第29話
決着がついた後、受験生たちの反応は様々だった。
ライオットのように単純に驚愕している者、トーマやゲンのように目を輝かせて興奮している者、リズのようにこの結末を予想しており冷静なままの者。
そして、僕のことを鋭く睨む者。
「あ、貴方、試験の前にそんな大技を繰り出すなんて……正気?」
地べたに尻餅をついたエヴァは、悔しそうにこちらを睨んだ。
「問題ない。このくらいなら、あと百発くらいは撃てるしな」
「ひゃ……っ!?」
エヴァが再び絶句した。
今度こそ何も言えなくなったようなので、僕は皆の方を見る。
「俺がリーダーだ。全員、文句はないな?」
ざっと様子を確認しても、異論を持つ者はいない。
何故かリズが「私はこうなることを知ってたけどね」とでも言わんばかりに、頻りに頷いていた。……こういうの、後方彼氏面って言うんだっけ?
「よし、なら探索を開始しよう」
なんだかんだ、これまでに大体の自己紹介はできたので先へ進むことにする。
皆も内心、試験の進捗が気になり始めて焦れったそうだ。今はそのモチベーションを尊重した方がいいだろう。
この迷宮は、細長い通路と大小様々な部屋の連なりでできていた。
トラップは存在しないが、行き止まりが多く、またルートによっては強敵と戦わなくちゃいけない部屋もある。それらを思い出しながら僕は皆を導いた。
『む、魔物の気配じゃ』
サラマンダーが警告すると同時に、僕らは全員足を止めた。
流石は特級クラスの候補生。ここまで近づけば全員が気配に気づく。
「デス・マンティス……強敵ね」
エヴァが呟く。
鋭い鎌を持つ、巨大なカマキリ型の魔物がそこにいた。
アニタさんと修行したあの洞窟にもいた魔物だ。
原作ではルークを含む複数の受験生たちが、互いに連携してなんとか倒していたが――僕がリーダーを務める以上、徹底的にリスクは避ける。
「ゲン。武人の実力を見せてくれ」
「いいだろう」
原作では非協力的だったゲン。
彼の実力なら、この魔物を一人で任せても問題ないことを僕は知っていた。
「ルーク。彼だけに任せるのは不安じゃないか?」
「そうか? 俺の勘だと問題ないぜ」
トーマの疑問に僕は堂々とした態度で答える。
発言に嘘はない。しかし付け加えるなら、僕はゲンの実力を把握しておきたかった。
リズとの一件で僕は学んだのだ。――仲間の情報も手中に収めるべきなのだと。
「――《アクア・シュート》」
ゲンは水属性の魔法を使った。
水の弾丸を作って相手に放つというシンプルなその魔法は、他の属性が得意な人間ですら容易に発動できる、いわば初心者向けのものだった。
しかしゲンが放ったそれは、水の弾丸というよりは水の線だった。
ウォータージェットという言葉がある。加圧された水を小さい穴から出すことによって生まれる細い水流のことだ。この水流は主に、コンクリートなど硬いものを切断するために使われている。
ゲンが放ったのは、まさにこのウォータージェットだった。
高速かつ高密度の超高圧水。その水は、デス・マンティスをいとも容易く両断してみせる。
「ふむ、他愛なし」
ゲンは不完全燃焼な様子で小さく息を吐いた。
見事な腕前だ。素直に感心すると同時に、少しやってみたいことができた。
(サラマンダー。今の、僕にもできるかな?)
