第6話 ギルドと酒場

 そのあと、僕とマコ先生は街の中に入り、大通りを歩いて行く。

 賑やかな喧騒の中。すでに現地の住民たちが活動していた。


 僕は、この光景に言葉を失い「ここどこ?」と疑いたくなった。

 そう、マコ先生は『グリモア』を使って、街の建物を作っただけではない。


 そこには自然と一緒に暮らす本物としか見えない人々。

 NPCの人々を作りだしていた。


「ミヤトくん! 凄いでしょう!」

 隣にいるマコ先生は、僕の反応を見て、ご満悦のようだ。


 しかし、これが本当にNPCなのか? 

 植物だというが、ほとんど、僕らと同じ人間じゃないか。

 自分の目を疑うばかりだ。


 さらに、大通りの人混みを掻き分けながら歩いている途中。

 僕はマコ先生から注意を受けた。


「ミヤトくん。さっきから、あまりジロジロと見ない。イベントが発動して巻き込まれたりするからね」


 さらに驚き、マコ先生の顔を見る。

「えッ!? そうなんですか?」

「そうよ。ここはゲームの世界になるから、NPCには、それぞれ役割を設定しているのよ」


「……そういうことなんですか? だったら、気をつけます」

「その方が良いわね。ミヤトくん。あそこの通りを曲がって、その先の奥に行くと建設予定地になるわよ」


「マコ先生。冒険者ギルドって、これから作るんですよね?」

「そうね。冒険者ギルドの場合は、仮想空間と繋がっているから、個別に対応しないと駄目なのよ」


「そうですか。それも何だか大変ですね?」

「まあ……全部、こちらの世界で作るとゲームぽくないでしょ。だから、仮想空間を活用したりするんだけどね」


「だったら、逆にすべて仮想空間で作った方が良いじゃないですか?」

「実は、私もそう思うところなんだけど。これがねぇ……。また、社長の方針なのよ」


「えッ!? 社長ですか? その人って、よっぽど変わってますよね」

「いえ、ミヤトくん。そんなことないわよ! だって、リアルな魔法が体験ができるから、これはこれで凄いことなのよ」

「そうなんですか……」



 ――こうして、あれこれと2人で会話しているうちに目的地へと到着した。

 そこは建物と建物の間に大きく開いた空き地がある場所。


「さあ。ミヤトくん。ここだね。今から冒険者ギルドを用意します! 危ないので私から少し離れて下さい!」

「分かりました!」


 マコ先生は再び『グリモア』を取り出して、空き地に向かって両手で持ち上げる。

 小声で呪文を唱え始めた。


 すると地面が白く輝いて、建物らしき物体が、そこから浮上して完成した。

 今度は3階建ての大きな建物だ。何度見ても驚きでしかない。


 目の前のある建物は、どこかの教会のような重厚な石造りをしている。

 その建物を中心に周辺にも建物などが並んでいた。


「どう? ミヤトくん」

「マコ先生。凄いですけど、これが冒険者ギルドになるんですか?」

 冒険者ギルドと言えば、もっと、こじんまりとした建物をイメージしていた。


「まあ――数百人くらい収容できる建物だったら、こんな感じよねぇ。それに、騎士団宿舎のような、この重厚なデザインとかも、この世界観に合わせたものなのよ。見て見て、あそこにある1階の右側には酒場も併設しているし、それに左側の建物は解体倉庫や訓練場になっているのよ。そうするとやっぱりこれだけの大きさになるわねぇ」

 と、マコ先生は説明を終えて 胸を張る。


 たしかに、マコ先生のいうとおりだ。多くのプレイヤーが自由に出入りできて、この建物をコミュニティセンターのように使用するところを考えてみれば、それなりの大きさは必要となる。


 さらに建物の中には仮想空間にも繋がっている場所があるため、そこからプレイヤーが出入りする通用口には、ある程度の広さが求めれると、マコ先生はいう。


「さあ。中に入るわよ。ミヤトくん!」

「は、はい」


 僕は少しだけ建屋を眺めたあと、目の前にある石段を登って中へと進む。

 この冒険者ギルドの2階がロビーになっている。


 中に入って見れば、ロビーの中央には何かのオブジェらしきものが置かれていて、その後ろになる奥の方には、少し離れた場所に左手に受付カウンターがあり、反対側に休憩所がある。


 僕とマコ先生がロビーの受付カウンターのところまで歩いて行くと……。

 受付カウンターと休憩所の間にある壁の扉が開かれた。


 そこからローブをまとった人物が現れて、こちらに向かってゆっくりと歩いて来る。

 その姿は、いかにもというか、ゲームに登場する魔導師の姿をしていた。灰色の長いくせ毛の髪に、長い髭を伸ばした老人。


 マコ先生が僕より前に出て、その老人に軽く会釈してから声を掛けた。

「フォスターさん。お元気で何よりです!」


 フォスターと呼ばれるこの老人も笑みを浮かべる。

「おぉ! これはマスターマコ。ご足労をお掛けします。この度は、誠にありがとうございますぞ!!」


 この老人はマコ先生の知り合いなのかな?


