくても積み下ろしを行なう堰堤えんてい部分は水平に保てている。

 改めて『グリモア』の凄さを実感する。


 こうしてみれば……。『グリモア』って、何でもできるのだろうか。と、不思議に思う。

 色々と試すと後悔しそうな気になるが、僕としては少しマコ先生たちの使い方を見てから試して見ようと思っている。それに『グリモア』の使い方を間違えると、何となく禍が起こるような嫌な予感がするし、今の僕にとっては、これ以上は何も起きてほしくない。

 だから、マコ先生に確認しながら使用範囲を決めている。



 ――それから波止場と一緒に漁港の施設も設置した。

 これもマコ先生が、すでに用意してくれた建物を配置するだけだった。

 ちなみに、この施設は前作のゲーム環境でも使われた建物を流用している。

 そう、ここまでは汎用的な建造物を楽に配置するだけだった。


「さあ、次は船だ!」

 船についてはマコ先生から聞かれて、僕の意見を採用している。


 始めに『グリモア』を使い、建造物でなく、船舶の図面を呼び出して詠唱した。

 すると目の前の空中に帆船が出現し、ゆっくりと波止場の隣の位置に降下して着水する。


 この帆船は、全長94メートルあり、総トン数は1000トンもある。船体の先には、グリフォンのような船首像があり、甲板にはパールホワイトの色をした3本のマストが立っている。そこに綺麗な白い帆がついており、帆の表面には汚れがない感じだ。

 ということで、ゲームの設定上は新造船ということで進水式を終えたばかりになっている。


 また、この帆船は僕がいた世界の19世紀ごろに建造された帆船に似ているが、こちらの世界に存在する船舶で現役で運行している。


 僕がいた世界と同じ船舶をこちらの世界でも作っていたことに、僕は驚いていた。

 だが、マコ先生、曰く「それ以外にも文明的に似ているものが多いわよ」と、言っていた。


 それに前々から僕が思っていることだが、ゲームの中で出てくる船は、どこか汚れがある感じが多く。それなら新造した船舶があったも良いと思った。このゲームを遊んでくれる予定のプレイヤーたちにも、珍しと思ってくれることを期待する。


