第5話 始まりの街

 僕とマコ先生は、あれから何度も大ジャンプを繰り返し、途中でロザリアが言っていたとおり、強風にあおられ、海に落ちかけたが、無事に到着した。


 ここは海の近くにある草原。少し歩いた先に広い砂浜がある。

 これからこの近くに街を作るというが、果たして、どんな街になるのだろう……。


 僕はマコ先生に聞いてみた。

「マコ先生。目的の街は、どこに用意しますか?」

「ちょっと、待って下さいね」


 マコ先生は『グリモア』を取り出して、タブレット端末のように使い確認する。

「いま、私たちがいる場所がここだから……。そうねぇ――ここから少し歩いて、遠くない場所かな?」

 

 そのあと僕も『グリモア』の画面を見せてもらう。

 そこにはタブレット端末と同じように地図画像が表示していた。

 僕とマコ先生がいる場所から、向こう側まで何もない草原と砂浜が続いている。

 その先に目的地があるらしい……。


 マコ先生が髪を抑えながら向こう側を眺めていう。

「それじゃ。ミヤトくん。歩きましょうか!」


 僕とマコ先生は歩きずらい砂浜の上を進む。

 時折り強い風が吹くせいか、靴の中は砂だらけだ。


 ――そのあと目的地にたどり着く。

 マコ先生は「ここだね」と呟き『グリモア』を取り出して地図を確認する。


 僕はその間に周囲を見渡すと。ここは資材も道具らしきものすらもない。ただの原っぱ。

 それに、僕とマコ先生以外は誰もいない。これからどうやって街を作るのだろう不思議だ。


 ちなみに、この場所に来る前に資料で確認した内容によると、ここに用意する『フォーク』と呼ばれる街は、プレイヤーたちが始めに到着する街で規模もそれなりに大きい。

 そうなると、これから何日も掛けて2人で作っていくことになるのだろうか。


 また『フォーク』の街の特徴といえば、港街という感じではなく、少し変わったレイアウトをしている。海から内陸側に防波堤のように城壁が並び、片側の端にある崖のところ城壁に挟まれた船着場がある。この街は海から侵略する外敵に対して進行を阻むように作られた要塞のような構造をしていた。


 それに資料と一緒にあったイメージボードの絵では、城壁よりも高さのある赤い煉瓦の屋根が綺麗に並んでいて、その景観から観光地としても十分に楽しめる感じだ。


 しかし、大変なことには変わりはない。

 これからどのように作って行くのか、少しワクワクしている僕がいる。


「――さて、ミヤトくん。ここに『フォーク』の街を作ります。危険ですから私から離れてください!」


「えっ!? は、はい」

 僕はマコ先生に言われたとおり、少し後ろに下がって様子を見る。


 マコ先生の方は『グリモア』を取り出してから両手で持ち上げ、僕に聞こえるか聞こえないくらいの小さな声で呪文を唱え始めた。


 すると――初めて見る光景に驚いた。

 『グリモア』って、そんな感じで使うのか?


