第9話 ここは管制室

 ある日。僕が暮らしている屋敷の地下が凄いことなっていた。

 それは、秘密基地とも呼べる部屋が多数作られており、すべてマコ先生の手によるものだ。


 ――そして、僕たちは、そのひとつでもある『管制室』と呼ばれるところにいる。


 この管制室の内部は、とても広く。打ち上げロケットの発射管制室のような、または、交通管制センターのような設備が揃えられていて、おおよそ100人くらいはいると思われるリリィたちと一緒に、僕たちは作業を進めている。


 どうしてこういうものが用意出来たかと言えば、『グリモア』を使ったからである。

 近代的なものは生成できないはずと聞いていたが……。

 しかし、ここだけは別のようだ。


「――そっちは準備できている?」

 と、マコ先生の声が聞こえた。僕は慌てて返事を返す。

「は、はい、大丈夫です!」


 管制室の壁には、巨大なディスプレイが設置してあり壁一面にところ狭しと並んでいる。

 そこにはベータテストに参加したプレイヤーたちの映像が流れていた。


 その状況について、マコ先生の方には次々とリリィたちから報告する声が上がっていた。

 また、僕の周辺では、このゲームの運営を担当するリリィたちが慌ただしく、プレイヤーの動向について互いにチェックしている。


 僕は、ここ数日の間にあれこれと教わることが多くて大変だった。

 しかし、こうして無事にベータテストの日を迎えることができた。

 これからマコ先生にたっぷりと怒られながらも努力した成果が試される。


「フフフ。さあ、ミヤトくん!! プレイヤーたちが来ましたね!」

「マコ先生。ゲームプレイヤーの監視って、こんなに大掛かりなんですか?」


「まぁ、そのときの状況によるわね。それに、これはベータテストだから、色々とデータ収集をするので大掛かりになったのよ」

「そうなんですね……」


 ここがゲームの環境だといけど、完全にリアルな世界なので、このような本格的な監視体制を行なう必要があった。


 そして管制室にある巨大ディスプレイの映像では、こちらの世界へと次々と転移してくるプレイヤーたちが映し出されていた。プレイヤーたちの姿は、転送完了と同時にそれぞれが、こちらの世界に合わせたアバターの姿に変わっている。


「全員、無事に転移できました!!」

 担当のリリィから報告を聞き、マコ先生はコクリとうなずく。


 そのあと、映像に映し出されたプレイヤーたちは奇怪な行動をとる。転移して数分しか経っていないにもかかわらず、全員が迷わずにして、綺麗に揃ってフォークの街の門を潜り抜け、そのまま冒険者ギルドがある場所へと移動した。


 僕は不思議な光景を目にしていた。


「やっぱり、予想通りだわ。これで説明なしで誘導できましたね」

 と、マコ先生はつぶやき、したたり顔で笑う。


 それから映像は、冒険者ギルドのロビーへと切り替わる。

 冒険者ギルドの中へ入ったプレイヤーたちが、一斉に歓喜を上げていた。


 それはギルド職員の女性が美女揃いだからなのか。それとも、人族の他に獣人とハーフリングの職員がいたからなのか、映し出された映像からでは分からない。


 多分だけど……。僕が映像を見ている感じからするば、プレイヤーたちは獣人の職員の方に多く集まっている。


 そう、獣人といえば、僕が近くで見たとき、まるで映画に出て来る特殊メイクした人たちのようだった。それにハーフリングは、小柄で僕から見ても違和感がある。それでも実際に目にしているプレイヤーたちは、怯むこともなく笑顔で接している。


「よしよし」

 それを眺めていたマコ先生もご満悦だった。


 今回のゲームとして、ベータテストでは冒険者ギルドで働く職員に獣人とハーフリングの種族の女性を採用している。特にクレームもなければ、正式採用する予定だ。


 また、彼女たちはリリィとは異なり『グリモア』を使って、NPCとして作りだしている。

 もともとは、植物のモンスターに属するというらしいが、凶暴性などはまったくない。

 それに人間と同じ知能を持ち行動する。


「ちッ、出たか……」

 マコ先生が嫌な感じでつぶやいた。


 巨大ディスプレイの映像は切り替わり、ロビーの端にある休憩所が映し出される。

 そこでは何人かのプレイヤーとギルド職員の間で問題が発生していた。


 こんな感じで、ゲームの世界では必ずしも素行が良いとはいえないプレイヤーもたくさんいる。これだけ人物もリアルだと、なぜか犯罪が起こるようで、そこは管制室からでもしっかりと監視していた。


 それに冒険者ギルドの敷地内にはちゃんとしたルールがある。戦闘行為などは禁止しているし、ギルド職員への痴漢行為などの風紀を乱す行為もNGだ。


 マコ先生がリリィの担当者に指示を告げた。

「はい。2名。送還です!」

「はい! わかりました!!」


 問題を起こした彼らは、冒険者ギルドにいる獣人の職員に抱き着いたのが原因で、マコ先生により仮想空間へと強制退去された。


「たくっ。どうしてなの? 普通に綺麗な髪の外人が道端で歩いるからって、触ったりしないでしょ! どうして、こいつらは、こうも毛並みを触って見たくなるのかしらねぇ……」


「目の前に動物がいると勘違いでもしたのでは?」

「だから、事前にアナウンスしたと思いますけどぉ! ログインする前にアバターを変更できますよって、それと事前に通告もしています!! だいたい、そんなに触りたいならアバターを変えて自分の体毛をモフればよい!」


