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駅前のファミレスは混雑していた。立地からして私たちのような待ち合わせが主なのだろうけれど、駅前で用事を済ませたついでに立ち寄る人や、もしかしたらここで早めの夕食を摂る人なんかもいるのかも知れない。
入り口で、待ち合わせである旨を伝えて中を覗かせて貰う。窓側のテーブルに頬杖をついている白澤くんを見つけた。ほっとしてお店の人に「いました」と告げてから歩き出す。
「お待たせ」
「お疲れ」
片手をゆるくあげて見せた白澤くんの前には空のカップが置かれていた。私は店員さんにドリンクバーの追加をお願いして、ソファの上にカバンだけ置くとそのまま飲み物を取りに行く。
細長いグラスにスプライトを注ぎながら、白澤くんのカップも持ってきたら良かったな、と思って、でもそれってなんだか少し気易い関係っぽいと思い直して、そのままでよかったことにした。
花曇りの四月。大きなガラス窓に映る外の風景はすっかり日が暮れていて、窓全体が鏡のようになっている。その中に映っている白澤くんの姿を探したけれど、表情はよく見えなかった。
「会えた?」
「会えた」
「そっか。良かった」
席に戻ると白澤くんのほうから話題を振ってくれたので、私はストローを咥えてスプライトを飲みながら、話すべきことを頭の中で組み立ててみる。茉里奈には会えたし、聞いた感じだと病状もそんなに酷くなさそうで、何より、茉里奈が今は調子が良いのだと言っていた。実際、顔色も良かった。ただ、それは病院にいる限りは、の話だった。
「白澤くんって、超自然的な現象を信じるほう?」
「超自然的……って言うと、科学では説明が付かない的なやつのこと?」
「それ系なんだけど」
うーん、と唸りながら白澤くんは腕を組んでソファの背もたれに寄り掛かる。そっちか、と呟くのが聞こえて、まったく同じ感想を抱いた私はちょっと気が楽になる。茉里奈の話をどう受け留めて良いものか、正直少し迷っていたのだ。
茉里奈の話はこうだった。つまりは、家に心霊現象っぽいものが起こっている、と。正確には「何かが住み着いている」と言っていた。もっと正確には「大きな蛇みたいなぐるぐるしたもの」とか「黒い
「あと、寝てる時に引っ張られる感覚がして、いつか連れていかれるんじゃないかって、すごく怯えてて」
「感染するみたいなことも言ってたんだっけ」
「そう。だから私たちに相談できなかったって」
私はかわいそうな茉里奈のことを思う。真面目で不器用で、とっても優しい茉里奈。どんなにか不安だっただろう。
白澤くんはソファに寄り掛かった姿勢のままで考え込んでいた。隣の座席の一団が去って、あっという間にテーブルが片付けられて、新しく家族連れがやって来る。お父さんとお母さんとお子さん。その中の小さな男の子がメニューの中からお子様ランチを見つけて嬉しそうに微笑んでいる。
「まず、蛇には足がない」
何の話、と突っ込みたくなったし、これは怒ってよい場面なのかという疑問が頭を掠めたけれど、白澤くんの表情が大真面目だったのでとりあえずそのまま聞くことにした。
「靄っぽいものは靄だとしたら、実体がない。つまり、美原家の廊下で音を立てられるとは思えない」
「……はぁ」
「次に、同じ理由でドアノブを掴むことはできないだろう。百歩譲って蛇がドアノブを回していたとして……眩暈や頭痛に繋がると思えない。あるとしたら不安から生じた寝不足が原因か、眩暈はまた他の理由だと思う」
「……」
なんとなく、白澤くんの言いたいことが分かってきた。蛇にも靄にも、天井や床を鳴らせなければ、ドアを開けて覗き込んだりもできない。では、何がそれをしていたか。あるいは、茉里奈にそう思わせたものは何か。もっと根本的な原因がそこにはあるはずだ。
「三原さんのご家族は?」
「お母さんも、ちょっと前から同じような症状があるみたい。あとはお父さんとお兄さんがいるらしいんだけど、お父さんはわりと遅くまで仕事で帰らないし、お兄さんはいま留学中で家にいないって」
「感染するのなら父親にだって同様の症状が出てもおかしくない」
「お父さんはなにも感じてないみたいだって」
「一連の症状が出始めたのは新居に越してから、だよな」
「新築のマイホームだって言ってた」
