第10話 街のごはん

 それから何ごともなく、こちらの世界での1日が終わろうとしていた。

 巨大ディスプレイから見る映像の向こうでは、地平線の彼方に夕暮れときを迎え。

 今は街の通用門がゆっくりと閉じられていく。


 これに合わせて初日のベータテストは終了する。プレイヤーたちにとっては、かなり物足りなさを感じるかもしれない。


 しかし、これはベータテストのルールでもある。

 日が落ちて街の鐘がなる。それに合わせ、運営側の定時業務も終了した。

 ここから先は交替勤務の担当者が監視を行なうことになる。


 定時業務を終えたリリィたちは、とても大変だった。管制室のあちこちで疲労の声を上げた。


 僕は、ふと思う。

 業務の終わったリリィたちは、これからどうするのだろう……。

 そこでマコ先生に聞いてみることにした。


 マコ先生の話では、リリィたちも業務が終われば、ポータルから仮想空間を経由して、別世界にある宿舎へと帰宅するそうだ。その話を聞き、どうして僕だけは、こちらの世界なのだろうと、謎が生まれる。


「それは、もちろん。ミヤトくんがゲームマスターだからね!」

「……うん。そうですね」


 疑問は多いが事前に茶々藤から業務として言い渡されていることでもある。

 そこは否定できない。だから、あれこれと言ってもしょうがないので、今できることをする。


「マコ先生。定時ですけど……。マコ先生はどうしますか?」

「そうねぇ……。私の方は、各担当者と打ち合わせをしてから終了にするわ」

 マコ先生は、これから継続して夜間作業を担当する人を決める必要があり、打ち合わせがあるそうだ。


 このあと管制室は、夜間監視を担当するリリィたちだけになる。

 彼ら彼女たちは、僕よりも安心して任せられる人たちだ。


 僕とマコ先生は『グリモア』を使って、緊急時に対応することが業務になっている。

 現在の状況からかんがみて今日は夜間に呼び出されることはない感じだ。


 それに本日の作業を振り返って見ると……。僕は破壊された街の建物を修復に行ったことくらいで、マコ先生の方は弱いモンスターの補充を行なった。


 また、今回のベータテストでは思っていたよりもモンスターたちのリポップが間に合わず、モンスターの発生場所を追加する必要があったが、それはエリア侵入における自動ポップの設定が予想よりも低かったことが原因であり、マコ先生は、その状態を早めに察知して途切れることもなく、モンスターが増殖するように速やかに変更した。


 これが当初の計画ならば、『フォーク』の街の周辺では、それほどモンスターは必要としないが、街の外に出たプレイヤーたちが、余りに一カ所に固まり過ぎたことが原因だったため変更が発生した。


 とはいえ、ベータテストとして、この変更は問題にはならないという。むしろ、速やかに対応したことでプレイヤーたちに不満がなかったことが大きいとマコ先生は言った。

 それを聞いて僕も安堵する。


「そういえば……。ミヤトくん。業務が終わったら……。今日は晩飯を兼ねて、街の様子でも見て来たらどうなの? それに街の住人に紛れてプレイヤーの行動を観察するのも、いい経験になるわよ!」


「……マコ先生。それって、プレイヤーに見つかったりしませんか?」

「大丈夫よ。誰かと会話しているのを聞かれたりしなければ、多分、誰からも気づかれないと思うから」


 僕はマコ先生の言うとおりだと思う。これから屋敷に戻って、ひとりで食べるよりも賑やかな街のどこかのお店で食べ方が良いかもしれない。


「分かりました。晩飯に行ってきます! マコ先生。お疲れ様でした。お先に失礼します!」

「うん。おつかれさまぁ」

 僕は近くにいたリリィたちからも「お疲れさま」と、声を掛けられ管制室をあとにした。


 地下から屋敷に戻る。厨房に行き、ロザリアを捕まえて晩飯のキャンセルを伝えた。

 ロザリアはあっさりと承知してくれたので、急いで着替えを済ませて外へ出る。


 辺りは日が落ちて暗くなっていた。星空が見える。こうなると、屋敷から遠く離れた街まで行くには、大ジャンプで移動する方法は使えない。


 それなら別の方法がある。それは仮想空間を中継して街へ転移する方法だ。

 仮想空間からの転移先の場所は、街の居住区にある古い民家になっていたはず……。


 その建物は運営側で管理しており、住人は誰も住んでいない。

 それに間違ってもプレイヤーが立ち入ることもない場所に用意してある。


 早速、僕は屋敷に戻り、ポータルとなる地下の部屋から一度、仮想空間へと転移した。

 前に来たことがあるから知っているけど。仮想空間にある白い部屋から別のポータルがある部屋へと移動して、そのポータルを通って、転移先である民家の2階にある部屋のひとつに転移する。


