7章 イーリスと封魂結晶

第48話.イーリス

「終わったの?」


 リリアーナが動かなくなったゴーレムを見上げて言った。


「ああ。なんとかね」


 アルフレッドは、疲れたような顔でうなずくと、その場に座り込んだ。ルーファスも同じように座り込む。


「リリィ、さっきの怪我けがは?」


「うん、もう大丈夫よ。ありがとう」


 リリアーナは、大丈夫なことをアピールするように、その場で軽くんで見せた。


「良かった」


 アルフレッドが息を吐きながら身体を弛緩しかんさせる。かなり心配だったらしい。


「あっちに扉が出現してたぜ」


 ゴーレムの後ろから姿を現してカルロスが言った。ちょうど入り口の反対側の辺りだろう。おそらく扉は、ゴーレムを止めると出現するように仕掛しかけられていたと思われる。


 アルフレッド達が居る位置からは、ゴーレムにさえぎられて見えない。


「その奥にカティがいるのかな?」


「そうだね。さすがにそろそろてくれないと……」


 リリアーナの問いに答えながら、アルフレッドは単発式魔銃アルプトラムの銃弾を装填そうてんした後、腰のホルスターに戻すと、今度は連射式魔銃インサニアを取り出して、弾倉カートリッジを確認する。


 弾倉カートリッジには、しっかりと魔術師殺しの弾丸モルスマギが8発フルに入っていた。すぐ取り出せるように、ポケットにも予備の弾倉カートリッジを2つほど入れておく。


 アルフレッドは、イーリスに、いやカテリーナに連射式魔銃インサニアの銃口を向ける決心をしていた。


 そうしなければ、カテリーナを取り戻すことは出来ないし、リリアーナも危険にさらすことになりかねない。先ほどの戦いでも、ゴーレムの光線がリリアーナを傷つけたとき、がたいほどの不安に襲われた。


 ちょっとした判断ミスや逡巡しゅんじゅんが命取りになりかねない。


 だから、もう迷わない。そう決めた。


――


「そろそろ行こうか」


 全員が落ち着いたのを見計らって、ルーファスが立ち上がった。それに従って、アルフレッドも立ち上がる。


 ルーファスが代表して扉に触れた。


 今までの扉と同様、微弱な魔力に反応して、音も無く右にスライドした。そこは、細い通路になていて、10メートルほど進むと次の扉があった。


 これも同じように開けて、中へと足をみ入れる。


 そこは、少し広めの部屋だった。雰囲気は、リカードていの地下にあった実験室に似ている。アルフレッドが最初にを覚えるために連れて行かれた部屋だ。


 家具の少ない部屋で、右には本棚のようなものがあり、古そうな書物しょもつがいくつか置かれている。


 左側にも棚はあるが、そこには怪しい器具や試験管、瓶などが並べられていた。


 そして、一番奥にはカテリーナ。いやイーリスの姿があった。


「まさか、ゴーレムを倒してここまで来るなんて、予想外だったわね」


 イーリスは、少し憂鬱ゆううつそうに口を開いた。


 四対一という状況でも、追い詰められているといった雰囲気は微塵みじんも無く、むしろ余裕すら感じる。以前、クレモナの街の近くで相対あいたいした時の必死さは、もうそこには無かった。


 それだけ適合率が高いのか。以前とは比較にならないほどの自信に満ちあふれている。


「イーリス。今度こそ、カティを返してもらいに来た」


 アルフレッドが一歩前に出る。


「あはははは。ゴーレムにも苦戦していたというのに、この私をどうにか出来ると思っているのかしら?」


 高らかな笑い声を響かせるイーリス。四対一というこの状況にも動じないその姿を見ると、アルフレッドの方が気圧けおされそうになる。


「それに、あなた達はこの身体に危害を加えられるの?」


 イーリスは一歩前に進み出て、挑発するように両手を広げて見せる。


「出来るさ」


 それに対して、アルフレッドは、連射式魔銃インサニアを抜いて、その銃口をイーリスに向けた。


 イーリスの表情が少しだけ引きつる。だが、それも一瞬のことだった。


 イーリスは、カテリーナの顔で、およそ彼女には似つかわしくない妖艶ようえんな笑みを浮かべる


「本当に撃てるのかしら?ねぇ、?」


「貴様ぁ!」


 アルフレッドのことをと呼ぶのはカテリーナだけだった。イーリスが、なぜその呼び方を知っているのかは分からないが、アルフレッドを激昂げきこうさせるには十分な効果があった。


 タァーン


 アルフレッドは反射的に引き金を引いた。狙ったのはイーリスの足。太腿ふともものあたりだ。


 解き放たれた魔術師殺しの弾丸モルスマギは、まっすぐにイーリスへと迫り、だが当たる直前にガラスの様な光の膜にさえぎられた。


 そして、ぽとりと床に落ちる。


「なっ!?」


 何が起きたのか分からなかったアルフレッドは、一瞬あっけにとられていた。


魔力障壁まりょくしょうへきか?」


 ルーファスがぼそりと言った。魔力障壁、または結界魔法けっかいまほうとか障壁魔法しょうへきまほうなどと言われているが、魔法でつくられたたてのようなものだ。


「しかし、魔法を使ったようには見えなかったがな」


 カルロスが、顔をしかめる。


「あら。魔封石マキナタイトを使った弾丸とはなかなか考えたわね。でも、それも当たらなければ、どうってことないわ」


 イーリスは、床に落ちた弾丸を一瞥いちべつする。


「まあ、ここまで来たことは褒めてあげるわ。でも、鬱陶うっとうしいの。もう終わりにしましょ」


 そう言うと、イーリスの身体がほのかに赤い光に包まれる。風も無いのに、服がたなびき、髪がふわりとれる。


 そして、次の瞬間。


 彼女は力を解放した。


焔弾ほむらだま


 その言葉と同時にイーリスの周りに無数のあかい球が出現した。その数は二十を下らない。

 

 それらが一斉に、アルフレッド達に向かって飛来した。

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