遷徒し僕はGM〈ゲームマスター〉

ラシオ

オンラインゲーム編

プロローグ

 肌寒い冬の午後。僕は来年の受験に向けて勉強していた。

 部屋の窓から外を見れば、賑やかに歩いている子供たちの姿を見つける。


「今日は寒いのに元気がいいなぁ」

 と、そういえば……。


 朝から何も食べていないことに気づき、僕は気晴らしに部屋を出て階段を降りた。

 居間に向かい何気なくテレビをつけると、そこには最近話題になっているCMが流れていた。


『――ゲーム機が無ければ、ゲームは出来ないのかぁあぁぁぁぁ――――っ!!』


 こんなことを言っているけど……。ゲーム機の本体とコントローラーがないだけ。

 最近のゲームはインターネット利用によるVR(仮想現実)へと移行している。


 ウェアラブルデバイスを装着してインターネット環境にある仮想空間へとアクセスする。そこで得られる体感を求めて、従来の文字と画像と動画を見るだけのインターネットから五感を体感するコンテンツへとインターネットサービスは移り変わっていた。


 だから、コントローラーは使わない。専用のゲーム機も必要がない。


 僕はテレビを消して台所に移動する。冷蔵庫から麦茶を取り出してからコップに注いで、ひとくちで飲み干す。「さあ、頑張ろう。かな……」と、グッと固まった首筋をほぐしてからトイレに向かい用を足して部屋に戻ろうとしたとき――玄関のところに何か落ちているのを見つけた。


 A4くらいの大きさで、少し膨らんだ封筒。

 その膨らみからして「……姉の化粧品サンプルかな?」

 僕は封筒を手に取り裏返して受取人のところを見る。……僕、ミヤト宛だった。


「フリーパラレル・コーポレーション?」

 知らない会社名だ。もしかして?


 姉が勝手に僕の名前を使って「どこかのサンプル品に応募でもしたのかな?」と、考えつつも、封を開けて中の物を取り出す。中には梱包材プチプチに包まれた筒状の黒い機器と説明書だけが入っている。


 先に薄い紙の説明書を取り出して読み始めた。

「――機器の片側を指先に挿入して下さい。次に、反対側にLANケーブルを差し込みインターネットに接続できるか確認します」と書かれている。


「何だ? これ!?」


 もう一度、その説明文と図を注意深く確認する。

 うん。片側を指に、反対側をインターネットに……。


 説明書を隅々まで見ても、この機器が何に使うものなのか? 分からない。

「これ? あれかなぁ……。インターネット接続のデジタル健診器!!」


 それなら体温計なのか。それとも脈拍や血圧を計測する機器なのか。

 こういう新しい機器は、すぐに試してみたくなる。


 早速、居間に戻りタンスの引き出しを漁り出す。「確か……」ここは家族の暗黙ルールである捨てるか迷った時に一時的に保管して置く場所。廃棄することを母の見識に委ねる場所である。


 インターネット設置工事の時にもらった付属品が、あるはず……「あった!」

 探していた平べったいLANケーブルを見つけた。


 そのLANケーブルを持ち出して、壁にある情報コンセントを探してほこりを払い、片方のコネクタを差し込み口に繋いだ。もう片方のLANケーブルのコネクタを黒い機器の端にあるソケットに差し込む。


「うん。これで説明書に書かれていたとおりだ!」

 機器の端にある穴に、恐る恐る人差し指を入れてみる。「わぁッ!?」

 一瞬にして首の裏に静電気が走った。


 驚いて尻餅をついた途端に意識が朦朧もうろうとする。同時に黒い機器から音声ガイドが聴こえた。


《生体情報ヲ認証シマシタ。適正ヲ確認シマシタ……》


 僕は気を失った? というよりは、これ……CMのやつだ!


 夢でも見ているように幻影がまぶたの裏に飛び込んでくる。

 ゲームのログイン画面を表示して「あぁ……」自動的にログインが行われた。


 流れるように、次々と設定画面の項目が勝手に行われていく。

 そして『START』の立体文字が、僕の目の前を通過した。

 眩しい光が全身を覆ったかと思うと……。


 ――景色が一変した。

 そこは晴天の空の下。僕は森が広がる場所のど真ん中にいる。


 ポンと手を叩く。

「あっ。知ってる。ここはゲームの中だ!!」


 余りにも迂闊うかつだった。と、僕は頭を掻いた。

 どうやら、これは姉が勝手に僕の名前を使って、先ほどのテレビCMで紹介していた。あのオンラインゲームの体験版に応募したらしい……。僕は天を仰ぐ。


 気を取り直して、見える範囲で自分の姿を確認すると、自分では何も設定していないはずなのに、明らかにファンタジーゲームの衣装に身を包み、地面には物干し竿のような? 棒が落ちている。


「これは? ……定番の棍棒・・?」

 そこから始まる謎のゲーム……。


「いやいやいや、僕は解説なし、チュートリアルなしでゲームはしませんよ!」

 即座にログアウトしようと思い、目の前に映っている『メニュー』と書かれた表示を操作する。


 タイミングが悪かったらしく、敵キャラが現れて僕に敵意を向けた。

『ガルゥルルルルルルルルゥゥゥゥ――――――――ッ!!』


「あ、あれ? ま、待って! ログアウトできないぞ?」

 しまったぁ――……。強制戦闘モードに突入かぁ……。

「よし! ならば、即やられよう!!」

 しかし、目の前のステータス表示はレベル値を含め、すべての数値がカンストしている。


「おぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――っ!!」

 心の雄叫びを上げた。


 僕を囲むように出現したオオカミの形をした敵キャラは全部で5匹いる。

 一斉に僕に向かって飛び掛かった――だが……予想を超えたソフトタッチ!!