「つまりは、三原家全体に起きてる事象ではないし、前の住民がどうとかいう話もない。新築の家に、時間として長く居る者だけに症状が出ている」
「超自然的な何か、じゃ、ない」
「……可能性は低いと思う」
なるほど。すごい。すごいな。相変わらず背もたれに寄り掛かったままで淡々と状況を分析して見せる白澤くんに、私はちょっとした感動のようなものを感じる。
スプライトをごくごくと飲んだ。食欲がないような気持ちだったのに、今ので人心地ついたせいか食べ物の匂いがやけに鼻について、ポテトフライを追加しようか結構本気で迷う。スマホを見るともうそろそろ帰らなければいけない時間だった。とりあえずポテトを諦めて、今日のところは帰ることになった。
「三原さんの家ってどの辺だっけ」
詳しい住所は分からないので最寄り駅の名前を言う。年賀状なんかのやり取りもなくてラインで済ませてしまうので、住所となるとなかなか知らないものだ。
関口なら知ってるかな、と呟くのを聞いて、そう言えば病院でも関口くんには会わなかったのだと気付く。彼はどうしているんだろう。ラインやSNSで繋がっているせいですぐそばに居て何でも分かってるような気持ちになっていたけれど、私たちは意外と、知らない事が多いみたいだ。
あんまり考えすぎないでと言いながら白澤くんが歩きだして、私はその背中に続く。去年の秋の研修旅行の時の、茉里奈の声を思い出す。「帰りたくないなぁ」って、そう言えばバスの中でも何度も言っていた。もっと早く言ってよ、そういうの。でも受け止められなかったのも自分か。なんてまた思ってしまう。
「まぁ、美原さん的には病院にいる間は無事なわけだから、ね」
そう思ったのを知ってか知らずか白澤くんがそんなことを言うので、私は子供のように素直に頷いて、黙ったまま歩き続けた。
翌朝、登校するとすぐに彩花ちゃんが教室にやって来た。今年も引き受けたクラス委員の初回の集まりで茉里奈の入院を聞いたらしく、心配そうな顔をしている。
「実は私も知らなくて。それで昨日、病院に会いに行ってきたんだ」
「そっか……羽純にも知らせないとか、茉里奈らしいと言うか。どうだった?」
「うん、病状はそんなに悪くなさそうで、もう少し落ち着いたらすぐにでも退院できるらしいけど。せっかくだから色々と検査するんだとか言ってた」
「そう。長引かないといいね」
そうこうしている内に、登校してきた萌音も顔を見せ、さらに神崎くんと藤原くん、それに関口くんと白澤くんが加わると結構な大所帯になった。
教室内では変に目立つので廊下の方に移動する。昨日のことで、主に茉里奈の体調がそんなに深刻ではないという話や、それぞれがお見舞いに行きたいと言うのでタイミングが重ならないように調整をしようと言う話をしてその場はお開きになる。
萌音は何か面白い本を持って行くと張り切っていたし、藤原くんと彩花は差し入れするべきは洋菓子か和菓子かを検討し始めている。
「桃井さん、ありがとうね」
教室に戻ろうとしたら、関口くんがこちらを見た。いつもすごくヘラヘラとしてるのに、今日はまるで一人ぼっちの子供みたいに不安そうな顔をしている。なんて声を掛けたら良いのか迷って、口を閉じかけて、でもこれがいつも良くないんだと思い直してみる。
「茉里奈とは会えた?」
「実はまだ。なんか、タイミング逃しちゃって」
昨日の朝、いつも通りの待ち合わせ場所で待っていても茉里奈が現れず、連絡もつかなくて心配になった関口くんは茉里奈の家まで行ってみたのだと言う。誰もいなくて引き返したという話だったけれど、それを聞いて、私と白澤くんは顔を見合わせた。
「なぁ関口、今日の放課後、美原さんの家まで案内してくれないか。少し調べたい事がある」
「いいけど、でも誰もいないかもよ?」
「立地が見たいんだ」
「立地?」
「地形と言った方が正しいかも」
私の出したフォローにますます首を傾げながら、とりあえず放課後に集まる旨を了解してくれた関口くんが隣のクラスの戸をくぐる。それを見送ってから私たちもクラスへと戻る。
くしゃくしゃに歪んだ茉里奈の顔を思い出した。もうあんな顔、させたくない。絶対に原因を明らかにしてみせる。とにかくやれる事をやるという気持ちが湧いてきて、お腹の中で何かが燃え始めたように感じた。
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