クリスマスの夜に

ビタードール

1年目【クリスマスの夜に】前編

 クリスマス、それは「キリストのミサ(礼拝)」という意味であり、キリストの降誕をお祝いする日。

 毎年、良い子供には、イブの夜にクリスマスプレゼントが配られる。そのプレゼントを配っている主、それがサンタクロースだ。


 そして、この物語は私のお爺様の話だ。最もクリスマスからかけ離れている存在が、サンタクロースとして大人達の願いを叶える物語。


 * * *


 ノルウェー、スカンジナビア半島の西側に位置する国。日本とほぼ同じ国土面積。そんな国で、一人の女性が強く願っていた。

 雪景色が綺麗な街並み、そこをコツコツと歩く女性は、灰色の髪が良く似合う、凛とした美女だ。


「あと数分でクリスマスよ。そっちの居心地はどう?」


 女性は、雪の被った墓の前で、傘を差して突っ立っている。その墓の前には、火のついたタバコと安酒、ケーキやお菓子が置いてある。


「貴方は罪な男よ。私にこんな物を仕込んでおいて……置いてくなんて」


 女性は、コートからタバコとライターを取り出し、震えた手で火を付ける。そして、白い息と混じった煙が周りに吐かれる。同時に、街中に12月25日の鐘が鳴る。


「……」


 女性は、煙の奥を不思議そうにじっーと見た。そこには、誰か立っているように見える。しかし、もう一度目を擦って見れば、そこには白い景色しかない。


「きゃあ!?」


 だが、再び墓の方を見てみれば、サンタクロースの服を着た白髪の少年が座っていた。一瞬の出来事に、女性は声を出して尻もちを着いた。


「大丈夫ですか?」

「な、何してるの?君……」


 歳は12歳くらいだろうか。その少年は、小さな手を差し伸べた。女性は、その手を一瞬だけ見て、手を取らずに立ち上がって後退りをする。


「貴方に会いに参りました。サンタクロースです」


 少年――サンタクロースがそう言って敬礼をすると、サンタクロースの肩から白熊のぬいぐるみが顔を出した。

 ぬいぐるみは、生き物同様に独りでに動いており、表情豊かに見える。


「照れちゃう!」

「彼はポム吉。私の相棒です」

「な、何を言ってるか分からないわ」


 サンタクロースを名乗る少年は、突然現れて動くぬいぐるみを紹介した。その奇々怪々な現象に、先程まで死んだ表情をしてた女性が、寒さと恐怖で震えていた。


「それより、このケーキとお菓子……食べないのですか?多分、この墓の主も食べないので、私食べていいです?」

「だ、ダメよ」

「そうですか……」

「しょんな……」


 サンタクロースとポム吉は、背後のケーキとお菓子を見て、残念そうにその場にしゃがみ込んだ。


「ぬいぐるみが喋って、貴方は……突然現れた。もしイタズラなら、もうやめて」

「イタズラ?それはトリックオアトリート。今日はメリークリスマス!私はサンタクロース。子供達にプレゼントを配る者。今年はもう配り終えました。後は貴方の願いを叶えるだけなのです」

「願い?は、ははっ……まるでアラジンね」

「サンタです」


 女性は、警戒しながらもサンタクロースの周りをゆっくりと歩く。そして、動くぬいぐるみ――ポム吉をよく観察して、ゆっくりと頭を抱えた。


「とてもとても……奇妙な気分。貴方は何なの?もし貴方が本当にサンタクロースみたいな不思議な存在なら、なぜ私の元へ来たの?」

「だから言ったではありませんか。願いを叶える為に――」

「そうじゃない!なぜ他の人間ではなく、私なの?他の人達にも同じようなことをしてるの?」


 女性は、サンタクロースの言葉を遮って、焦りが混じった目付きで睨む。


「それを知るのが願い?そんなはずないのに……」

「ただの疑問よ。いいから答えて」

「貴方の願いは死んだ恋人に会いたい。それだったはずですよ……アンジェリーナ」

「ッ!?わ、私の名前……それに……」


 女性――アンジェリーナは、心の中を覗き込まれた気分に陥る。自分の全てを見られた気がして、寒気がして来る。


「依頼でもされたの?誰か……私の身内とかに」

「疑問があると前に進めないタイプですね。分かりましたよ。私はサンタクロース、毎年子供達にプレゼントを配り、強い願いを持つ大人の願えを叶えている。貴方は今日、世界で一番願う気持ちが強かった。だから私が来たのです。さあ、次に進みましょう」

「な、ならさっさと叶えてみたら?私の願いを……彼と会いたいっていうその願いを」

「へへっ。やっと進めましたね。では、メリークリスマス!」


 サンタクロースは、幼い表情でヘラッと笑い、墓の出口へと走り出した。だが、雪に足を持っていかれ、その場に転けてしまう。


「ッ!?」


 同時に、雪の中なら木のソリが現れ、それが宙へと浮いた。そのソリは、トナカイのカチューシャを被る犬のぬいぐるみ一匹に引っ張られており、サンタクロースとポム吉を乗せて宙へと消えて行く。


