第1話 オンラインゲームの中で

 翌日。僕は学校に行くと何故か昨日の黒いタブレットが気になっていた。

 夢にうなされた謎の問い。

 なぜ、だろう……。この神秘な謎の虜に浸っていた。


 その好奇心が僕の心を駆り立てる。

 最後の授業が終わると急いで家に帰り、あの機器を持ち出した。


「――ログイン!!」

 軽快な起動音のあと、音声ガイダンスが流れ出る。


《グリモアヲ承認シマシタ。ルートヲ設定シマシタ……》


 すると、ログイン画面も表示されず――突然、僕は空に放り投げられた。

「うわぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――!!」


 大空を物凄い速度で落下している。

 僕の隣には白い球体がひとつだけ、同じ速度で一緒に落下していた。


《我々ハ、亜空間ニテ敵ト交戦中。敵ト交戦中……》


 違和感を感じた。声がその物体から聞こえているのか。

 耳を澄ませると……。いや、頭の奥から聞こえている?


《……ヨッテ、君ノ任務ハ、都市奪還ニナル。モウ一度伝エル。君ノ任務ハ都市奪還ニナル》


 なッ……何だ!?


《――健闘ヲ祈ル》

 その言葉を最後に白い球体は僕を残して消えた。


 それよりも、ここは……。

「どこだぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――っ!!」


 手足をばたつかせ、何とか体を反転させる。

 手足を目一杯広げて姿勢を保ち冷静に地面との距離を確認する。

 壊滅した街が、眼下に広がっている?

 僕は、このまま墜落して死ぬのか、死ぬのか、死ぬ。……恐怖を感じた。


 いや、ゲームだ! これはゲームの世界だぁ!


「だから! 怖くないはずだぁああぁぁぁぁ――――――――!!」

 涙目になりながらも僕は声を上げて自分にそう言い聞かせた。


 やがて、落下速度は徐々に緩やかになり、僕は街の一角にある瓦礫の上にパラシュートなしで着陸した。


「……はぁ、はぁ。死ななくて良かったぁ……。うぐッ」

 掻いてもいない汗を袖で拭いならが吐息する。


「だから、ここはどこなんだよぉ!!」

 昨日とはまったく違う展開に僕は少しと言わず、かなり驚いている。


 ここで気になったことがひとつある。例のタブレット・・・・・だ。

 僕は目の前に表示してあるメニュー画面を操作した。


 画面を切り替えてアイテムボックスの画面を表示すると。

 そこには『グリモア』と表記した黒色のタブレットを見つけた。

 隣には『棒』と表記した『棍棒』もある。


 僕は安心して胸をなでおろしたが、同時に不安も芽生える。

「これって、何かアイテムを入手するたびに、……もしかして、ゲームの環境が変わったりするのか? それなら、このゲームって?」


 う――……ん。実はかなり滅茶苦茶じゃないのか?

 少し悩んでみるが意味が分からない。


「まずは、状況を見極めてからログアウトしよう!」

 と、辺りを見渡すが、そこは人けが感じられない場所。埃っぽく廃墟ともう。


「ここは中東か? いや……。待てよ?」

 よく見ると、見覚えがある店の看板が斜めに崩れて土埃を被っていた。


 ということは、僕が住んでいる国のどこかなのか。

 まあ、そういう設定なのだろう。


 ――突如、背後から人が走ってくる音が聞こえた。

 振り向いてみれば、「うわぁ!! 戦闘服を着た女性が銃を持っている?」こっちに向かってくる。


 その女性は僕の目の前で立ちはだかり声を掛けた。

「少年よ。直ちに、ここから離れるんだ! 空爆がくるぞ! さぁ。急げ!!」


 僕は戦闘服の女性に腕を掴まれ、一緒に瓦礫だらけの地面を駆け出した。

 もうぉ……。どういう設定なんだよ。これ?