 マコ先生の目の前にある草原が、広範囲に白い輝きを帯びて光に覆われる。

 さらに地面を巨大な何かの力で力強く叩く音が響く。


「わぁ。な、なんだ!」

 まるで地震のような揺れが起こった。

 僕の目の前でも、地面が輝き出す。

 そこから徐々に黒い何かの物体が、現れていく。


「おおぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぅ――――――!!」

 思わず、驚きの声を上げてしまった。


 それは、石を積んで出来た巨大なもの。

 徐々に浮かび上がる光景に――僕は釘付けだった。


「こ、こ、これは――――城壁? だけなのか? いや、街だぁ――――っ!!」


 僕は目の前の状況に少し涙目になる。

「『グリモア』って、凄いよ。凄すぎる。街が丸ごと作れてしまうなんて……」

 驚きのあまり僕は砂浜にひざまずく。


 わずか数分で城壁に囲まれた街を作りだしたのだ。


「ふぅ――……。こんなもんでしょ!」

 マコ先生は、やや不満気味の表情を見せる。


 そしてひと仕事を終えたように僕の方へと歩いてきた。

 目の前まで立ち止まると、未だに完成した街に感動している僕に声を掛けた。


「はい、これで完成です! 今回はすでに用意している街を複製コピーして、設置するだけなので、このとおり何も難しいことはありませんでした!」

「……えっ。これがですか?」


「そうです。この街は前作のゲームで完成している街ですから、本来のようにひとつひとつ作る必要もありません」


 街を丸ごと作っただけでも凄いことなんだけど……。

「マコ先生。この街は、映画のセットのようなもの何でしょうか?」


「いいえ。この街は、完全に本物ですよ。こちらの世界にある材料が揃っているなら簡単に『グリモア』を使うことで複製コピーできます」

「……そ、そうなんですか?」


「まあ、それに一部だけ、わざとゲームぽく見えるように、建物の壁にテクスチャーのプリント画像を、それっぽく貼ってますけどね」


 それって必要なのか? それでも改めて『グリモア』の凄さを知る。

 そうなると、こちらの世界では、これが普通なんだろうか。


「……まぁ。私が知る限りですが、このように別の世界であれ、『グリモア』を使ってゲーム環境として作ったものは、簡単に複製コピーできます。それに、これくらいの大きさなら大変ではありませんし、あちらに見える山脈があるでしょう?」


 僕はマコ先生が指差す方角にある山を見る。

「……ま、まさか、マコ先生。あれもですか?」


「そのとおり。あの山脈は前作のゲームにもあったもので『グリモア』を使って、複製コピーしたものを設置しています。いやぁ――あの山脈を作る時は本当に大変でしたねぇ……」

 マコ先生は苦労したときのことを思い出しながらコクコクとうなずく。


 もう、驚きすぎて、なんて言ったら良いか分からない。

 僕としては、前作のゲームを知らないので、その苦労は分からないが『グリモア』を使えば、あそこに見える山脈ですら作れるということ。


 そういえば、資料にも書いてあったが、今回のゲーム環境は前作の続編シリーズということで……。確か、一部に同じ地形が存在するという謎の説明が、あれなのか?

 そうか、そういうことなのか、と理解する。これが『グリモア』の能力。


「はい、はぁーい! ミヤトくん。これで『フォーク』の街は完成です! 次に中の準備がありますからね」


「マコ先生。それって、街の住人とかでしょうか?」

「ミヤトくんが言っている住人って、NPCのことだよね。それなら街と一緒に出来ているわよ。それに、ここには、あとからリリィたちが暮らす住居も含まれているのよ」


「マコ先生。その『リリィ』って、何者ですか?」

「おや? 茶々藤さんから聞いていないのかな?」


「はい、ロザリアさんたちを紹介してもらっただけです」

「リリィたちは、ミヤトくんと同じように、この世界に来た人たちになることは、知ってるよね?」


「はい、それは知っていますが、そのリリィたちが、ここでは、ゲームのエキストラとして働く感じでしょうか?」

「それは、半分当たりで半分違います。リリィたちは、この街では普通に生活しますね」

「えッ!? ……どういうことですか?」


 いったいどうなっているのだろう。謎が多すぎて何をどうすれば、そういう生活が送れるのか、リリィたちはこんなことに巻き込まれて何不自由なく暮らせている?


「それはそれで話すと長くなるから……。リリィについては、追々、理解していくことだね!」


 それにマコ先生はNPC(ノンプレイヤーキャラクター)とか言っているけど……。


「それに、この世界はゲームの世界という設定になっているから『グリモア』を使ってNPCの人たちも用意しているのよ」


「それだけの理由で作れたりするんですか?」

「いいえ。ちゃんと説明すると。もともと、NPCは、こちらの世界にいるモンスターとかと同じ生命体になるのかな? この『グリモア』を使えば、不思議なことに人間だけは無理だけど、他の生命体なら生成できるのよ」


「そうなんですか? それなら、NPCは生きていることになりますか?」

「そこは何とも言えないねぇ……。確かに生きていると言えば、生きているけど、死んではいないのかな? NPCとモンスターはちょっと特殊なのよね。特にNPCは人の姿をした生物というか……実体は植物なの」

「えッ!? 植物なんですか?」


「そうよ。これから実物を見ることになるけど。たしか、詳細については資料の最後の方に書いてあったと思うわ」

「分かりました。あとで読んで見ます!」


「そうそう。今から余り難しく考えないことだよ。みんな初めのころは同じだったから。それに、これからもっと驚くことがあるからねぇ」

「はぁ……。分かりました」


 そのあとマコ先生は街の城門の方へと歩き出した。

 うしろを振り向いて僕に呼び掛ける。


「さあ、ミヤトくん! 街に入るわよ!! 冒険者ギルドとか。まだまだ用意しないといけないからね!」


「ま、待ってください」

「急がないと作業が終わらないからね!」


 色々と話したことでマコ先生の言葉が少し崩れた感じに思えた。

 僕はこれからマコ先生と一緒に仕事をしていくんだ。


 この不思議な世界での僕は知らないことが多くて、しっかりと見て学ばないと、大変になることだけは予想がつく。早めに資料を全部読んでおかないと駄目かも知れない。

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