第12話 ベータテスト2日目

 翌日。ベータテストも2日目を迎えた。


 僕は朝日が昇る前に使用人であるカロラインから起こされ、そのあとマコ先生と一緒に朝食を済ませてから、急いで地下にある管制室へと移動した。


 これから僕たちは監視担当の各リーダーたちと一緒に朝のブリーフィング・・・・・・・を始める。

 マコ先生がコーヒーをひとくち飲み「では、報告してちょうだい」と言って切り出した。


 始めに夜間監視を担当したリーダーのひとりが立ち上がり報告する。

 その報告内容によれば、昨晩は街に戻らずにレベリングなどをしていたプレイヤー数は、50人くらいであり、こちらの予想どうりの人数だった。


 ベータテストに招待したプレイヤーの数は、おおよそ千人くらいしかいないので、かなり少ない感じもする。その理由は、運営側より特別にプレイヤーたちに配布したものが、有効的に活用されたことが大きい。


 それが、『宿泊券・・・』である。


 普通のオンラインゲームではあり得ないことかもしれないが、このゲームの世界、こちらのリアルな世界では宿屋は本物である。


 だからこそ、プレイヤーに配付した宿泊券は、とても有効だったと思われ、今回、各プレイヤーのアイテムボックスには『初日に限り高級宿も利用できる宿泊券』というものを、無料で提供している。


 プレイヤーがこちらの世界に転移してきた直前に謎の説明をメッセージカードを添えて、こっそりとアイテムボックスに登録しておいた。


 これもベータテストのデータ収集を目的としており、プレイヤーの感想を聞くためでもある。

 しかし、宿泊施設の方がゲームプレイよりも評価が良かったら悲しいかも。


 とはいえ、純粋にゲームプレイを楽しみたいと思っているプレイヤーたちにしてみれば、無駄な行為だったのかもしれないが、これはあくまでも、運営側の都合にもよるものであり、ベータテスト中に運営側としてゲーム設定を変更して確認したい理由によるもの。


 表向きは宿泊施設のモニタリングなのだが、裏では初日の状況を見て急ピッチで変更作業をしている。


 また、こちらが想定していたとおりの状況であれば、改善が必要だった各モンスターの再配置作業やドロップアイテムなどの追加を行なっている。


 それにプレイヤーの行動が、こちらが想定していた行動よりも大きく外れた。プレイヤー同士が協力して行動することが多かったため、追加対応せざる得ない問題点が発生した。よって、暫定的に改善を試みることになった。


 そして、これらの影響により夜通し頑張ってくれていたプレイヤーの方々には、誠に申し訳ないが、メンテナンスのために小1時間ほど。すべてのモンスターが現れない時間帯があったが、このメンテナンス中にログアウトしたプレイヤーは少なく、適当に時間を過ごしてもらえた。


 また、メンテナンス後は、トラブルもなく、運営側で準備したとおりに変更もできている。

 そのためプレイヤーからも苦情が出ていないと、報告を聞いた。


 ここまでは計画どおりに進行しているようだ。以上の報告が終わった。


 ――次に、本日の議題を話し合う。

 まずはボス戦に臨むプレイヤーが増える見込みである。


 皆の意見によれば、こちらでも予想通りにはならないだろうと覚悟を決めた。

 これからどのような展開になるかは、様子を見ながらフォローをすることになる。


 また、ボス戦で対戦する上級モンスターについて、今回は改善せずに素直に倒されて本番時に大きく改善を図ることが決まった。その方が不評であったとしても改善評価を認めてくれるかもという淡い期待を望んでいる。でも、酷評があれば、これもまた対策が必要となる。


 それに本番リリースでも同じだが、ベータテストでのボスキャラは強すぎても非難されるし、弱すぎても苦情がでる。これについては、本当に調整が難しいところで、ベータテストに参加しているプレイヤーのデータは採取しているから、ある程度の分析はできるかも知れない。


 また、プレイヤーの行動については、こちらの予想が外れたので、これからどうなるかは分からないが、大変にならないことだけを祈りたい。


 さぁ、今日も忙しくなりそうだ。


「皆さん! 本日も頑張って行きましょう!!」

 マコ先生の掛け声と共にブリーフィングが終了した。


 ここからは夜間監視の業務を終えて、定時監視を担当するリリィたちと入れ替わる。

 僕はリリィの方々には、本当に大変な作業をしてもらっていると強く感じている。


 疲れて帰って行くリリィたちに、僕は労いの声を掛けて見送り。

 定時監視を担当するため出勤してきたリリィたちには、きちんと挨拶をした。


 定時監視を行なうリリィたちが、各自所定の配置に着いて互いに状況確認の声を上げる。

 マコ先生が一部の変更点を近くにいたリリィに指示して管制室の準備は、すべて完了した。


 さあ、これで待機状態に入った。あとはプレイヤーの行動待ちとなる。


 僕が管制室にある巨大ディスプレイを見つめる。

 映像ではフォークの街に朝の鐘が鳴り響く。同時に街の通用門が一斉に開かれて、早朝から冒険に出かけるプレイヤーがぞろぞろと現れた。


 映像に映っているプレイヤーたちは、皆が皆、今日一日でボス戦までレベルアップを図りたいと思っている。それには、どこのイベントを順々に消化して行き、新たなアイテム入手するかなどを果たして、どこまで進むのだろうか。