「やはり……。新造したガレオン船は美しいなぁ――!」

 実際に目にすることは少ないと思われる新しい帆船が目の前に存在する。


「また、古びた感じがいいと言う人もいるけど……。実物大なら、やっぱり新しい方がカッコイイよね!」


 さらに、この船は内装も一式用意してあるので、決してハリボテではない。

「う――……ん。いいねぇ――♪ ここに男のロマンを感じるよ」


 僕はひとり、船を眺め悦に入っていた。それから昼になったので、タリサから用意してもらったサンドイッチを食べながら、船を眺めて過ごした。


 午後からは街の建物を配置する予定だ。明日は城壁とダンジョンになる。

 昼休憩を終えて作業に着手する。


 城壁を設置する予定の場所まで移動してから、そこから『グリモア』を使い、地区エリアごとに街の一部を配置していく。


 かなり簡単な方法で街の一角を配置できる。しかし、もともとは『フォーク』の街を作るために用意した建物パーツが多く存在するため、こんな感じで簡単に作れている。


 それと、城壁を設置する予定の場所から、この街は海に向かって地形は下り坂になっており、街が広がっていく景観は、なかなかに良い感じだ。


 古びた石造りの建物も、それぞれの色合いが、どことなく素朴さを感じさせ、観光地らしさを増しているようにも見える。


 あっという間に街の入口付近が完成した。次に西側にある山の斜面に移動する。

 僕は高台になっている場所に登り、街を見渡してから残りの建物を一気に配置して行く。


 これはマコ先生から教えてもらった方法でもある。今回の地形では、この位置から作業を進めると楽に作れるそうだ。一軒一軒回って配置するよりも効率が良い。


 こんな感じで、街作りゲームのように簡単には行かないけど。それほど大変でもない。

 珍しいことをしているからかもしれないが時間はあっという間に過ぎていった。



 そして、夕暮れ時を迎えたころ、海沿いにある宿屋の配置が終わった。

「――もう、日が暮れるのかぁ。今日はここまでにして終わろう……」


 ひとり寂しく終了を宣言した。これにて、本日の作業は終わりだ。

「さて、屋敷には帰らず、宿屋に泊まってみようかな?」


 いい感じに海の眺めが良い場所に部屋を作ったばかりで、その部屋はベランダにプールのような露天風呂も設置している。


 実は、この部屋のデザインは、なぜかパーツが揃っていたこともあり、僕がこだわり抜いて用意したデラックスルームになる。


 いいじゃんと思う気持ちを込めて作りだした。お洒落な部屋。

 そうでなくても、波の音しか聞こえない寂しい場所で黙々と作業した僕を労ってほしい。


 さっそく露天風呂に湯を張り、僕はこれよりブルーアワーの海を眺めて、今日も今日とて、ゆっくりと体をほぐしてみたい。


 服を脱いで湯船に手を入れて温度を確かめる。丁度よい湯加減だ。

 では、ゆっくりと湯船に右足から入れて、徐々に体を沈めていく。

 一気にお湯が流れ落ちる。


 僕は視線が水面と海面が重なる位置まで浸かり、ここから日が沈みゆく光景を眺めた。

「良い感じだよね」と、独り言ちする。


 これまで生きた人生でこれほど、いい景色を眺め風呂に入ったことがない。

 こちらの世界に来て、初めて体験した贅沢に心が躍る感じだ。


「うん?」

 何か? 隣から男性の声が聞こえた。


「やぁ――いいねぇ。これは中々の景色だよ」


 なんと!? 僕の知らぬ間に茶々藤が湯船に浸かっていた。

 これほど驚いた瞬間はない。


「うぁああぁぁぁぁぁぁ――――――――っ! ジャバ。ジャバ。ジャバァ……」


「いやぁ……。高槻くん。もう定時だから問題はないけど。こういう新しい施設を作ったなら、ちゃんと報告してくれないと困るなぁ」


「は、はい。茶々藤さん。つ、つ、次はちゃんと報告します!」


 こっそりと後から壊して予定通りの部屋に戻そうとしていた計画が露見した。

 なんてこったと滅茶苦茶焦りながらも、じっと茶々藤の様子をみる。


「高槻くん。『グリモア』の使い方にも慣れたかい?」

「……は、はい。マコ先生から教わった範囲であれば、同じように出来ると思います」


「そうかぁ。随分と早い上達だね。しかし……。黙って新しいものを作るときはきちんと報告して、そのあとは責任を持って管理すること」

「はぁい。わ、分かりました」


「こういうことを言うのもなんだけど。以前に犬養くんがやらかしてねぇ。彼は街の中に大型モンスターを出してしまい大変だった」

「えっ。犬養さんがですか?」


「そうそう。彼はね。街が破壊される状況を確かめたいとか、勝手にやっちゃて。その結果、リリィたちの何人かに怪我を負わせてしまったんだよ」


「そうなんですか? 僕はそんな無茶なことは考えていませんけど」

「それなら大丈夫かな? ――そうだ。高槻くん。まだ、ちゃんとリリィたちの話をしていなかったよね」


「はい、以前に聞いた話だと、この世界の現地の人に似ているとか。それと魔法が使えること。NPCが操れることなど、どことなく普通の人たちではないですよね」


「そうだねぇ。彼らはちょっとした事情から私たちが面倒を見ることになってね。色々と協力してもらっている」


「茶々藤さん。ひとつ。気になることがあるんですが、聞いても良いでしょうか?」

「何かな? 私に答えらえることなら説明するけど」


「一度、リリィたちが暮らしている世界を見て見たいと思いますけど、ダメでしょうか?」

「う――……ん。そうだねぇ。多分……。高槻くんも、あっちの世界に行けると思うんだけど、駄目だったらごめんねで、どうかなぁ?」


「そうですよね。行けなかったら仕方ないですよ。ところで、僕と同じ境遇の人とかいるんでしょうか?」

「ん? ……今はいないよ」


「そうですかぁ……。やっぱり、あれこれと聞いてすみません」

「いや。高槻くん。君も知らないことの方が多いだろうから、周りに色々と聞くことはいいことだよ。そうやって、コミュニケーションを取っていくことも大事だからね」


 そのあと、僕は茶々藤と一緒に部屋で晩ご飯を頂きながら、ためになる話をたくさん聞きいた。

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