「――来たぞ。伏せろ!!」

 離れた場所に爆発が起こる。

 爆風が土煙を舞い上げ、一瞬にして粉塵が僕達を飲み込んだ。


「ゲホ、ゲホ……。グエェッ……」

 慣れない場所でホコリを吸い込みむせる。


「うあぁぁぁぁ――――……」

 その恐怖から寂寥感せきりょうかんが、僕というモノを侵食する。


「少年、大丈夫か? この銃を取れ!! 襲撃に遭うぞ!」

 僕は戦闘服の女性から差し出された短銃を見つめた。


「ゲホッ。い、い、嫌だぁあぁぁ――――!! 僕は……」

 近くで銃撃音が響く。


「受け取れぇぇ――っ! 少年!! これは自決するためでもあぁぁ――――るぅぅぅぅ!」

 その言葉が、僕の最後だった。


 焦げた匂い。すべての音が閉ざされ、耳鳴りに変わる。

 暗影に視界が沈み、僕の意識は吹っ飛んだ。


 狙撃による頭部貫通で即死。

《……死亡ヲ確認シマシタ……転送ヲ開始シマス……》



 ――目覚めると、爽快な青空が見えた。


「ゲームの世界でも天国があるのか……」

 僕は草原の上で両手を組んで仰向けになっていた。


 横から男性の声が聞こえる。

「いやぁ。君も殺られちゃったかぁ」


「だ、誰?」

 僕は起き上がる。傍らには数人の男女が、こちらの様子を見ていた。

 なぜか、みんなが僕を不思議そうに見ている。


 ひとりの男性が近づいてくると妙にニヤけた表情で僕に聞いてきた。

「君も参加したんだよね?」


「あ……あのう……。く、黒い機器で、僕は……」

 僕は生唾を飲み込み言葉にならない声を発していた。


「わかるぅ~。ここに初めて来るとそうなるよね!」

 男性の隣にいた女性がそう言った。


「彼は適性があるから無事なんだよ。適性が無ければ、この時点で精神は崩壊している」

 その言葉を聞いて、僕は思い出した。


「こ、これって、テレビCMのやつですよね?」

「あっ。あれ? そうだよ。君も応募したんだよね?」

「いやぁ……。勝手に応募されて、そう、僕は黒い機器に指を入れて、インターネットに接続したら、ここに……」


 さらに別の男性が現れ、僕に近づいて声を掛けた。

「おまえ、ここに来る前に殺されただろ。そのあと俺は戦車に引かれた」


 僕が見知らぬ男性にそう言われて、言葉に迷っていると女性が声を掛けた。

「良かったね。爆撃か狙撃で痛みを感じるまでもなく、即死ってところかな?」


 ……どうしてそんなにあっさりとしてられるんだよ。

 僕は連中に少し違和感を感じつつ、初めに声を掛けてくれた男性に聞いてみた。


「……サ、サポートセンター・・・・・・・・って、どこにありますか?」


 最近のVRオンラインゲームでは、運営側がプレイヤーの問い合わせに対応してくれる。

 サポートセンター・・・・・・・・というものが存在する。


 そこでは様々な問い合わせに対応しており、例えば、プレイ中のゲームに対するプレイヤーの適性を確認してくれたり、または、ゲーム中の健康状態などもチェックしてもらえて、さらには慣れない仮想空間での神経感覚とデバイスの微調整を行なったり、VR酔いなどのゲームの後遺症が出ないようにプレイヤーにアドバイスもしてくれたりする場所だ。


「そうか……どうやら、ショックが大きかったようだね。問い合わせがあるなら、あの丘の上にある白い建物だ!」


 男性が指差す方向を見ると、そこには白く大きな西洋風の建物がひとつだけ建っていた。

 僕は彼らに微妙な笑みを見せつつ礼を言って、その場から駆け出した。


「もうぉぉ――! こんなの嫌だぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!!」

 心の雄叫びを上げた。


 それに僕は目を覚ましたとき、もっとも重大なことに気づいている。

 目の前に表示していたはずのアレ・・がない。


 体力ゲージやアイコンなどパネル操作類が一切表示していないのだ。

 ……とても嫌な予感がする。

 これほど人生において、あり得ないくらい一生懸命走った。



 ――丘の上にある白い建物に到着した。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 ここは白い大理石のような石材で作れた本物のように見える建物の前。


