第2話 ゲームマスター
室内にいた口髭の男性は、僕の姿を確認すると自ら席を立ち声を掛けた。
「さぁ、高槻さん。座ってください!」と、僕に席を勧める。
僕も「どうも……」と返事して、手前の椅子を引いて腰を下した。
これから僕の状況について、話になるが事情を説明するにあたり、個室に案内されて物物しい雰囲気に緊張する。
「では……君は、高槻ミヤトくんで間違いないよね?」
「はい。そうです」
「私は、このオンラインサービスの技術責任者をしている。
「よろしくお願いします!」
「それで、君には大変申し訳ないが、先に重大な説明をするよ」
もしや、何らかの事故があって、ログアウトできない状況なのか。
「まず、高槻くんは
「知りません。それと、僕が何か関係しますか?」
「それが関係することなんだ。まず、高槻くん。驚かないで聞いて欲しい……。君は我々とは、異なる別の世界から転移した人間なんだ!」
……僅かばかり、ぽっかりと間が空いた。そこに妙な空気が漂っている。
僕は何度か瞬きしてから、茶々藤に聞いてみる。
「――どういうことでしょうか?」
茶々藤は少し誤魔化すように苦笑いした。
「高槻くん。ここは、君がいた世界とは別の世界になっている」
「それって……ゲームの中のことですよね」
「いや、まずは少し落ち着いて。これから説明するけど……。今、高槻くんと私がいるこの仮想空間だが、君が元いた世界にあるゲームの中にある仮想空間ではない」
「どういうことですか? それじゃ。もしかして? 僕は死んだとでも言ってますか?」
「いやいや、そうじゃなくてさぁ。君がいた世界と私がいる世界は、別々の世界であって、このゲームの中にある仮想空間は、私がいる世界の仮想空間になる」
「はい? あれ? ど、どうなっていますか?」
「まあ、手っ取り早く言うと、君は別の世界に来たというだ。しかも、君はゲームの中で仮想空間から仮想空間へと転移した」
「いやぁ……。茶々藤さん。どうやったら出来るんですか? 教えてください!」
「それについては、私にも原因は分からない。が、しかし、君のような人間が何万人かのうち、ひとりだけ偶然に、奇跡的に現れことを我々は知っている。ここは、そういうところだと思ってくれると助かる」
「あのう……。まったく意味が、分かりませんけど……。ここって、『ベリタス・オンライン・ゲームズ』の中ですよね?」
「そう、表向きはね。しかし、実のところ。この仮想空間と別の世界。マルチバースと呼ばれる別世界に繋がっている特殊な環境なんだ」
僕は言葉に
「そこでだ。高槻くんには、あれこれと説明しても混乱するだろうけど。君は現在のところ元の世界には戻ることはできない。帰れないということだ」
「……ど、どういうことですか? 茶々藤さん。目の前にメニュー画面がないだけじゃないんですか? それに、僕宛に送ってきた。あ、あの封筒に入っていた黒い機器を外せば、ログアウトできますよね?」
「……高槻くん。教えてくないか。その、黒い機器とは?」
僕は自宅に送られてきた黒い機器を使って、このゲームにログアウトしたことを、茶々藤に説明した。
しかし、茶々藤は『ベリタス・オンライン・ゲームズ』を運営する〈サイバリュー・エージェンシー〉と、僕宛に機器を送ってきた〈フリーパラレル・コーポレーション〉という会社は、まったく関係がないという。
それに僕は、あの黒い機器に問題があるではないかと考えていたが。
茶々藤は「君のように、こちらの世界に来た時点で使用していた機器が外れたり、壊れたりして元の世界に戻れたという前例はない」と言った。
そのあとの話では、僕と同じ境遇にあったプレイヤーが過去にもいたらしく、そのプレイヤーはログアウトできずにゲームの中を何度も
そのとき、偶然にも運営側が、そのプレイヤーを見つけ出して保護したが、そのプレイヤーはすでに治療の施しようもないくらい精神が病んでいたという。
「……茶々藤さん。そのあと、保護したプレイヤーは、どうなったんですか?」
「我々が保護してから3か月後に、彼は突然死んだよ。それに死因は、仮想空間に長く居続けることが原因だったのでは、と思われる」
「えっ!? それなら僕は、これからどうすれば……?」
「高槻くん。まずは冷静に聞いて欲しい。我々が、君をちゃんと保護することだけは保証する。そして、これから君にはログアウトしてもらうが、さきほど言ったとおり驚かないでくれ。それにログアウトできたとしても、元の世界に戻ることはできない」
「茶々藤さん。その、聞きますけど……僕が、ここからログアウトすれば、茶々藤さんの世界で暮らしていけますよね?」
「高槻くん。実はだね……残念なことに君は我々の世界にもログアウトすることができない」
今、意味不明なことを聞いた。あれ? 耳鳴りと共に……。
僕の中で何かが崩れ落ちたような残像が現れる。
「はは……。そ、それって、どういうことですか?」
「まず、ゆっくりと深呼吸しようか、スゥ――……、ハァ――……」
「スゥ――……、ハァ――……」
ん!? 僕は、どこに行くんだ?
