1年目【クリスマスの夜に】後編

「寒いだろ。フードをしっかり被りな」

「ええ」


 顔が隠れるくらい、深くフードや帽子を被るアンジェリーナとハンスの二人は、真っ白な世界を歩いて行く。


「少し離れた場所にタクシーを呼んだ。そこから空港へ行こう」

「荷物は?私荷物まとめてないけど」

「大丈夫。全部俺に任せて」

「わ、分かったわ」


 先程の広場の近くまで来た二人は、広場に集まる子供達に目がいった。そこでは、サンタクロースの格好をした少年が、子供達にプレゼントを配っていた。


「わー!ありがとうお兄ちゃん!」

「兄さんじゃないわい。サンタさんじゃよ」

「あはは!似合わない!」


 少年は、飾りの白ひげを触りながら子供達と戯れている。アンジェリーナは、その少年が今朝出会ったサンタクロースだと一瞬にして気が付いた。だが、声を掛けることはせず、クスッと笑い、軽い微笑みを浮かべて前へ進む。


「あれ?こんなとこに保安官さん?」


 そんなサンタクロースの元に、子供を連れた警察が歩いて来た。帽子のつばを触り、優しい笑顔を見せて子供達と目線を合わせた。


「楽しんでる所悪いね。いや、この子がね、先月亡くなったハンス.ブルンを見たって。おかしな話だろ?ほら、この男」


 警察が見せた写真は、ハンスの顔写真で、子供達もまじまじと見ている。


「ハンスさん?確か銀行で働いてた人?」

「僕も知ってるよ!優しい人だったよねー」

「私ハンスさんのお通夜行った」


 警察と子供達の話が耳に入ってきたアンジェリーナは、ハンスの方を見て腕をちょこっと引っ張った。


「ハンスの話してるわ。顔見せて安心させてあげようよ」

「いや、いいよ。死人が突然出て来るのは、流石にやばいだろ?ただでさえ寒いのに、皆凍ってしまうよ」


 ハンスはそう言って深く帽子を被り、アンジェリーナの手を取って足を早めた。


「そうそう。ちょうどあんなコートを来てたよ」


 だが、警察の隣の子供がハンスを指差した。当然、皆ハンスの方を遠目で見て、目を細めた。


「ちょっと!そこの二人!顔を見せてくれるか!」


 それに気付いた警察は、一瞬難しい顔をして片手を後ろポッケに隠した。


「ハンス、もう見せましょ。きっと、疑問より喜びが勝るわよ」

「アンジェリーナ、走るぞ」

「え?」


 ハンスは冷や汗をかき、アンジェリーナの手を取って雪の上を走った。


「あ!おい!待て!」


 警察が慌てて二人を追いかけるが、二人は建物の細かい場所に入って上手に逃げる。だが、アンジェリーナの足が雪に埋もれ、靴が脱げたことでそのスピードは落ちていく。


「待って!無理!靴が脱げた!冷たくて痛いわ!止まって!止まってよ!」

「我慢してくれ」


 ハンスはそう言って逃亡を続けたが、先回りに成功した警察が追い付いた。


「生きていたんだな。ハンス.ブルン」

「ちっ」


 警察の目は、先程子供達と話していた時の目ではない。ハンスを嫌悪と憎悪の目で見ており、拳銃を取り出してハンスに向けている。


「どういうこと……」

「そいつから離れろアンジェリーナ!そいつはイタリアのマフィアだ!整形してノルウェーに逃げてきたマフィアだ!早く離れ――」


 警察がそう言ってる途中、ハンスは懐から出した拳銃で警察を撃ち抜いた。一瞬の出来事で、アンジェリーナの脳は追い付いてくれない。


「な、何をしてるの……ハンス」

「逃げるよ。アンジェリーナ」

「答えてよ!彼が言ったことは本当なの!?貴方はマフィアで、ノルウェー人じゃないの!?」

「……」


 何も喋らないハンスに痺れを切らしたアンジェリーナは、ハンスを突き飛ばして倒れる警察の元へ駆け寄った。


「しっかりして!大丈夫だから!」


 アンジェリーナは、寒さで鈍った手を必死に動かした。警察の腹の傷を布やコートで抑え、必死に瀉血しようとする。


「ッ!」


 そこに、白髪の少年――サンタクロースが現れた。泣きながら警察を手当するアンジェリーナと、冷酷な目をするハンスをチラッと見て、すぐにアンジェリーナの近くに座り込んだ。


「……」


 サンタクロースは、無言でアンジェリーナの手を止め、警察の傷を触って不思議な光を放って見せた。すると、警察の血は止まり、徐々に呼吸や心拍音が正常になっていく。


「サンタクロース……貴方……」

「おい」


 だが、二人の目の前にハンスが顔を覗かせる。ハンスは、サンタクロースの腕を引っ張って両手を背後に回させた。


「ハンス!」

「アンジェリーナ、俺の背後に」


 気付くと、別の警察が複数人来ており、ハンスに向けて拳銃を向けている。ハンスは、サンタクロースを盾と人質に取り、拳銃をサンタクロースの頭に突き立てた。


「動くなポリ公共!動けばこのガキの頭が吹っ飛ぶぞ!」


 ハンスはそう言ったが、警察は皆不思議そうにしている。まるで、サンタクロースの姿が見えていないかのようだ。


「何を言ってる!どこにガキが居るって?」

「な、何!?あいつら何を言って――」

「無駄です。あの警察達には私が見えていない。警察は躊躇なく打ってきます。私に弾丸が当たる可能性の方が高いですが、その時は貴方も危ない。どうしたんです?ほら、遠慮せずに。どうぞ打ってください」