『む? まあ水属性の魔法じゃから、時間をかければ習得できると思うが……』
(いや、そっちじゃなくて……)
水属性は回復魔法を習得するために覚えたようなものだ。基本的には精霊術の方が高威力なので、水属性を攻撃に使うつもりは現状ない。
僕は剣を抜き、通路の奥から現れる二体目を待ち構えた。
突き当たりの角から、デス・マンティスの巨体が見える。
その瞬間、僕は剣を真っ直ぐ突き出した。
「――《ブレイズ・ストライク》」
炎の閃光で相手を貫く精霊術。
しかしそれは今までのものと比べて、細く、速く、研ぎ澄まされていた。
デス・マンティスの頭部が炎の線によって貫かれる。
「なるほど、こんな感じか」
倒れ伏す魔物を眺めながら、剣を鞘に収めた。
いい技を覚えた。これは今後も使えそうだ。
そんなふうに手応えを感じた瞬間、急に背筋がぞわっとする。
「……あまり我を興奮させないでほしいものだな」
ゲンが、獲物を見つけた肉食獣のような目つきで僕を見ていた。
これからは武人ではなくバトルジャンキーを名乗ったらどうだろうか……。僕はルークらしく振る舞うことを意識して動揺を抑えた。
「手本がよかったからな。参考にさせてもらったぜ」
「我がその技を覚えるには十日かかった。……素晴らしい才の持ち主だ。貴様との一戦、心より楽しみにしているぞ」
常人なら下手すると一生習得できない技術である。
それを十日で習得できたあたり、ゲンも大した才能の持ち主だ。
「うーん、いい感じに化け物揃いだね」
トーマが暢気にそんなことを言う。
自分も大概なくせに……と、僕は心の中で呟いた。
◆
その後も何回か魔物と交戦したが、僕とゲンがいる以上、危険な展開になることは有り得なかった。
加えて僕がリーダーになったことで、極力安全なルートを選択できている。格上の魔物とは一度も遭遇せず、今まで出会った魔物の大半は格下だ。
怪我人はまだゼロ。
今のところ、僕たちは難なく先へ進むことができている。
「……広いところに出たな」
通路を先に進むと巨大な部屋があった。その隅には階段がある。
中間地点だ。ここには魔物もいないし、休憩に向いているスペースに見えた。
「念のため、ここに拠点を作っておくか」
「そうね……体力に余裕がある今のうちにやった方がいいわ」
僕の提案にリズが同意する。
他の皆も首を縦に振り、拠点作りを始めた。
「ふん、私ならもっと先まで進むわよ」
僕の隣に来たエヴァが、小さな声で異論を口にする。
「この試験にはタイムリミットが設けられていないから、慎重に行動してもいいだろう」
「試験官がタイムリミットを伝え忘れたという可能性もあるわ」
「だとしたらそれは試験官が悪い。それに俺たちはリーダーを決めるために、しばらくスタート地点で留まっていた。伝え忘れた内容を、改めて伝え直す時間は十分あったはずだ」
返す言葉を失ったエヴァが、口を噤んだ。
その時、遠くで「おぉ」という歓声が聞こえる。
少し目を離しただけだったのに、いつの間にかそこには小屋ができていた。
扉があり、窓があり、中にはベッドと椅子が見える。
小屋を作ったのは、人集りの中心にいる人物――ライオットのようだ。
『ほぉ、《アース・ウォール》で家を建てたのか。見事な腕前じゃ』
サラマンダーが感心する。ライオットはすぐに二軒目を建てた。
ライオットはリズやレティと同じく土属性の使い手だ。土壁を生み出す魔法を応用して、家の外壁から簡単な家具まで作ってみせるその技術は、リズに匹敵する。
「やるな、ライオット」
三つ目の小屋を建て終えたライオットに、僕は声を掛けた。
ライオットは実直で話しやすい相手だが――。
「話しかけるな」
ライオットは、それまでのフレンドリーな態度を一変させ、冷徹な態度で僕を睨む。
「お前、ルーク=ヴェンテーマと言ったな。つまりヴェンテーマ孤児院の人間だな?」
「ああ。知っているのか?」
「……ちっ、こんなことから関わるべきではなかった」
ライオットは舌打ちした。
「急に悪態をつかれる心当たりはないぞ」
「……そうだな。苛立ちをぶつけてしまったことは謝罪しよう。だが俺は、お前と馴れ合う気はない」
眼鏡の奥にあるその瞳は、明確な敵意を宿していた。
「俺はライオット=シャールス。シャールス孤児院で育った人間だ」
改めて名乗ったライオットは、自らの出自も共に語る。
「俺とお前は、相容れん」
そう言ってライオットは僕の前から去った。
この特級クラスには、特殊な過去や身分を持つ者が集められている。
それはライオットだって例外ではないし――
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