少し涙目になりながらも、茶々藤を睨みつけた。
「まずは落ち着て、高槻くん。これから君にはある協力を頼みたい!」
「……茶々藤さん。協力って、僕は何をするんですか?」
これから、いったい何を言われるのだろう。僕の鼓動がだんだんと大きくなる。
そして、体感にして10秒ほど。無音の時間が流れていく。
茶々藤は笑顔のまま。僕はゴクリと喉を鳴らす。
「――高槻くん! 今日から
「えっ!? …………」
何を唐突に言っているんだ。このおじさん。
そもそも、
「実は……。先ほど説明したとおり高槻くんが、これより先に生存していくため、こちらから転移できる別の世界で暮らしてもらう必要がある。それに丁度、その世界には我々のゲーム環境があってだね。そう、しばらくの間だけでいいんだよ。こちらの仕事を手伝ってくれないかな? それに何かと特典があるよ!」
「いや……。なぜ、僕なんでしょうか?」
「そうだよねぇ……」と、茶々藤は吐息する。
「茶々藤さん!! きちんと説明してくださいよぉ!」
そのあと、茶々藤の説明によるば、この仮想空間に別の世界から来たものとは、人間だけではなく、あらゆる物が現れるという。
そこで茶々藤たちは、ある試みを行なっており、それらを隠して色々と検証するため〈ベリタス・オンライン・ゲームズ〉という会社を立ち上げ、VRMMO(仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインゲーム)を始めた。
なにゆえに、どこかの世界をオンラインゲームと偽って利用しているのか。
そもそも、どうやって? どうして別の世界に行けるんだ。
それにゲームの中にある仮想空間と別の世界って、何が違う。
とはいえ、僕はこの仮想空間の中で生きられる保証もない。
だから、これから何らかの方法を用いてログアウトしたとして……。
さらに別の世界が存在する。それは茶々藤が暮らす世界とも異なる別の世界だ。
まったく。この人たちは、その世界で何をやっているんだよ。
だから、僕は巻き込まれしまったのかぁ……。
しかも、マルチバースとか言ってたが、その世界に行けたとして、どこの惑星なんだよ。
そこは本当に地球と同じ環境なのか?
聞きたいことが山のように浮かび出る。
なんだか頭痛がしてきた。
「高槻くん。高槻くん……」
「――はい!」
「高槻くん。まず、我々の仕事を手伝ってもらうからには、こちらもきちんとした対応をするからね。だから、不安にならなくてもいいよ。それと色々と分からないことがあったら気軽に相談してよね」
「……よ、よろしくお願いします」
そのあと、僕は〈サイバリュー・エージェンシー〉の会社に仮就職することになった。
茶々藤がいうには、未成年者を無償で労働させることはできないそうでアルバイトという形式を取るらしい……。
しかし、消息不明の僕を雇用することに何の意味があるのだろうかと思うところだ。
それと、これが茶々藤の言うとおりなら、父と母と姉は、僕がいなくなったことを心配していないのだろうか。
だが、今は不安でしかないが悔やんでも仕方ない。
だから「僕は1秒でも長く生き抜いて戻って見せる」と、そう決意した。
そして茶々藤の案内により、僕はこれから仮想空間よりログアウトすることになった。
さきほど入って来たドアとは、別のドアから部屋の外へと出る。
同じような真っ白な廊下が遠く続いている。僕は茶々藤のあとに続いて歩き出した。
――しばらく進んだ先に、また、ひとつだけドアがある。
ドアを開け、中に入るとすべてが真っ白で無駄に広い部屋だった。
ここは受付カウンターがあった部屋とは違う。この広い部屋は、右手の方に自然の光を活かすように大きなガラスが全面に張られたカーテンウォールがあり、そこから差し込む光に照らされて、部屋の中央にある白い石柱が輝いて見えた。
どこか神秘的な構造をしている場所だ。この部屋は中央から円を描くように白い石柱が配置しているが、並び方が不自然に見えた。
僕は茶々藤に言われて、部屋の中央へと足を運ぶ。
あとから茶々藤が隣に立ち止まる。
「さあ。ここが
と、茶々藤は言った。
僕はゲームの中だから「こういうシチュエーションが欲しいんだよね」と心の中でつぶやく。
「高槻くん。もう少しだけ、右側に立ってくれないかな。それと……。ログアウトが終わるまでは、じっとして動かないでくれ!」
「……はい、分かりました」
少しだけ違和感を覚える。
僕は茶々藤に言われたとおり、足元を見ながら立ち位置を気にしていると、隣に並んでいた茶々藤は何か小さな声で意味不明な言葉を唱え始めた。
すると、周りにあった石柱が青く光りだして「ふわっ」とした浮遊感と同時に、僕は
――瞬間、目の前の景色がグニャりと水平にねじれて視界が切り替わる。
そこで見たものとは……。快晴の空だった。
周囲を見渡せば、雲ひとつない透き通った青い空がある。
ここがどこかは分からないけど。僕と茶々藤はとても見晴らしの良い高台の上に立っていた。
さらに、この場所は四方を山に囲まれていて、遠くの方には薄っすらと海が見える。
僕は明らかに自分の感覚が違うことに気づく。
「こ、これは……」
そうだ。まるで、ログアウトしたあとの現実に戻ったような感覚だ。
呼吸の感じが違う。耳を澄ませば、血液が流れる鼓動が分かる。
頬を伝う風が……。とても新鮮だ。
「えっ!? ここはゲームの中じゃない?」
まるで生き返ったような感覚に驚いた。
これが茶々藤が言っていた別の現実世界というなら、僕はもう……。
何が現実であり、何がゲームの世界なのか、分からなくなってしまう。
本当は、このように現実すら存在しないでは?
これまでの全てが、別々の仮想空間だったのでは?
むしろ、そう考えてしまうほどの衝撃だった。
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