第13話 浜辺にて

 午後に入り、管制室ではどよめきが起きた。

 それは先行していたプレイヤーのうち1つのパーティが最後のボス戦に挑んでいたからだ。


 僕は、その状況を巨大ディスプレイからライブ映像で眺めていた。

 彼らのプレイは手に汗握る白熱した戦闘を繰り広げ、ボスキャラを辛くも倒した。


 こちらがベータテストで用意していたすべてのボスキャラを倒したことになり、プレイヤーたちの目の前には、エンディングのホログラム映像が流れる。プレイヤーからの視点で見るとモニター越しに映像が流れているように見えるはずで、そこはわざとゲームぽくしてあるという。


 僕と一緒にディスプレイモニターを眺めていたマコ先生が小さくつぶやいた。

「――やっぱり、このパーティが1番乗りだった……」


 僕がライブ映像で見ていて思ったことは、ボス戦を初めに制覇したプレイヤーたちの動きがとても凄く。華麗なアクロバティックを極めつつ、唯一の攻撃手段である魔弾を絶え間なく放っていた。その姿はまるで映画のシーンでも見ているかのように錯覚するくらい手馴れていた。


 しかも、プレイヤーたちは互いの連携を取りながら的確な予測回避と合わさり敵との間合いゾーンの使い方が、とても上手い。ディフェンスとプレスのタイミングが絶妙であって、いかにして瞬殺するか際立っていた。


 だからこそ、ボスキャラであっても身動きひとつ取れず、立っているだけのマトと化す。


 それを一部始終見ていたマコ先生が不敵に笑った。

「フフフ……。いいデータが取れましたねぇ」

 この人の表情から推測するに何か過去に嫌な経験をしたに違いない。


 それは決して、悪の秘密結社の総裁や呪われた深淵の地を支配する魔王などにはしてはならない人物であるように見えた。そう思ってしまうのも仕方ない。今回のボス戦で登場する上級モンスターの能力について設定を決めたのはマコ先生である。


 朝のブリーフィングも懸念していたことだったが、プレイヤーの行動を見なくては能力値のバランスを決められない。と、マコ先生も言っていた。


 僕も映像から見ていて考えると、たしかにボス戦のモンスターについて、その設定はとても難しいと思える。特に名場面として敵対するモンスターの設定は、どこまでのユーザー層を相手ターゲットにするのか、了見を踏まえて決めて行かなればならない。


 だからこそ、マコ先生が言うとおり。本当に良いデータが取れたのかもしれない。

 今回のベータテストの反省を活かして本番リリースでは、さらに厳しいボス戦が想像されるだろう。


 ――そのあと、管制室にある巨大ディスプレイの映像が切り替わる。

 今度は冒険者ギルドにある2階のロビーが映し出され、そこには多くのプレイヤーたちが集まっていて、たまり場と化していた。


 その映像から見ていると、なにやら騒がしい様子が見える。冒険者ギルドでも全部のボス戦に勝利したプレイヤーが現れたことを発表したようだ。


 そして、巨大ディスプレイの映像が再び切り替わり、今度はロビーの中央が映し出されると、そこには少し大きな台座がある。その台座の周りを囲むようにプレイヤーたちが続々と集まりだして、台座の上には巨大な水晶玉が置かれており、その水晶玉が輝き出すと、光源が天井の方へ放たれた。まるでホログラムのように、どこか別の場所の映像が現れて、周りにいたプレイヤーたちは一斉に驚く。


 僕も近くにあった別のディスプレイから、その映像を確認した。

 ホログラムの映像には、運営側の司会を担当する女性が映っている。

 その女性がぺこりと、お辞儀して説明が始まった。


「――さあ、みなさん! ここで、ご報告致します。たった今、最速で、すべてのボス戦を攻略したプレイヤーが現れました!! みなさん! ……そこで今回に限りプレイヤーの特別に最終ボス戦の映像を公開したいと思います。では、ご注目下さい。どうぞ!!」


 映像は司会の女性から替わり、さきほど終わった最終ボス戦を録画した映像が流れる。


「「「おぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――!」」」

 一斉にプレイヤーたちが歓声した。


 冒険者ギルドに集まっているプレイヤーたちは、ボス戦を途中で諦めた者たちでもあり、ベータテストの初日に戦闘に苦戦して疲弊したプレイヤーたちも、ひっそりとロビーに寄せ集まっていた。


 そこでマコ先生が、そそくさと録画映像を用意して公開を決めた。この映像を見てプレイヤーたちにも最終ボス戦の様子を理解してもらい、途中で挫折しても再度戦いに挑んでほしいという気持ちを願ったものである。が、実際に反応はまちまちだった。


「あぁ……。駄目なのね。やっぱり、仮想空間に訓練所を新設しましょうかぁ……」


 マコ先生が悩み抜いたあげく、結論がこれだ。

 僕は初めからそうしていれば、良いのでは思っていたが。


 そのあとも先行していたプレイヤーのうち2つのパーティーが同じく、すべてのボス戦を制覇して、この日のベータテストは終了した。

 その他にボス戦を制覇したプレイヤーは現れなかった。


 最初にボス戦をすべて制覇したプレイヤーたちのパーティーは、早々とログアウトしていったが、残りの2つのパーティーを組んでいたプレイヤーたちは街に戻ると、ベータテストに参加していた他のプレイヤーと合流して慰労会などを始めた。