 僕は映像越しにプレイヤーたちの様子を見ている。

 どうやら、プレイヤたちの間でも情報が共有できているみたいだ。

 初日と違って、各々の行動に迷いがないように感じられる。



 ――それから数時間が過ぎた。

 ようやく、ボス戦に挑むプレイヤーが、ちらほらと現れ出した。


 昨日は下級モンスターを相手に魔法の練習をするプレイヤーが多かったが、ボス戦に挑んだプレイヤーは少なかった。さらに討伐したプレイヤーはゼロである。


 こちらの予想よりもかなり進行が遅いように感じられる。

 しかし、プレイヤーたちにしてみれば、初日にゲームプレイに慣れるまで苦労していた。


 その原因は、このゲームでのプレイヤーは超人的な能力を要するように設定した遠隔アバターを操りながら、トリッキングの動作を求められるからだ。


 その戦闘行為において、プレイヤーの意思とは別に、アバターの体が勝手に動いて相手の攻撃を回避する。それによりアクロバティックな戦闘を可能としたことで問題が起きた。


 これらがゲームコントローラーを握って操作するゲームであれば、簡単なことなのかも知れない。しかし、実際に体感するとなれば、立体的な空間認識の感覚を養う必要があり、一癖も二癖も苦労する。さらにゲームプレイに対するチュートリアルはあるが、このゲームは体感型ゲームでもあるため操作になれるのは難しく、その動作についても指導者がいるわけでもない。


 そのためか突如実践において、動作的にも特殊な反応をするからプレイヤーたちに混乱があった。……あったのだろう。


 運営側として、事前にアナウンスはしていたが……。僕が見ていた感じからすると、多分ほとんどのプレイヤーは聞き流したようにも見える。


 それにベータテストでは、初期能力としてレベル10の大ジャンプが設定してあり、そのため下位にあたるアクロバットを駆使した行動が可能である。プレイヤーのアバターには、そのような身体アクションの能力が備わっている。


 これらが実際に経験者であれば、レベル1でも、そのような行動は出来るだろう。

 と、聞くけど。未経験者のプレイヤーにしてみれば、後方ステップから急加速した場合に勝手に宙返りして、さらにジャンプするなど、体が勝手にそうなるように設定してあるとは、さすがに誰も思わなかったに違いない。


 これを面白いと思う者と恐怖に思う者の差が生じる。あえてトリッキングの技を駆使しなければ、倒せないモンスターを各地に用意していたこともあり、プレイヤーたちは苦戦した。


 それに、なにゆえにトリッキングの技が求められるかといえば、それはプレイヤーが使用する『魔法』に関係がある。プレイヤーと敵のモンスターは、それなりにレベルが上がると単調な攻撃魔法は互いに使わなくなる。縦横に放たれた攻撃魔法よりも、より空間を活用した立体的な動きから放たれる魔法攻撃こそが威力を増す。


 主に使用される攻撃魔法の多くは『魔弾』と呼ばれる魔法属性の対象物を回転させながら遠心力をつけて衝撃力を上げる方法が使われていた。それに追尾型誘導方式の魔弾もあるが、これを使用した場合に魔弾に含まれる魔素量が、かなり浪費するため追尾機能を外した方が威力は高いとされた。


 それに戦闘領域において、魔弾を使った攻撃のうち、直線的な誘導弾などは、敵味方でも防御できることが多く、魔弾は同時に放てる球数が少ないこともあり、プレイヤーには相手にタイミングを合わせることが、とても難しい状態から放たれることが求められた。


 そう、どこから飛び込んでくるかわからないように、常に敵から予測されない攻撃することが求めれている。


 それに敵の攻撃をかわしながら飛び跳ねて、体を捻りながら、魔弾を放出することが理想とされており、そうなると結果的にプレイヤーの動作は、トリッキングの技による体術と魔法を駆使した攻撃方法が必要となった。


 果たして、ここにマコ先生の悪しき笑みが見えたように思えるのは、僕だけであろうか。

 マコ先生はプレイヤーたちに何を求めているのだろう。


 ここはスタントマン養成所なのかとさえ、思える行動を強いられるプレイヤーたちがいる。

 その苦労は映像から見ていても十分に分かる。


 僕が思うに、どこぞのマリオのような行動を最低限リアルに求められたとしか、考えられなかった。

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