 サンタクロースが冷静にそう言っても、ハンスは不思議そうにして目を痙攣させている。その痙攣は、サンタクロースの態度に怒りを覚えている証拠だ。


「打たないで!どっちも打たないで!彼の言う通り、ここには子供が居るの!見えないかもしれないけど、人質になってるの!だから打たないで!」


 だが、アンジェリーナがハンスの前に立ち、両手を広げて警察に訴えた。当然、サンタクロースが見えない警察からしたらいい迷惑だ。


「その男から離れろ!打たれるぞ!」

「前に出るな!危ないからこっちへ来い!避けるんだ!」


 更に、その迷惑は加速する。アンジェリーナの耳横で拳銃が放たれ、その弾丸は警察の一人に命中する。


「いい盾だ。流石俺の惚れた女だよ」

「は、ハンス……きっ、貴様……」


 ハンスに会ってから、アンジェリーナは初めて怒りと嫌悪の感情が沸いた。穏やかな表情が一瞬にして鬼の如く変化し、愛情とよく似た憎しみが、アンジェリーナの心を支配する。


「ッ……」

「こいつ!?」


 アンジェリーナが次に取った行動は、ハンスからサンタクロースを守ることだった。サンタクロースをハンスから取り返し、すぐに逃げようとする。

 だが、ハンスに蹴られたことでその場に蹲った。それでも、サンタクロースに覆いかぶさり、離れようとしない。


「くそっ。この女の命が欲しけりゃ車を出せ!打てばこいつを打つぞ!」


 仕方なく、ハンスはアンジェリーナの頭に拳銃を向けた。だが、警察は拳銃を構えたまま動かない。それに痺れを切らしたハンスが、アンジェリーナの足を打つ。


「あああぁ!!」

「次は頭だ!早くしろ!」

「分かった!分かったからやめろ!今車を出す!」


 警察は、仕方なく拳銃を下ろし、すぐに車を出す準備をする。それを、サンタクロースはじっーと見ていた。


「アンジェリーナ、重いです。避けて下さい」

「だめよ。貴方は……貴方は私が守るわ」

「……そうですか」


 サンタクロースとアンジェリーナが静かに会話する中、ハンスはアンジェリーナを蹴ってサンタクロースの髪を引っ張っり上げた。


「邪魔だ」

「邪魔なのは……お前だ」


 サンタクロースの目付きが変わった。ハンスが向けた拳銃を、ハンスの腕ごと曲げて逆方向に向ける。拳銃を向けられたハンスは、青ざめた表情になり、慌ててアンジェリーナの方を見た。


「アンジェリーナやばい!このガキを何とかしろ!」

「……」


 アンジェリーナに助けを求めるハンスだが、アンジェリーナは一切口を開かず、何とも言えない切ない表情をしている。同時に、引き金が引かれ、拳銃が放たれた。


「がっ……は……」


 だが、拳銃から放たれたのはクラッカーのような音と華やかな色紐だけだ。それでも、ハンスは打たれたと勘違いして気絶した。


 * * *


 時間は22時、クリスマスはあと2時間で終わる。アンジェリーナは、そんなクリスマスの日に地獄を見て、酷く傷付いていた。


「誰か助けてー!」


 教会では、未だにポム吉が十字架に掛けられている。その教会で、アンジェリーナはめそめそと泣いている。


「まさか、警察が隠していたとは。ハンスが死亡したのは、犯罪者として殺されたからという事実を。この街の人にとって、その方が幸せなのかもしれませんが……やはり善意だけではどうにもなりませんね」


 そんなアンジェリーナの前で、机に座るサンタクロースが犬のぬいぐるみを撫でながら切ない表情を浮かべてる。


「私のくだらない願いのせいで、多くの人を傷付けた」

「けど、死者は居ませんよ」

「それでも、皆を傷付けた」

「傷付いたの貴方だけです。アンジェリーナ」


 サンタクロースが励ましの言葉を掛けるも、アンジェリーナは泣いたまま顔を上げない。


「そう言えば、助けられたお礼がまだでした。普段は絶対しないのですが、貴方は特別です。願いを一つ、叶えます」

「……もう願いは懲り懲りよ」

「私が困ります。クリスマスは残り2時間。何でもいいですよ」


 しばらく沈黙が走った末、アンジェリーナはサンタクロースを机から下ろし、ゆっくりと抱き寄せた。まるで、失った何かを埋めるように、サンタクロースを抱き締めている。


「流石の私も、照れます」

「て、照れちゃう!」


 サンタクロースも、十字架に磔にされてるポム吉も照れる。サンタクロースとアンジェリーナの間には、母親が子供を抱き締めるのと同じで、人間の美しさがある。


「毎年、私を迎えに来て……クリスマスの夜に」

「ええ、分かりました」


 アンジェリーナは、自分の願いを伝えると、サンタクロースをゆっくりと離す。そして、思い出したかのように涙を脱ぐって口を開いた。


「そう言えば、貴方の名前は?」

「名前?えっと……ニコ……」

「え?」

「ニコラウス。けど、呼ぶ時はサンタさんって呼んで欲しいです。サンタクロースとしてのプライドがありますから」

「分かったわ、サンタさん」


 サンタクロース――ニコラウスは、少し恥ずかしそうにしたが、すぐにアンジェリーナを見て、ニコッと笑った。


「改めて、メリークリスマス、サンタさん」

「メリークリスマス、アンジェリーナ」


 ニコラウスは子供ビールで、アンジェリーナはシャンパンで乾杯をした。同時に、クリスマスの終わりを告げるように、街中に鐘が鳴った。

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クリスマスの夜に ビタードール @pomukiti66

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