 こうして、ベータテスト2日目も街の鐘の音と共に通用門が閉じられ終了した。


「――マコ先生。お疲れ様でした!」

「ミヤトくん。お疲れ。今日もフォスターさんのところに行って来てね!」

「はい、分かりました。それではお先に失礼します!!」


 管制室では、本日もリリィたちが活躍したことにより問題は起こらなかった。

 僕は昨日と同じように管制室を後にして、屋敷に戻ると着替えを済ませてから街へと向かった。



「今日はどうしようかなぁ……」

 と、僕は予定を考えていて、あることを思い出した。

「あ……。そうだ!」


 晩御飯を食べる前に、ある場所へと移動する。

 そこは、こちらの世界に来てから何度も行こうと考えていた夜の海辺。


 これまでの忙しさで忘れていたこともあるが、何となく今がそのときに思えて、ぶらりと足を向けた。


 まあ……。いつでも行けるんだけどね。

 それに、今日は気温も穏やかで夜間でもそれほど寒くない。


 僕は海辺を歩きながら雲ひとつない夜空を見上げた。

「こっちの世界って、月が3つあるんだぁ……」


 この星が、どこなのかは分らないけど。夜空には月らしき惑星が3つ輝いている。

 そのおかげで懐中電灯がなくても周りはかなり明るい。


 僕は近くの場所に腰を下ろして穏やかな波の海を眺めた。

 前の世界でも夜の浜辺で月を見たことを思い出す。


 ――静かに佇む。月明かりに照らされ、波の音だけしか聞こえない空間。

 こうしてみれば、海はどこでも同じなのかと不思議に思ってしまう。

 僕はゆっくりと静かな時間に身を委ね堪能していた。


 突然、うしろの方から女性の声がした。

「こんばんわ。おひとりですか?」


 僕は慌てて、うしろを振り向く。そこにはプレイヤーの女性がひとり。

 その女性の姿は白いストールのようなものを巻いている。


 ……こんなところでプレイヤーと遭遇するのはまずい。

 そう思ったが、どうするべきかと迷いつつ……。

 仕方ない。よし、ここはプレイヤーの振りをしよう!


「……は、はい。そうですけど」


 そういえば、僕の姿は街の住人と同じ衣服を着ている。

 ヤバいな、動揺してきた。それに万が一にも、僕のことはプレイヤーとは思われなくてもNPCと勘違いしてくれることを祈る。そうすれば、何かのイベントだと思ってくれるかもしれない。


「お聞きしますけど、砂浜でストーン・タートルを目撃しましたか?」

「…………」


 僕は目の前の女性プレイヤーからそのような質問を受けた。

 このゲームにおいてボタン操作で、いきなりど突かれ「さあ、話せ」などと強制されるわけでもなく、普通に自然な会話からイベントが発生する。


 それは相手がNPCであっても同じであり、ほとんどの最新ゲームはAIにより相手の言葉尻を捕らえてイベントの会話に誘導すると聞いた。


 とはいえ、NPCでもない僕は、どういう風にプレイヤーと接すれば良いか分らず、そこでプレイヤーの振りをすることにしてみたのだが、どうしたものだろう。

 絶対に違和感あるはず……と、思いつつも彼女の質問に答える。


「いいえ。僕も来たばかりで遭遇していないですよ!」

 それに確か、こちらの浜辺では、そのモンスターは配置してなかった。


「そうですか。ありがとうございます。ここって、海が綺麗で凄いですよね!」

 なんと、僕をプレイヤーと勘違いしてくれたらしい……。


「僕もそう思います。そちらは、レベリングをしているのでしょうか?」

「レベリングですか? というよりは、どちらかといえば、レアアイテムを探しています。ご存知でしょうか? 砂浜でストーン・タートルを夜に退治すると、通常と違うアイテムが出るらしいですよ!」


 おや? いやいやいや、それ嘘情報だよね。

 まさか、こういう情報をプレイヤー同士でやり取りしているのかな?


「あの……。確か、ストーン・タートルは、レアアイテムをドロップしませんよ。それって、ストーン・クラブと間違えていませんか?」

「えぇッ!! ……そう。そうなんですかぁ?」


 そうとうショックだったのか、表情が固まっている。

 そうだ! ここは運営側として親切に情報を伝えておいた方が良いだろう。


「はい。ストーン・クラブなら、50体に1体は、確実にレアアイテムをドロップしますけど……」


「ど、どうも、ありがとうございます。ふぅ――……。よかった。危ないところでした。私はテイジーといいます。よろしかったら、フレンド登録しませんか?」


「いいえ。すみません。僕はシングルで楽しみたくて、また、お会いしたときに誘ってください!」


「そうですか……。また、お会いしたら情報交換しましょう。でわ!」

 テイジーは疾風のごとく立ち去って行った。


 こうしてプレイヤーと会話してみると。

 僕は何となく学校の友達のことを思い出す。

「みんな。どうしているかなぁ……」


 でも、くじけたりしない。僕は僕で何とかして見せるのだと心に誓う。

 だが、ひとり寂しく青春しているのかもしれない。


 そのあと、街に戻りプレイヤーがたむろっている店を探して店内に入ると、なるべく目立たないように端の方の席に座り、プレイヤーたちの様子を観察しながら晩御飯を頂いた。


 僕はプレイヤーたちの会話を聞き終え、そっと気づかれないように店を出る。

「あんな感じで、情報交換するのかぁ……」

 と、プレイヤーたちの会話を振り返る。


 ゲームプレイ中は、SNSが使えないからこんな感じなんだろうなぁ……。

 こういうところって、改善できるのだろうか。と、考えながら僕は冒険者ギルドへと向かった。

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