第14話.悲報

 カテリーナの失踪から5日目の夜。


 リカードの邸宅は、にわかに慌ただしくなっていた。


 もう夜も遅いというのに、謁見えっけんの間には主だった者たちが集められ、やたかの使用人たちは、みな慌ただしく働いている。


 連絡がありアルフレッドが謁見えっけんけ付けた時には、既にランドルフ、ダニエル、ココ、エミリアの四人が到着していた。


 その後、ルーファスがけつけ、サイモンとリリアーナが少し遅れて到着する。さらに続々ぞくぞくとリカードの配下の者や、上級貴族達が集まって来ていた。


 先に到着していた4人は何かを知っているのか苛立いらだちを隠せない様子で、小声で何かを話している。


 アルフレッドやルーファスの到着にも気付いていないかのようだ。


 少し待っていると、リカードが執事しつじのオズワルトをともなって現れた。


 だが、その表情は険しい。


 そんな表情のリカードをアルフレッドは見たことが無かった。いつも自信があり、悩みなど無さそうな彼にしては珍しい。それほどまでに深刻な問題なのかもしれない。


 嫌な予感がして、アルフレッドは気を引き締める。


「皆、こんな時間に呼び出してすまない」


 リカードが口を開くと、それまでのざわめきは一瞬で静寂せいじゃくへと変わった。


「カルロスとジャンがやられた」


 静かに、そして怒りと悲しみがない交ぜになった震える声でリカードは言った。


 場が一瞬でざわつく。リカードが言った意味が分かった者もいれば、分からなかった者もいるようだ。


「湖にあるイーリスの屋敷が魔族に襲われた。見張りに当たっていたカルロスの生死は不明。ジャンはかろううじて追っ手を振り切り、その情報じょうほうを知らせてくれたが、ひどい怪我を負っていて、今は意識不明の重体だ」


 言い直したリカードの声は、もう震えてはいなかった。


 いつもの冷静なリカードの声に戻っていたが、それは謁見の間に居合わせた者たちに等しく衝撃を与えた。


 魔族という言葉に息を飲む者。


 カルロスとジャンの身を案じる者。


 その二人が敵わなかったことに不安をおぼえる者。


 それぞれの反応は違うが、謁見の間は少しの間、集まった者たちで騒然そうぜんとなった。


「ジャンが持ち帰ってくれた情報によれば、襲撃しゅうげきしてきた魔族は三人。そのうちの一人、女性の姿をした炎を操る魔族がとんでもなく強く、手も足も出なかったらしい。カルロスが身をていしてジャンが逃げる時間をかせいでくれた」


 ランドルフやダニエルには多少たしょうおとるものの、ジャンもカルロスもリカードの配下の中では、トップクラスの腕を持っていた。彼らもリカードの側近と言っていい。その二人が手も足も出なかったという事実が、その場の者たちを不安にさせた。


「それで、カルロスさんはどうなったのでしょうか?」


 聞いたのはルーファスだった。カルロスとジャン、この二人はルーファスにとって、何度も生死を共にした仲間だ。


 リカードが最初にカルロスの生死は不明だと言ったが、それでもルーファスは聞かずにはいられなかった。


「ごめん。分からないんだ。ジャンが逃げるとき、カルロスは魔族との間に立ちふさがり炎に包まれていたと言っていた。その後どうなったかは分からない。だが運よく逃げ延びている可能性もゼロではない」


 それでも、望みは限りなく薄い。リカードはそう思っていたが、口には出せなかった。


「なら、今すぐ助けに行きましょう」


 ルーファスが珍しく大きな声で訴える。


「そうだ、生きてる可能性がわずかでもあるなら、早く助けにいきましょうや」


 ルーファスに続き、おさえきれないほどの怒りをにじませて叫んだのはダニエルだった。剣の柄に手をかけ、今にも飛び出していきそうな勢いを見せる。


 だが、それをランドルフが止めた。


 ダニエルの左肩を強く掴むと、歯を食いしばって首を横に振る。


「ダニー。気持ちは分かる。だが、今はダメだ」


 ランドルフ自身も怒りを抑えられないのか、ダニエルの肩を掴む右手に力が入る。その爪がダニエルの肩に深く食い込んだ。


「なぜだ?なぜ止める。あんたは、カルロスを見殺しにするのか?」


 叫ぶダニエル。


「そうだ!!」


 ダニエルの叫びに答えたのは、ランドルフではなくリカードだった。その顔には苦悶くもんの表情が浮かぶ。


「そうだ!カルロスは見殺しにする」


 苦悶の表情を張り付かせたまま、もう一度リカードは、はっきりと言った。その声は震えているが、いつものリカードからは信じられないほどの激情げきじょうが込められていた。


 さすがのダニエルもそれ以上何も言えなかった。


 少しだけ膠着した時間の後、リカードはゆっくりと息を吐いた。

 

「相手は魔族3人。しかも今は夜だ。そのうえ、ジャンとカルロスが二人がかりでも相手にもならなかったときてる。今、行ったところで被害が拡大する可能性の方が高い」


 いつもの冷静な口調に戻ったリカードは、感情を殺したように淡々と語る。


「だから、明日の昼だ。それまでに可能な限り戦力を集めてくれ。それで、魔族に対し反撃を開始するつもりだ。充分な戦力で、事にあたる。それまでは、我慢してほしい」


 半ば自分に言い聞かせるように、その言葉を噛み締めながらリカードはダニエルに、そしてその場の全員に言った。


「みんな、聞いての通りだ。明日の昼までに動けるものを集めてくれ。ただ人数を集めるわけじゃない。魔族と戦える実力のある者だけだ。頼む」


 ランドルフがリカードの後を引き継いで、その場の全員に頭を下げた。集まった面々は、それぞれ同意の意を表す。


 そして、しばらくの後、その場は解散となった。

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