 これはこれで少し面倒だが、仕方ないことだと思いつつも、建物の外に出る。

 そこから繁華街の方へと歩いて行く。


 辺りは賑やかな声が聞こえてきた。僕は耳を澄まして喧騒を聴いてみる。

 彼らが話している言葉は、日本語のようだが、街を歩く住人たちの姿は様々で、どこか異国の雰囲気を満喫できる不思議な感じだ。


 それにとてもリアル過ぎて、ゲームぽさが感じられないと思うが、これもまた、このゲームのひとつの売りであり、プレイヤーからは無駄に凝った演出とか揶揄やゆされることもあるけど、僕はこの景色を気に入っている。

 だから、僕と同じように思ってくれているプレイヤーが多いことを願いたい。


「さて、なにを食べようかなぁ……」


 あれこれと考えているうちに僕は匂いに誘われて1軒の食堂へ入って行った。

 この店は少し身なりが整った人たちが多めな感じの雰囲気で、美味しそうに食事を楽しんでいる。


 僕は「よし、ここならプレイヤーとも会わないだろう」と決めて、空いている席を見つけて腰を下ろす。


 そこに給仕が現れてメニューを渡してくれた。

 おっと、ここでも獣人の女性がいるのかぁ……。

 上手い具合にリリィとNPCたちが、共存しているお店のようだ。


「ご注文はどうしますかにゃ?」

 渡されたメニューと獣人を交互に見る。


「ん――……。では、本日のおすすめで!」

「分かりましたにゃあ」


 うん。メニューを見ても分からなかった。

 どうやら、ここは魔獣肉がメインのお店のようだから、僕はすぐに諦めて、本日のおすすめを選択した。


 そこから数分して……。食事が運ばれる。テーブルの上に置かれた料理を見ると、その見た目からして普通の生姜焼きのような感じにも見える。


 しかし、この肉が魔獣肉というが……。

 まあぁ、そういう設定にしてあるだけだろう。


「パンとライスはお代わりできるにゃ。では、ごゆっくりどうぞ。なのにゃ!」

 食事を運んでくれたのは、メニューを持ってきた獣人とは、別の獣人だった。


 彼女のうしろ姿を見て思う。

 うん。確かに……。ふわッ、ふわッの毛並みに愛嬌のある顔だったよなぁ……。

 何となく、プレイヤーが触りたくなる気持ちも分るようで、無理もない。


「おっと! 冷めないうちの食べよう!!」

 ナイフとフォークを使ってひとくち食べてみた。


「うん!? ……これ? 本物なのか?」

 食べた生姜焼きの味は、これまで僕が知っている味とは別だった。


 ゴクリと喉を通り胃に収まる。

「ん――っ。これが魔獣肉なのかぁ……」


 確か『グリモア』で作れる食事も現地のものだったはずだが……。

 こちらの世界では普通に魔獣肉を食べるのかな?


 でも、これはこれでとても美味しい。

「うん。この店は当たりだ!」


 それにこちらの世界に来てからというものの屋敷の食事しか食べたことがない。

「うまい! これなら、しばらくは外食も楽しめそうだ!」


 僕は、こういう変わった料理があることを知る。

 これでまたひとつ趣味が増えたような感じがした。


 本日のおすすめを美味しく頂いて、食後にお茶を頼んで落ち着く。

「――意外とボリュームあったなぁ……」


 周りを見渡してみる。僕が来店したあともプレイヤーの姿は無かった。

 それに、このお店のほとんどの客はリリィたちのようだ。


 ゲームとは関係ないと思われるかも知れないが、僕にして見れば、こういった隠れたこだわりこそが、プレイヤーを驚かせる要因のひとつであると思いたい。


 そして僕は店の外へ出ると、店の看板を見上げた。

「『肉のにゃんゴロ亭』その店の名前を僕は忘れない。うん。週1回は通てみよう!」

 と、そっと心に誓った。


 さて、これから歩いて行く先は、マコ先生から言われたとおり、少しプレイヤーの様子も確認しておこう。

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