幕間
開く
部屋の扉がおかしい。きちんと閉めたはずが、いつの間にか細く開いていることがある。
初めの頃、具合の悪い私を心配してお母さんが様子を見に来てくれたのかと思ってて、だから少し安心までしてた。あ、また見に来てくれたんだ。心配ばかりかけてもダメだ、早く元気になろう、と。
それがひとりでに開いていくのを見た時は、一気に背筋が凍るようだった。きぃ、といつの間にか薄気味悪い音をさせるようになった扉が、ゆっくり、ゆっくりと開いていく。扉の向こうの空間には、期待していたお母さんの姿も、いつも忙しくしているお父さんの姿も、念願の留学生活を始めたお兄ちゃんの姿ももちろんない。誰もいない、何もない空間がただただぽかりと示されて、まるで何かが覗き込むために開いたように扉は動きを止めた。
部屋で勉強をしている時にも、きぃ、という音と共に扉を細く開けられる。ストレッチをしていても、友達とラインをしていても、どの瞬間もお構いなしに何かが扉を開けて部屋を覗き込む。
ミシミシと蹂躙するかのような音を立てて天井が鳴り、怯える姿をあざ笑うように扉を開けて覗き込む。
眩暈も治らず、投薬の怠さとも相まって、何かが絶えず圧し掛かっているように体が重く感じる。長い舌を持つ巨大な蛇か、煙のように得体の知れない何か恐いものが、部屋の中を覗き込んで意地悪く笑っているような気がした。
「茉里奈ちゃん、ごめん。お母さんなんだか頭が痛いの」
「大丈夫だよ、お母さん。無理しないで、横になってて」
このごろではお母さんも不調を隠さなくなった。肩が凝る、から始まった症状は、身体の怠さや重さを口にするまでになり、やがては頭痛を訴えながらソファで横になっている姿を多く見かけるようになった。
きっと私が連れてきたアレのせいだ。私の部屋からやって来たアレが、お母さんをも苦しめている。
せめて市販のミールキットで夕ご飯を用意しようかと思うこともある。けれど、疲労と不安でいっぱいになり、何をする気力も起きないのが正直なところだった。
リビングへとつながる廊下がミシミシと音を立て、扉が細く開き、冷たい風が流れ込む。
お夕飯は出来合いや店屋物が増えた。前はあんなに好きだったお掃除も、凝っていた断捨離も、パッチワークで作るベッドカバーも、全部全部中途半端に散らかされたままになっている。
夜、眠りに就く時にも扉は細く開き、何かが部屋の中を覗き続ける。
不安に抗うように布団をかぶると、足元でさらに扉の開く音がする。怖いもの、厭なものに見つからないように毛布を引き上げる。隙間から見渡した部屋の壁に、何かが手を伸ばしたような影を認めると、私は固く目をつぶった。
きっと罰が当たったんだ。眠りが訪れるまで、ぐるぐると不安定な揺れがあるような感覚が続く。
直斗のことも、友達のことも、私はずっとずっと騙し続けているから。私がしてきた悪い事を何かが嗅ぎつけて、罰を与えに来た。
どこからか水の音が聴こえるような気がするし、ベッドごと引っ張られているような気持ち悪さがある。ギシリと床が軋む。何かが扉を開いて覗き込む。怖い。怖い。怖い。助けて。苦しい。ここから出て行きたい。やっと訪れた眠りは浅く、朝になっても気持ちが晴れることはなかった。
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