「あぁ……無傷だぁ! 完全なノーダメージなんだぁぁああぁぁぁぁ――――!!」

 それは、まるで生まれて数ヶ月しかたっていない子犬のような感じの優しいタックルをもらう。


「うん……」

 諦めて地面に落ちている棒を拾って軽く振ってみた。


「はい! 全敵キャラ。消滅ッ!!」

 華麗にポーズも決めてみる。


「ちょ……ちょっと、ちょっと。何だよ? これ? このチート状態!!」

 そして、何故かハマる。小1時間ほど次々と現れる敵キャラを楽しく倒して休憩。


「……ぜぇ、ぜぇ。こんなのゲームじゃねぇ!」

 レベルもステータスも変化なし。ノーダメージ。ノーポイント。

「もうっ! 何なんだよ!!」


 何をさせたいのか分からない状況に完全にダメなやつじゃないだろうか。

「軽い運動にはなった。もう十分だ!」


 気分転換にもなったところで。

 僕は目の前のメニューを操作して今度こそログアウトを始めた。


 すると、突然右上に表示しているマップ画面のところに赤い点滅が現れる。

 それがなぜか、僕を誘っているような気がした。


 その赤い点滅の目印が……。そう、何となく、そうなんとなくだ。

 何か絶対に後から後悔しそうな感じが朧気おぼろげながら失ってはいけない。

 何かが、こう、何か切ない気持ちが芽生えてくる。


「あぁぁぁぁ――! もうぉぉおっ……。やっぱり、行こう!!」

 どうせゲームなんだがら何か重要なアイテムがあるはずだ。

 僕は自棄になりながらも、赤い点滅の目印に向かって足を進めた。



 そして、目的地にやって来た。

 そこは腰のところまで伸びた草が広がる場所――。


 ただひとつだけ。自分の身長より遥かに高い石碑が立っている。

 風が流れて、草を通り過ぎていく音だけしか聞こえない静かな草原。

 僕は誘われるかのようにゆっくりと石碑に近づて行く。


 そして下から石碑を見上げると、見知らぬ文字が刻まれていた。

 僕はなぜ? これが気になったのだろう……。


 念のために石碑の後ろの方へと回ってみた。

 石碑の下を見ると何やら黒い板のような物を見つけた。

「あっ ラッキー!! タブレットだぁ!」


 これはいにしえより残された石板の方でない。電子機器端末の方である。

 物がやたらとリアルなだけにゲームのアイテムぽさが全然ない。


「いったい誰の落とし物だろう?」

 せめて箱に入っているなら、良かったのに……と、なぜか思う。


「いやいや。落とし物はきちんと届けますよ!」

 でも、ここはゲームの中だ。


 僕は、これが落とし物でなく、何かのアイテムだろうと結論づけた。これがトラップであろうと気にもせず、手に取ってみると何も起こらないので安心する。


「ポチッ」と電源を入れて見るが、充電済みでしかも未使用な感じだ。

 ワクワクしながらタブレットのOSが立ち上がるってくるのを待っていた。


「ん!? 少しスペックが低いのかな? それとも古いのかな?」

 何のロゴも現れずにアイコンが並ぶ画面が表示した。


「音も出ない不思議なタブレットだなぁ……」

 ちょっとハズレのメーカーじゃないのかな? と、思う僕だが。


 画面に並んでいるアイコンを覗くと、見たこともない文字が並んでいる。

 その画面を眺めているうちに……。僕はゆっくりと気を失った。


 ――意識が戻ると。居間の絨毯の上で寝ていた。



 その日の晩。僕は姉に封筒を渡して勝手に使ったことを詫びる。

ねえ、ごめん。開けちゃった!」


「ミヤト。この封筒……。あんたのじゃないの? わたし知らないわよ!」

 姉は言うが、姉が応募していないとすれば、誰が……。

 父と母にも聞いてみたが、誰も知らない謎の封筒だった。


 僕は晩ごはんのあと、部屋に戻り封筒を開いて中身を確認する。

「前に、勝手に商品を送りつけて、そのあとから請求するって、ニュースがあったよなぁ……」

 と、怖いことを思い出した。


 でも、僕宛に送ったことが間違いである。

「返せと言われるまで放置しておこう!」

 そう決めて、封筒を部屋の本棚の上に置いて眠ることにした。



 ――深夜。僕は嫌な夢を見る。永遠にリピートする問い。


「お前が見つけたのか。お前が見つけたのか。お前が見つけたのか。お前が見つけたのか。お前が見つけたのか……お前が、お前が、お前が――――――――」


 うんざりして飛び起きた。汗で背中がびっしょり濡れていた。

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