第30話
「続きは明日にしよう」
探索を始めてから半日が経過した頃、僕は皆に告げた。
拠点を作った後、僕らは階段を下りて迷宮の第二層へと足を踏み入れた。しかし二層の魔物は一層と比べると強敵が多く、一つの通路を進むだけでもそれなりに体力と時間を消耗した。
この迷宮は二層で終わりである。
だからその気になれば最後の部屋まで辿り着くことはできたが、そこに強敵が待ち構えていることを僕は知っているので、ここで一度休息を取ることにした。
一次試験の際に渡された魔法石には現在時刻が示されており、既に夜遅くだった。
拠点に戻ると、各々が割り当てられた小屋に入って就寝する。
「ルーク……お疲れ様」
皆が寝静まった頃、小屋の外にいる僕へリズが声を掛けてきた。
「ああ、お疲れ様」
「何してるの……?」
「眠れなくてな、周囲の警戒をしていた」
「そう。……あまり無茶はしない方がいいわよ」
僕は「分かっている」と頷いた。
言われなくても、必要な無茶以外はしない。
僕だって命は惜しいのだから。
「こういう経験、あるの?」
ふとリズが僕に訊いた。
「その、皆をまとめるような立場というか……」
「いや、今日が初めてだ。変だったか?」
「そ、そんなことない。凄く上手だったから……驚いてただけ」
それはよかった。
ルークを演じた甲斐もあったというものだ。
「……こんな、ヘンテコな展開でも、誰も文句を言わないのね」
リズが小さな声で言う。
「いきなり特級クラスなんてものを教えられて、こんな危険な試験に巻き込まれているのに……皆、思ったより冷静だわ」
「多分、そういう人だけが集められたんだろうな。面接で俺たちの意思を確認して、特級クラスに興味がありそうな受験生だけをここに呼んだんだろう」
国を守りたい。強くなりたい。とにかく学園に通いたい。これらの意思を持っているなら、取り敢えず試験には前向きになる。
皆、事情があるのだ。
この試験に合格しなくてはならない事情が。
「ルークは、特級クラスに興味あるの?」
「ああ。俺は英雄になりたいからな」
「英雄?」
「そうだ。魔導王シグルスのような、現代の英雄に俺はなりたい」
ルークの事情は、きっと誰よりもシンプルで純粋だった。
だから躊躇うことなく人に語ることができる。
それは幸運なことだ。
「凄いね……私とは違う」
リズはどこか後ろめたそうな面持ちで視線を下げた。
「リズは、魔法の勉強がしたいから学園に入りたいんだったか?」
「……あれは、嘘」
面接の時はそう答えていたはずだ。
「絶対……誰にも言わない?」
「ああ。誓おう」
ルークらしく、堂々と告げる。
するとリズは静かに口を開いた。
「………………友達が、欲しいから」
リズの耳が真っ赤に染まっていた。
恥ずかしそうに、リズは続ける。
「わ、私、ハーフエルフで、だから誰も信用できなくて。……でも、心のどこかでは友達が欲しいと思っていて、だから……」
「一縷の望みをかけて、学園に通うことにしたのか」
リズは無言で首を縦に振った。
「そのわりには、一緒に依頼を受けた時は冷たくしてきたな」
「だ、だって、貴方はS級だし、いつまでも一緒にいてくれるとは思わなかったから……」
一緒にいてくれそうにない相手とは、傷つく前にこちらから距離を取る。
その不器用な人間関係の築き方が、いかにもという感じではあった。
本来の僕なら――共感する。僕も人付き合いが得意ではない方だから、似たようなエピソードを幾らでも話すことができた。傍に寄り添い、お互いに優しく傷を舐め合うのも一つのコミュニケーションだろう。
でも今の僕はルークだった。
ルークは、そこにいるだけで誰かの背中を押す人間だ。
だから僕は、ルークとしての言葉を伝える。
「勇気を出したんだな」
そう告げると、リズは目を丸くする。
「馬鹿に、しないの? こんな理由で、学園に通いたいなんて……」
「馬鹿にするわけないだろ。自分を変えようとするのは、簡単なことじゃない」
そう、とても難しいことだ。
僕も日々苦しんでいる。
「リズが踏み出したその一歩は、とても偉大なものだ。もっと自信を持っていい」
美しい碧眼を真っ直ぐ見つめて僕は言った。
リズの頬が紅潮する。しかし目は逸らすことなく、柔らかい笑みを浮かべた。
「ありがとう。……私、ルークと話していると、なんでもできそうな気がするわ」
その言葉を聞いた瞬間、僕の胸中に歓喜と安堵が湧いた。