 僕は額の汗を拭い、呼吸を落ち着かせようと地面に座り小休止した。

 さっきからどうしてしまったのだろう。……感覚的に妙な異変を感じた。

 ここは本当にゲームの世界なのか。なぜ、こんなにも疲労感がある。


 そのあと、僕は何とか気持ちを落ち着かせて、ゆっくりと地面から立ち上がり建物の入口がある方へと向かう。


 徐々に近づいて来ると、そこには大きな観音開きの扉がある。

 扉のところには多くのプレイヤーが出入りしていた。


 僕もプレイヤーたちの流れに紛れ込み、建物の中へと入っていく。

 すると近くに大きな柱を見つけて、僕は柱もたれながら辺りを見渡す。


 部屋のやや中央に受付カウンターらしき場所を見つけた。

 そこには数人のプレイヤーが並んでいて、僕も最後尾に並ぶ。

 体の異変は続く。待っている間に気分が悪くなってくるが、ここはじっと我慢した。



 ――それから待つこと数十分が経ち。

 ようやく目の前のプレイヤーが受付カウンターにある座席へと向かった。

 受付カウンターにある席は3つあり、それとは別に受付係を担当する職員たちは皆忙しそうにしていた。


 そして僕の番になる。僕はよろけながらも空いている左端の席に移動して椅子に座る。

 ここで何か落ち着けたような感じがして吐息する。


 カウンター越しには、金髪で制服姿をした綺麗な女性の職員がいた。

 僕がその女性職員に目を向けると、こちらに向かって優しく微笑みかけた。


「お客様。どのような、ご用件でしょうか? ここでは初心者の方の質問に、お答えする場になっています!」


 見た目と違い、とても流暢な日本語で、はきはきと言われて動揺する。

「お、お聞きします。ここは、仮想空間でしょうか?」


「はい。弊社のオンラインゲームの世界になりますけど?」

「……そうですか。では、ログアウトの方法を教えて下さい!!」


「はぁ?…………」

 女性職員が首を傾げて固まった表情をした。


 その姿が時間が止まったかのように思えた。

 これって、ゲームの検索中なのだろうか。


「――お客様。その、……確認しますが、現在お客様の目の前には、メニューアイコンなどの表示はありますでしょうか?」


「いいえ。何も表示していません。だから、教えてください」

「わ、分かりました。……少々、お待ちください!」


 女性職員は手元にあった固定電話から受話器を持ち上げ、どこかに連絡を始めた。

 古風なダイアル式の黒電話を使っている。この場の雰囲気に合っていないように見えた。


 あれこれと話を終えた女性職員が受話器を置く。

 数分もしないうちに僕の背後から男性の声が聞こえた。


「お客様。別室に、ご案内します。こちらへどうぞ!!」


 僕は席を立ち、女性職員にお辞儀してから、後ろにいた男性職員の後に続いた。

 椅子に座っていたおかげなのか、少しだけ体調を取り戻した。


 僕と男性職員は、受付カウンターの場所を迂回して部屋の奥へと進み。

 この部屋の端までくるとドアがある。


 男性職員がドアを開けて、僕にさきに入るように指示をした。

 ひんやりとした空気に、その先は真っ白な通路が見える。

 僕は一歩踏み出すと、何だか急に体調が良くなった気がした。


 男性職員がドアを閉めて先に通路の奥へと歩き出す。僕も後に続いた。

 その長い通路の先は行き止まりになっていて、ひとつだけドアがある。


 ドアの前で男性職員は立ち止まり、ドアをノックして僕に室内に入るように促した。

 この人は僕をここまで案内してくれただけのようだ。


「……失礼します」

 僕は、ゆっくりとドアを開けて中に入って行く。


 すると、室内には中年男性がひとりだけいる。

 彼はテーブルを挟んで向かい側の席に座っていた。


 その男性は細身でありながらも僕よりも身長は高く印象的な口髭を生やしている。

 しかも僕を見ながら笑っていた。

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