第8話 プレイヤー《日葵の視点》

 ――ところ変わり、ここは茶々藤たちが暮らしている世界。

 ある学校の教室では、最後の授業を終えた生徒たちが帰りの準備をしていた。


日葵ひまりぃ――! 今晩8時だからねぇ――っ!!」


 教室の掃除当番していた私は、友だちに呼び掛けられた。


「うん。分かってるって、先に行ったらラウンジで待っていれば、いいよね」

「そう、そう。……あっ!! バイトに遅れるから先に帰るねぇ!」


 彼女こと、ミカコは夕方に2時間だけバイトしている。

 私をオンラインゲームの道に誘った張本人でもある。


 私と言えば、部活もせずに普通に下校するだけ。

 家では宿題と予習などを終わらせてからゲームにハマっている。

 決してだらしないわけでは無い。学校の成績は良い方だから。


 そして、どういう訳でゲームにハマったかと言うと……。

 最近、発売されてちまたにぎわしている謎のPCゲームが凄すぎるのだ。


 それはVRMMOと呼ばれるたぐいで、これがまた何もかもが、リアル過ぎてとてもゲームの世界と思えなかった。


 それが『』だ。


 ヘッドマウントディスプレイと各種センサーは、弟のものを借りて始めた。

 でも、今では自分専用の物を一式用意している。


 そして今晩はいよいよ待ちに待った。新作ゲームのベータテストが行われる日。

 しかし、ゲーム名はまだ、仮で『ワールドM』と付けれていた。


 『ワールドM』のMって、何だろう……。

 仮だし、開発名というやつかな? ……さあ。どんな世界なんだろう。


 このゲームの発表があった日。それは最初に訪れる仮想空間にある掲示板に、ひっそりと告知があった。珍しいことに外部の一般の方には公開されず、現在プレイしている人にだけ限定しているように思えた。


 発表の内容は、キービジュアルと各シーンのイラストボードのみで、動画などはなかったが、私には何か惹かれるものがあった。


 現在プレイしているゲームでもリアルで楽しいけど。何となく私には何かしっくりとこないような感じがある。友達のお手伝いから始めたこともあり、その発表を見た瞬間に、私は何か特別なものを感じた。


 最初のインパクトが大き過ぎてハマったのは確かなことなんだけど……。

 もう少し、何と言うか、あの世界でゆっくりと過ごしたい!!

 そんな欲求を叶えてくれそうな感じがする。


 妄想に浸っていると、クラスメイトの友だちから指摘を受けた。

「はい、はい。日葵ひまりさん。サボってないで早く終わらせましょう!」


「すみませ~ん。急ぎます」

 と、まあぁ。こんな感じの毎日を送っている私だ。



 ――それから待望の夜を迎えた。


 風呂上がりの乾かした髪にヘッドディスプレイを装着する。

 少し蒸れるが気にしない。


「トイレよし! バッテリーよし! ママには連絡済み!!」


 部屋着の上から各種プロテクターを装着する。

 鏡で見ると、まるでスケート競技に出てくるショートトラックの選手みたいだ。


 それに最新のセンサーはカメラ撮影型をしているらしいが、反応に難ありで。

 特に、このVRMMOでは反応が鈍いと私は思っている。

 だから、旧式のプロテクター型を装着しているのだよ。


「ふふふ。さあぁ! 始めよう!!」


 ベットに横になり、腕に巻かれたバンドのボタンを押して、ゲームの中にアクセスする。

 すると両手と両足の各バンドが、ゆっくりと締まり脈拍を検知して静かに眠るように意識が遠のいていく……。


 ――快晴の空が見えた。長閑のどかな草原の間に、ぽつんとひとつだけ白い建物が見える。

 あの建物の裏にある芝生のところに『ラウンジ』と呼ばれる場所がある。


 でも、それをラウンジと呼ぶべきなのか。学校の校庭のような場所だけど……。

 そういう名が付けられている変なところだ。


 プレイヤーにはアバターのサイズがデカい人もいるから、建物の中に集まることができないのかな?


 今日はここに集合してから、どこかのポータルに入るらしい……。と、聞いている。

 それは今までのゲームとも同じで、私が仮想空間に出現した場所には、多くのプレイヤーたちが待機していた。ここにいるプレイヤーたちは全員ベータテストに参加する。


「おう! テイジーさん。こんばんわ!」

「テイジーちゃん! よろしくね!」


 私のアバターの登録名は『テイジー』としている。


「ガンガン鉄さん。Gu肉さん。お久しぶりです! 元気にしてましたか?」

「元気、元気。そりゃ。新作が出来る日だから、元気じゃない奴はいない!」

「そうそう」


 ガンガン鉄さんとGu肉さんの素性は知らないが、このゲーム中で知り合った人たちで、以前にパーティを組んだこともあって、仲良くしている。


 そこに学校の友だちであるミカコとサエちゃんが現れた。

「よう。元気だった。ガンカン!」


「来たなぁ。ナガルンガ!」

 ミカコのアバター名が『ナガルンガ』で、筋肉質な戦士の姿をしている。


「お久しぶりです。皆さん!」

「あれ? ネモフィもキャラを変えたんだねぇ」


「フフフ。どうです。似合ってますか?」

「うん。そうそう。清楚な感じがあっていいね!」


 今回に合わせてアバターを変更した『ネモフィ』こと。サエちゃん。

 美少女キャラの聖女風に変更した。これまでもサエちゃんは、どちらかというとゲームを楽しむというよりはコスプレにハマっている。


 ゲームの中でのアバターは自由に変更できる。本人の特徴をベースにして、AIによる自動作成が行われる。このゲームをしている大半の人たちの話によれば、僅かな面影だけを残すのが良いと聞くが、完全に別人に修正している人もいるので、その姿が本人に似ているかどうかは分らない。