 すると、フォスターは僕の方を向いてマコ先生に聞いた。

「マスターマコ。そちらの方は……」


「紹介するわね。こちらは、ゲームマスターを担当する。ミヤトです!」

 僕も、フォスターにお辞儀してから挨拶を始める。


「初めまして、高槻ミヤトと申します。よろしくお願いします!」

「そうでしたか。ワシは、ギルド長のフォスターと申す者。どうぞ。お見知り置きくだされ!」


 僕はフォルスターと挨拶を交わして違和感を感じた。マコ先生が作ったばかりの建物の中にいたこの人物は、まるで長年この場所にいたかのような感じに思えた。


「ミヤト。説明するわね。フォスターさんは、前作のゲームでは冒険者ギルドの副ギルド長を担当している方で、今回からギルド長に昇格したのよ。それに、こちらの事情についても理解しているから、よろしく頼むね」


 そう言われても、どう反応したらいいか分からず、とりあえず笑顔で誤魔化す。

 彼については、あとからマコ先生に色々と聞くとして……。それほど会話もせず、この場は挨拶だけに済ませた。


「――では、フォスターさん。明日から職員たちを連れてきます。すみませんが事務所の準備をお願いしますね。それと、今日中に魔法石板の方に運営資料を送っておきますね」


「フォフォフォ。分かりましたぞ! それでは掃除でもしながら気長にお待ちしております」


「すみませんがこちらこそ、本日よりよろしくお願いします。では、私たちはこれで帰ります。ミヤト。後で詳しい説明をするわね」

「……はい」


 僕とマコ先生は、ロビーの端にある階段から下に降りて、1階へと移動する。階段を下りると、そこには通路があり酒場とは建物の中から出入りできるようになっていた。


 酒場に入る手前で、僕はマコ先生に聞いてみた。

「マコ先生。フォスターさんも『リリィ』なんですよね?」


「そうよ。彼も『リリィ』だけど。何か?」

「フォスターさんは、仮装しているんですか?」


「う――……ん。あの姿は自前だねぇ……」

「フォスターさんって、あれが本物なんですか? それとも役者とかですか?」


「ミヤトくん。それはね。自分で調べた方が面白いわよ。それに、この街で暮らす『リリィ』たちも、みんな、こちらの世界観にあった姿をしているから。それにミヤトくんは不思議に思っているようだけど、フォスターさんが出てきたドアの向こう側には、仮想空間へ転移するポータルがあるのよ。ちなみに、あそこからプレイヤーも出入りするわよ」


「そうだったんですね。僕は、まさか、建物と一緒にフォスターさんも出てきたのか思ってました……」

「あっ、はははっ。まあ、そう見えても仕方ないかぁ……。さすがに、それは無理よね。私の方から、あらかじめ連絡を入れといたから、たまたまタイミングが良かったのよ」


「そうなんですね。安心しました」

「まあ。それと、こればかりは慣れるしかないかな? それに、これから色々と仕組みを知れば、もっと楽しくなるわよ」


 そのあと通路を通って酒場へと入る。室内には普通の窓はなく、天井近くに長細い通気口のような小窓だけがあり、全体的にどこか薄暗い感じする場所だった。


 その小窓があることで外からの光が入ってくる。だから室内は少しだけ明るい。

 でも見るからに、いかにも夜の店という感じのところだ。

 それと室内は奥に細長く、食堂のような広さがある。


 マコ先生は、カウンター席のところに移動した。

 そこから奥の通用口の方に向かって、大きな声で呼びかけた。


「トーマス! いるか――――いぃ!!」

 声に反応して、通用口から大柄な体躯の中年男性が姿を見せた。


 髪は茶色い癖毛で口髭がとても似合っている。荒くれ者を相手に商売をしている酒場のマスターという感じがぴったりの人だった。


 トーマスと呼ばれた男は大きな声を出して挨拶を始めた。

「おぉ!! マコさん。お久しぶりです! 今回は私を店主に推薦して頂きまして、ありがとうございます!!」


「うん。頑張ってね。それと、こちらが新しくゲームマスターになるミヤトです!」


 僕もトーマスの大声に少し驚いていたが、平常心を装い挨拶を始める。

「はい、よろしくお願いします。高槻ミヤトです!」


「こちらこそ、お世話になります。ご覧のとおり酒場の店主を務めるトーマスと言います。ミヤトさん! ここは、プレイヤーの溜まり場になってますから、気軽に飲みに来てください!!」


 未成年の僕には、訪れることがないと思っている場所だ。

 ゲームの中だったら、どうなんだろうとマコ先生を見る。指でバツを作っていた。

「はい。機会があれば、お邪魔します!」


 マコ先生は、トーマスに近づいて耳打ちするように話しかけた。

 僕に聞こえないように、小声で何か話している。

 トーマスの方も何やら理解したらしく、笑いながらうなずく。


「それじゃ。トーマス。私たちは、次に行くね!」

「また、来てくださいよ。マコさん!」

「そうね。落ち着いたら寄らせてもらうわ!」


 僕とマコ先生は酒場から建物の外へ出る。

 そのあとは、どこにもよらずに大通りのところまで戻ってきた。


「マコ先生。これで終わりでしょうか?」

「ミヤトくん。まだ、残っているわよ。次は、あの丘の上に向かうからね!」

 マコ先生はその場所を指差した。


 場所は少し高台というか小山になったところだ。

「……あそこに、何を作るんですか?」


「これから領主の館を作るのよ」

 そう言って、マコ先生は歩いて行く。


 僕は少し遠いからスクロールを使うものだと思っていたが。

 しかし、あそこまで徒歩で向かうらしい……。

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