「え?ちょっと!?待って!願いは!?願いはどうなったの!!」


 * * *


「おはよー、そしてメリークリスマス」

「メリークリスマス」


 アンジェリーナは、あの日の夜――そして今日の朝のことを忘れていなかった。大学生として朝を迎えても、その心はモヤモヤしていて落ち着かなかった。


「どうしたの?元気ないよ」

「いや、ちょっとお腹の調子良くなくって」

「あら、生理?」

「言わせないで。恥ずかしい」


 講義を終えたアンジェリーナは、昼食後に帰ることにした。疑問や不思議があると前に進めないタイプのアンジェリーナにとって、今日はとても何かする気になれない。


「アンジェリーナ、大丈夫かな?」

「最近落ち着いてきたと思ったのにね」


 早く帰ったアンジェリーナの後ろ姿を見て、大学の仲間達はヒソヒソと心配そうな表情で会話する。


「大学卒業したら結婚の約束してたんでしょ?」

「そう。そろそろ一ヶ月経つわ。どうにかしてあげたいけど、私達じゃ癒せないのかもね」

「時間が解決するとは言うけど、永遠に近いような時間な気がして……気が引けるよ」


 大学の鐘が鳴ると同時に、アンジェリーナは学校を立ち去った。向かった場所は、クリスマスで賑わう街中で、人々はクリスマスに相応しい表情をしている。


「わぁ!変なぬいぐるみ!」

「かわいいー!」

「僕のだ!」

「独り占めしないでよ!」


 そんな街中の広場で、子供達がぬいぐるみの取り合いをしている。それはエスカレートしていって、とうとう軽い突き飛ばし合いになる。


「やめるんだ!僕の為に争わないで!」


 アンジェリーナは目を疑った。子供達が取り合っていたぬいぐるみが、独りでに動いて子供達の間に割って入ったから。

 それも、とても見覚えのあるぬいぐるみだ。白くて、犬か熊かよく分からない顔で、サッカーボールくらいの小ささ。


「「うるさい!」」

「しょんな!?」


 だが、ぬいぐるみは子供達に殴られ、アンジェリーナの足元まで吹っ飛ばされる。


「何喧嘩してるの!!皆来なさい!」

「「「はーい」」」


 同時に、シスターが現れて子供達を連れて行った。


「あ、貴方……あのサンタクロースの相棒の……ぽ、ポム吉」


 アンジェリーナは、震えた手でポム吉を持ち上げ、まじまじと見た。ポム吉もアンジェリーナに気付き、「照れちゃう」と言ってポーズを取る。


「そうだ!サンタクロースは!?貴方の連れはどこ?やっぱあの子嘘つきだった!貴方もよ!」

「しょっ、しょしょしょしょんな」


 ポム吉は首を激しく動かされ、ブルブルと震えたまま喋っている。だが、すぐにニコッと笑って目を合わせて来た。


「教会に彼が居るよ。僕と教会までデートする?」

「いいわよ」


 * * *


 教会に向かうと、一人の男が待っていた。静かに椅子に座っており、後ろ姿だけが目に見えている。

 その後ろ姿を目にした瞬間、アンジェリーナはポム吉を手から落とした。


「ほわっ!?」


 ポム吉は床に這いつくばり、アンジェリーナは見覚えのあるコート姿の男にゆっくりと近寄る。


「は、ハンス?」

「待ってたよ。アンジェリーナ」


 そこに居たのは、アンジェリーナの会いたがっていた男だ。30代前半の髭が良く似合うダンディな男――ハンスは、戸惑った笑顔を見せた。


「なっ、何で……」

「分からない。けど、また君に会うことが許されたらしい」


 アンジェリーナは、ハンスのくしゃくしゃの笑顔を見て、涙を流して身を預けた。二人は、教会の椅子の上で、お互いの体温を確かめ合う。

 それを、ポム吉が手を口に加えて見ていた。


「アンジェリーナ」

「もう少し……」

「……」


 しばらくすると、アンジェリーナは涙を拭ってハンスから離れる。すると、ハンスは周りを確認し、少し焦った表情でアンジェリーナの手を取った。


「アンジェリーナ、俺と一緒に外国に行かないか?静かな所で一緒に暮らそう」


 再会を果たしてすぐ、今話さなくてもいいような話題だ。だが、ハンスにはとても大事なことのように見える。


「それも素敵だけど、私はこの国と街が好き。この国にも穏やかで静かな場所はたくさんあるわ。それに、ここは世界で一番平和な国なのよ?それじゃダメ?」

「だっ……ダメ。ここより素敵な場所を見つけたから、そこを見てほしい。取り敢えず、そこを見るだけでもいいから」

「まぁ、見るだけなら。けど少し待って欲しい。後数ヶ月で大学卒業だから、それまで待って」

「待つ。待つから、今日……今日見に行かないか?」

「え?いや待ってない。全然待ってない。今日は流石に――」

「お願いだ。今は何も聞かないで、一緒に来てくれ」


 ハンスの様子は、明らかに妙だった。ほんの少しの焦りが、徐々に苛立ちへと変わっているようで、アンジェリーナも少し怖かった。


「ハンスがそう言うなら……何も聞かない」

「ありがとう。さっそく行こう。時間がない」


 それでも、アンジェリーナはハンスの言う通りにすることにした。疑問や不思議があると前に進めないタイプのアンジェリーナでも、今は再会出来た嬉しさで頭がいっぱいだった。


「僕も行く!」

「ポム吉……着いてこないで」

「しょんな!?」


 アンジェリーナについて行こうとしたポムだが、すぐに蹴り飛ばされて教会の十字架まで吹き飛び、十字架に引っかかって吊るされた。


「何だあのぬいぐるみ?凄い出来がいい玩具だな」

「ほんと、最新の技術は凄いね」


 ハンスには、アンジェリーナや子供達と同じようにポム吉が見えていた。

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