 まあ、ネモフィ〈サエ〉のように、それだけを楽しむために、このゲーム内に来ている人も多いけどね。


 私たちがのんきに会話していると、ラウンジに集まったプレイヤーを囲うようにドーム型の透明な空間シールドができた。


「始まるの?」

「始まるようだね」

 と、ネモフィ〈サエ〉が、ナガルンガ〈ミカコ〉に声を掛けた。


 ドーム型の天井にはプロジェクションマッピングの映像が流れる。

 そこに司会を担当する女性の姿が現れて挨拶が始まった。


「ようこそ! この度はベータテストに参加して頂きまして、誠にありがとうございます。それでは、新作のリアルオープンワールド。第二弾。『魔導の波動』につきまして、概要を簡単に説明致します……」


「テイジー、始まったようだね」

 ナガルンガ〈ミカコ〉が、私の隣に立って天井を見上げている。

「そうだね。今度はどんなゲームなんだろう……」


「激しい環境はでなければいいよね。テイジー。ナガルンガ」

 ネモフィ〈サエ〉もナガルンガ〈ミカコ〉の隣に並び見つめていた。


 そして司会者の説明によれば、『魔導の波動』というタイトルのとおり、今回のゲームでは魔法の種類が多い。それとベータテストなので、レベルの初期値はレベル10から設定してあり、最大レベルは、レベル40まで上げることができる。また初期クエストとしては、レベル10のボスキャラが存在するので、ボス戦は確認することができるらしい。


 それに「ポータル」から転送する場所は、始まりの街限定となるが、本番ではセーブポイントもちゃんとあると説明していた。


 うん。ないと困る。


 それからクエストについては、冒険者ギルドで依頼を受けることができるシステムになる。

 これは前作と同じだ。モンスターについては、新作から動物型以外にも人型が登場する。


 ここは前作でなかったが、私としては人型のモンスターがリアル過ぎるとちょっと怖いような感じがする。


 それから、このゲームには専用のアバターが用意してある。その姿は獣人やハーフリングなどの種族を選択できるようになった。現在プレイ中のゲームにある人間と魔人とドワーフとエルフから、さらに追加となる。


 その説明にネモフィ〈サエ〉の目がキラキラしていた。

「猫耳ですかぁ~」


「私もキャラクターを変えて見ようかなぁ……」

 おぉ。ナガルンガ〈ミカコ〉も、ついにキャラ変更するのか?


 でも、私だけはキャラを変えない。自分の姿はあれこれと初回でそうとういじった。

 だから、変えるのが面倒なだけ。それにベータテストでのキャラクターは、現在プレイ中のゲーム環境のままでも十分だから。


「――さあ、参加者の皆様には、今回だけ特別に。ここから転送いたします!! なお、通常のポータルの場所については、メッセージに登録しましたので、のちほど、ご確認ください。それでは、これより開始します。どうぞ! 新作をお楽しみ下さい!!」


 司会者がそう言うと、私たちが立っている場所の地面が青白く光り出した。

 見覚えがあるポータルの紋様が浮かび上がり光に包まれると。私たちはどこかへ転送した。


 ――そして、眩しい光が消える。風景が一変する。

 どこか遠くに来た感じに、目の前には街の入口が見えた。


「あれ!? どこかで見たような……」


 私は現在プレイしているゲームにおいて、全ての街を踏破している。

 ここが新作の世界なのに、なぜか、馴染のある街が目の前にあった。


「テイジー。これってさ。南にあるフォークの街、じゃないかな?」

 ナガルンガ〈ミカコ〉もそう言った。


「そうですね。私も見覚えがあります」

 ネモフィ〈サエ〉も目を点にしている。


「あははは――っ。新鮮味に欠けるねぇ。今のゲームで、あまりにもリアルに作り過ぎたせいか、新作でも使いまわしたのかぁ~」


 ナガルンガ〈ミカコ〉がそういうと、周りにいたプレイヤーたちからもため息が漏れた。


 やはり、現在プレイしているゲームの街が凝り過ぎていたのだろうか。

 あれほど細部まで精密に再現していて驚いたけれど……。新作はそうでもないかな?


 ぞろぞろとプレイヤーが歩き始める。

 正面に見える門を潜り抜けて、私たちも街の中へと入って行った。


 そして、参加したプレイヤーたちは冒険者ギルドがどこにあるか知っている。

 誰も何もせず直行だった。

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