エンドロップと僕

がてら

第1話 僕は南極へ。

『フロンガスによるオゾン破壊、二酸化炭素などの温室効果ガスによる地球温暖化、二酸化炭素の過排出による海洋酸性化……今の地球はとても未来の人類に優しくありませんね』


『ええ、現在先進国は持続可能な開発を進めようと尽力してはいますが、発展途上国による激しい開発などによって環境破壊は留まるところを知りません』


『800万年も前から続いてきた人類の営みが、存続の危機に立たされているということですね……』


 ――カチッ。


 僕はリモコンのボタンを押して、テレビを消す。今、僕はオーストラリア、メルボルンにいる。衛星放送で日本のニュース番組を観ることが、僕の唯一の楽しみだ。


「そろそろ来るな」


 そう呟いたと同時に、部屋の隅に投げ出されていたスマホが鳴った。


 ――――『増間ましまさん』――……


 五つ上の、上司からの電話だった。


「もしもし。増間さん? もう出ますか」


「おう。お前、もう準備は出来てるか」


「ええ、僕は何時いつでも」


「んじゃ、5時に港へ集合」


 短く要件を伝えると、僕が応える間もなく増間さんはプツリと電話を切ってしまった。


 急いで身支度を整える。

 ゴム長靴、パルカ上着、帽子、ゴアテックスのズボン。オーケー。

 愛用のGーSHOCK、2リットルの水を数本と紫外線対策のクリームに、双眼鏡、カメラ、使い捨てカイロは、40リットルのリュックサックに詰めてある。よし。


 僕は南極探査員だ。年に数回、南極に長期滞在し、環境調査や動植物の生態調査、はたまた地質ならぬ調査を行っている。

 今回の実地調査では、そういったたぐいの調査の為に三ヶ月間、南極に滞在する予定だ。


 僕はまだこの職に就いて8年目の若手。主に任されるのは先輩方のサポートか、生活を回すための雑務。実際に現場に出られるのは早くて10年目の中堅と言ったところだ。


 増間さんは探査員14年目にして現場に出てから6年目のエリート。今の僕と同じタイミングで現場調査を任されたということになる。元々大学で海洋生物や海中環境の変動について学んでいたらしい。僕の尊敬する先輩の一人だ。


 メルボルンの自宅を後にすると、僕は港へ向かった。緑豊かな街並みにいつもの事ながら惚れ惚れしてしまう。僕はこの街が大好きだ。日本の緑も美しいが、ヨーロッパ然としたこの街に溶け込んだ木々は僕を現実から引き離し、中世へと想像力を働かせる。


 今は日本で言うと初冬の11月。オーストラリアは南半球にあるため、ちょうど初夏にあたる。まだ涼しさの残る風が心地良い。歩を進めるごとに潮の香りが強くなってきた。


「おーい、ハッちゃん! お早うさん」


 ややしわがれた声で僕を呼んだのはとおも離れた先輩、八代やつしろさん。僕が所属する調査チームのリーダーでもある。


春本 樹はるもと たつき」――僕の名前――の「はるもと」からとって「ハッちゃん」。


 八代さんのチームに配属されたばかりの頃、初めての南極長期滞在に緊張していた僕に付けてくれた大切なニックネーム。あの時から八代さんは僕にとって「親戚のおじちゃん」のような存在だ。


「ハッちゃん、昨日はよく寝れたかい? 今日から休み無しだからねぇ。私はドキドキしちゃって、あんまり眠れなかったよ」


 八代さんはそう言ってカラカラと笑った。

 本当に気持ちの良い人だ。


 そうこうしながら僕たちは船に乗り込んだ。増間さんもいつの間にか港に居て、僕を認めると口の端をくいっとあげてみせた。


 いよいよ調査旅の始まりだ。

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