第20話.諜報員と吉報

 


「そういえば、リカード様のお仲間さんは?」


 しばらくまったりとした時間を過ごしていたリリアーナだが、ここに来た目的を思い出したように、それを口にした。食べることに夢中で今まですっかり忘れていたのだろう。


「ああ、それな。既に接触せっしょくしているよ。たぶん、後で会えるはずだ」


 何でも分かっているという風に言うアルフレッドに、リリアーナは感心かんしんする。


「じゃ、行こうか」


 アルフレッドはそう言うと、会計を済ませ店の裏手うらてへと回った。二人が店の裏手に着くと同時に裏口が開く。


「急いで、こちらにお入りください」


 小さな声で急かされて、慌てて裏口に入ると、そこには先ほどメインディッシュを運んできてくれた、口ひげの男性が待っていた。


「アルフレッド様とリリアーナ様ですね。リカード様よりうかがっております。先ほどは失礼しました」


 顔を合わせてすぐ、口ひげの男性はそう言って頭を下げた。


「リカード様より、この街の諜報ちょうほうを任されておりますマシューと申します。以後お見知みしりおきを」


「アルフレッド・リードです」


「リリアーナ・オーティスです」


 マシューが差し出した手を、順番に握り返しながらアルフレッドとリリアーナも挨拶あいさつを交わす。


「さっそくですが、カテリーナ様の情報が一つ入っております。ジリンガムの仲間からの連絡ですが、先ほどカテリーナ様のものと思われる服を入手したとのことです」


「本当ですか?どんな服ですか?分かりますか?」


 リリアーナが前のめりに聞くと、マシューはその勢いに押されたように、一歩後ろに下がった。


「たしか、薄い水色のブラウスに、長めのフレアスカートだったと思います。色はカーキ色と言っていました」


「あの日カティが着ていた服と一致するわね」


「ああ」


 リリアーナとアルフレッドは顔を見合わせて頷いた。


「服はジリンガムの仲間の元に保管されているので、明日にでもお二人に確認して頂きたいそうです」


「分かりました。こちらとしても願っても無いことです」


 ジリンガムにカテリーナが居るという可能性は、これでほぼ確定だろう。


 つい先日まで、その消息はまったく掴めていなかったというのに。新しい情報が入る度に、確信に近づいていく。


 もう少しで、カテリーナに追いつくかもしれないと思うと、アルフレッドとリリアーナの期待は高まった。


「他には?他に新しいカテリーナの情報はありますか?」


 リリアーナが期待の眼差しを向けるが、マシューは力なく首を横に振った。


「残念ながら、今日入った情報はそれだけです」


「そうですか。でも、ありがとうございます」


 それでも、ジリンガムにカテリーナが居るだろうことは、ほぼ間違いない。今はそれだけでも十分だった。


 自分たちだけでは、どう頑張っても手に入らないような情報を、リカードの仲間はたった数日で集めてきてくれた。


 それは、本当にすごいことで、リカードやその仲間たちに感謝してもしきれない。


 そんなことを考えていると、マシューが何かを思い出したように口を開いた。


「すみません。つい先ほど、リカード様から伝言を頼まれていたことを、失念しつねんしておりました。リカード様からの伝言ですが、『カルロスは救出した。怪我が酷いが命には別条ない』とのことです」


 それを聞いたアルフレッドは一瞬、何を言われたか分からなかった。マシューの言葉を頭の中で何度も繰り返す。


「カルロスさん……。カルロスさんが生きていたんですね」


 アルフレッド自身、カルロスが生きているとは思っていなかった。口には出さなかったが、絶望的だと思っていたのだ。救出というよりは敵討ちのつもりで、リカード達についていこうとしていた。


 アルフレッドだけではなく、あの場に居た全員がそう思っていただろう。だからこそ、生きていたと言われても、にわかには信じられなかったのだ。


「本当に、本当にカルロスさんは無事だったんですね」


「はい。確かにリカード様はそうおっしゃっておりました」


 それを聞いて、アルフレッドは力が抜けたように、その場にへたり込んだ。


「カルロスさん、よかった……。よかった……」


 そう言いながら、目に涙を浮かべていた。リリアーナも口元を押さえて、涙を流している。


 マシューも何かを察したようで、しばらく黙って二人が落ち着くのを待っていた。


「マシューさん、一つ聞いていいですか?」


 しばらくすると、アルフレッドは落ち着きを取り戻したようで、マシューに向かって話しかける。


「なんなりと」


 マシューは笑顔で快くそれに応じた。


「先ほどのカルロスさんの件、ついさっきリカード様から聞いたように言ってましたが、リカード様とはどうやって連絡を取っているのですか?」


 魔族との戦いに出かけたのは今日の昼過ぎのはずだ。どんなに急いでも、救出してフォートミズに戻ってくるのは夕方近くになるだろう。そこから、馬を飛ばしても、ここルーヴェの街につくのは深夜を過ぎるはずだ。


 だから、マシューがどうやってリカードの言葉を受け取ったのか分からなかった。


 だが、この問いに対して、マシューは何を聞かれたのか分からないといったような表情を浮かべる。


「カルロスさん救出は、早くても今日の午後です。どんなに馬を飛ばしたとしても、それが伝わるには早すぎます。どんな手段を使ったんですか?」


 アルフレッドは、言い方を変えてマシューに聞き直した。


「ああ、なるほど。リカード様から聞いてないんですね」


 マシューはそれで得心がいったというように頷いた。


「それは、リカード様が開発した魔導具のおかげです。その魔導具は、遠く離れた相手に声を届けることが出来るのです」


「なんと……」


 アルフレッドはおどろきを隠せない。そんな魔導具の話は聞いたことが無かった。だが、そんな魔導具があるなら、今までの話も理解できる。


 ジリンガムという遠く離れた地の出来事も、それがあれば、すぐにでも聞くことができるのだ。道理どうりで情報の伝達が速いわけだ。


 アルフレッドは、改めてリカードのすごさを実感じっかんしたのだった。


「距離は?どのくらいの距離まで声を伝えることが出来るのでしょうか?」


「そうですな。フォートミズとジリンガムの間くらいであれば問題無く声を届けることは出来るようです。それ以上ですと私にはちょっと分かりかねます」


 マシューは、よどみなく答える。そして、少しすると四角い箱のようなものを持ってきた。


「こちらが、その魔導具になります」


 大きさは人の頭より少し大きいくらいか。箱型で、さまざまな魔術式が表面に描かれている。


「思ったよりも大きいですね」


 初めて見る魔導具だ。その大きさが適切なのかはアルフレッドには分からなかった。ただ、もっと小さければ携帯しやすいし便利だと思ったのだ。


「そうですね。リカード様は、小型こがた化と軽量けいりょう化に挑戦しているそうです」


 ちょうど考えていたことを言われて、アルフレッドは驚いた。だが、すぐにリカードなら同じ考えに至るだろうと思いなおす。


 それからもしばらく、アルフレッドはマシューに魔導具や情報の伝達手段などについて聞いていた。


 アルフレッドとリリアーナが宿屋に戻ったのは、それからだいぶ経ってからだった。

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