よかった。僕はちゃんとルークを演じられている。その実感が心の支えとなる。
「おやすみ。ルークも、早く寝た方がいいわよ」
「ああ。俺もすぐに寝るさ」
リズが女性用の小屋へ戻る。
一人になったことで、僕は小さく息を吐いた。
(じゃあ、修行しようか)
『絶対そう言うと思ったのじゃ』
サラマンダーの呆れた声が頭の中に響く。
『……村を出てから一睡もしておらんのじゃ。休息も大事じゃぞ?』
(うん。でも、どうしてもやりたいことがあるから)
『いつもそう言ってるのじゃ……』
いつもやりたいことがあるんだから、仕方ない。
僕は拠点から離れ、盗み聞きの心配がない場所まで移動した。
サラマンダーとは心の中でも会話できるが、やはり声で会話した方がやりやすい。心の中で会話していると、時折余計な情報を伝えてしまうことがある。
「この先、強敵が待ち構えている。だから奥の手がほしい」
『それも未来予知か?』
僕は頷いた。
するとサラマンダーは何やら考え込み、
『……実は妾も、この迷宮の奥から妙なものを感じていたのじゃ。強大で、しかしどこか懐かしい気配が……』
多分それは、僕が言っている敵とは異なるものだ。
だがその存在も後ほど重要になってくる。
「強敵との戦いに備えて、どうしても覚えたい技があるんだ」
それは以前、僕がサラマンダーとの親密度を向上することで習得しようとしていた技だった。原作では親密度の向上がトリガーになって習得していたが、よく考えたら今僕の傍にいるサラマンダーは既に人間の姿を取ることができるのだ。親密度はほぼ足りているはずである。
足りないのは僕自身の能力か。それなら今から頑張れば習得できるかもしれない。
この技を習得できるかどうかで僕の今後は大きく変わるのだ。
妥協したくない。そんな思いを込めて、僕はサラマンダーに相談した。
『む、無理じゃ……!』
覚えたい技の詳細を伝えると、サラマンダーは激しく困惑した。
『わ、妾とお主なら、いつかは習得できるかもしれん。じゃが今のお主では不可能……仮に発動までは可能だったとしても、負担が大きすぎるのじゃ!!』
「痛みを我慢するのは慣れているよ」
『今までの比ではないのじゃ! アレは、下手をすれば正気を失ってしまう……!!』
サラマンダーは本気で僕の身を案じていた。
『そもそも、どうしてお主がアレの存在を知っておる!? アレは精霊術の極意……歴史上、精霊王だけが使えた技じゃ!!』
興奮気味なサラマンダーに、僕は少し考えてから答えた。
「未来予知だよ。なんとなく、こんな技があると思ったんだ」
サラマンダーが口を噤んだ。
もう……この嘘はバレているかもしれない。
それでも、僕にはあの技が必要だ。
「お願いだ、サラマンダー。僕はこの先も色んな人たちを救っていかなきゃならない。そのためにも力が……君の協力が必要なんだ」
『ズ、ズルいのじゃ、そんな言い方……』
サラマンダーの声が尻すぼみになる。
しばらく待っていると、サラマンダーの溜息が聞こえた。
『……分かった。どうせお主のことじゃ、妾が黙っていても勝手に習得を試みるのじゃろう。それなら妾が教えた方がマシじゃ』
「ありがとう、サラマンダー」
相棒に恵まれたな、と僕は思った。
「今の僕には何が足りない? 魔力量かな?」
『いや、魔力量は足りておる。というかそれだけの魔力があれば、恐らく今後、魔力が足りないという状況に陥ることはないはずじゃ』
そんなに増えていたのか……。
アニタさんの十倍とは聞いていたが、ここまで増えると実感が湧きにくい。
『足りないのは制御力、即ち魔力のコントロールじゃ。それさえ磨けば……一応、発動だけはできる』
「分かった」
魔力制御。その鍛え方を、僕は原作知識から引っ張り出した。
以前アニタさんが言っていた。精霊と契約していると、魔力の操作を精霊が肩代わりしてくれると。……要はアレを僕自身でもできるようになればいいわけだ。
目を閉じ、意識を集中させる。
周囲に水の塊が次々と生まれた。
「《アクア・シュート》を百発くらい用意して、それを全て同時並行で操作する……という訓練法はどう?」
『………………妾は、お主の才能が恨めしいのじゃ』
これはルークの才能であって僕の才能ではない。
だから、僕は努力しなければならないのだ。
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