「いや……。マコ先生。そんな変な人はいないと思いますけど……それに急に言われても皆さん気づかなかったのでは?」

「そうね。そういう問題があるかも知れないわね」


「ところで、マコ先生。退去したプレイヤーはどうなりますか?」

「今回の行為からして、本人が望めばだけど。再度、冒険者ギルドへ入場できると思いますが、どうでしょうかねぇ……」


 確かに、痴漢して同じ場所に戻って来れる人っていないよなぁ……。

 それに周りが許してくれないと思う。


 ちなみに、ハーフリングの頭を撫でて蹴りをもらったプレイヤーがいたが、ケンカにならなかったようで、マコ先生の判定ではセーフとなった。


 そのあと冒険者ギルドで登録を済ませたプレイヤーたちは、続々と街に繰り出して行く。

 今回のベータテストで用意した資金を手にプレイヤーは、装備品を求め、鍛冶屋に防具屋と魔道具屋へも駆け込んだ。


 このゲームでは、魔導士がメインとなる。そのため鋼の甲冑などを購入するプレイヤーはおらず、どちらかといえば、動きやすそうな軽装に魔法のローブやマントを購入している。


 それに普通に杖やタクトを買うプレイヤーもいるが、杖の替わりとなる指輪や腕輪などのアクセサリーを装備するプレイヤーが多かった。


「マコ先生。初期状態では、どんな魔法を使えるようにしてますか?」

「そうねぇ……。レベル10だから、大ジャンプとかかなぁ……。あとは属性によるけど攻撃魔法は、テレキネシスをベースとしているからプレイヤーは驚くわよ!」


 そんな会話をしている最中――ここでも数人ほどプレイヤーが強制退去された。

 理由は魔法が使えるようになって早々、街を破壊したからだ。


「だから、事前に説明しているだろぉおぉぉ――っ!!」

「……マコ先生ぇ」

 マコ先生は、激おこだった。


「何てことしてくれたんだぁぁああぁぁぁぁ――――っ!!」

 問題を起こしたプレイヤーたちは、問答無用で即時に退去した。


 世間一般にある多くのゲームでは、街は破壊不可能な代物である。

 しかし、ここではリアルな世界である。よって建造物は普通に破壊できてしまう。


 それならば、プレイヤーの行為について、何か防止機能みたいのが適用できないのかと、考えるところでもある。しかし、あれこれと設定が難しく現在は研究中とのこと。


 それに説明書には「公共物は大切に扱って下さい」と記載しているそうだが……。

 その説明だけでは、ゲームの世界で通用できるのだろうかと、僕も思う。


 また、事前にこのゲームはリアルな仕様だと、念には念を入れて説明していたと聞く。

 しかし、プレイヤーたちも信じていなかったのか、建物が破壊できたことに驚いていた。


 僕も「これは今後の課題だよなぁ……」とつぶやく。


 そして、僕は別のディスプレイ映像に目を向ける。そこでは早々と装備を整えて街の外に出ているプレイヤーの姿を見つける。


 そのプレイヤーたちは広い場所を見つけると、それぞれ魔法の訓練を始めた。

 僕は、あるひとりのプレイヤーに注目する。スクロールなどを使わず、指先から数メートル先のところで魔法が発動した。


「……すごいなぁ」

 僕は思わず声が漏れてしまうくらい驚いていた。


 数日前のこと。マコ先生からスクロールを使った炎の魔法を見せてもらったが、プレイヤーたちが練習で使用している氷魔法は、それよりもはるかに鮮やかだった。


 これはずっと見ていても面白い。

 実際に魔法を使ったプレイヤーも驚いていた。


「そうでしょう。そうでしょう。うんうん」

 マコ先生の表情も穏やかになったところで、僕は声を掛けた。

「マコ先生。前作のゲーム環境では、魔法がなかったのですか?」


「そうねぇ。魔法は普通に使えたけど、魔道具やスクロールなどのアイテムが無いと使えないようにしていたわねぇ。それもあって、今回からは直接、人体アバターから魔法が発動できるように変更したのよ。これもこの世界にある『魔素』のおかげだね」


「マコ先生。それって、どういう仕組みなんですか?」

「あくまでもゲームだから。プレイヤーが魔法を使うときは魔法名を意識するだけで発動できるわよ。それに実際は遠隔操作しているアバターが『魔素』を取り込み魔法名に合わせて自動詠唱する仕掛けになってるの」


「へぇ――っ アバターって、凄いですね!」

 僕が茶々藤から渡された手元の資料によれば、たしか……遠隔アバターとは『グリモア』で生成した人工生命体らしく、NPCやモンスターなどと同じになる。


 それは僕やリリィたちとも異なる生命体であることから不自然に思えるが、ちなみに、マコ先生や茶々藤が、こちらの世界に訪れるときは遠隔アバターになっていると聞くが、それを気にしてもしょうがない。


 そのあとも巨大ディスプレイの映像を見れば、プレイヤーたちは下級モンスターと戦闘していた。こうしてベータテストに参加したプレイヤーたちは、街の外に出ると魔法の操作を試してから、弱そうなモンスターを見つけては戦闘モードに入っていく。


 この行動パターンはこちらが想定したとおりの行動であり、ひとまずは安心した。

 とはいえ、街の中で滞在して戦闘プレイをしないプレイヤーたちは、こちらの想定を超えた行動をする者が多く。マコ先生は慌ただしく対応していた。


 さらに別のディスプレイ映像を見ると、早めに攻撃方法を習得したプレイヤーたちが街から少し離れた場所で、より強いモンスターがいないかと探している。


 そんな状況下でも、特に問題が発生することもなく、ベータテストは順調に行われていた。

 かれこれゲームが開始してから数時間ほど経過し、徐々に管制室でも束の間の休憩状態に入りつつ安定してベータテストが稼働できている。


 それにプレイヤーたちのデータも順調に取れていることを確認し、僕とマコ先生も安堵した。

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