第28話

「《アイアン・フィスト》ッ!!」


 レティの正面に、巨大な拳が現れた。


「お、土属性の中級魔法だね」


 トーマが楽しそうに言う。

 土属性には《アース・フィスト》という、土で拳を作って殴る魔法が存在するが、レティが発動したのはそれの上位互換となる魔法だ。

 拳の表面が鉄でコーティングされていき、黒光りする。


「ぶっとべ!!」


 裂帛の気合と共に、レティが拳を放った。

 巨大な鉄塊を高速で放つようなものだ。当然、尋常ではない威力がある。

 だがエヴァは落ち着いた様子で、細長い指揮棒のような杖を素早く振った。


「――《タービュレンス》」


 全てを切り裂く乱気流が、エヴァの前に現れる。

 鉄で覆われた拳が、一瞬でバラバラに切り裂かれて落ちた。


「勝負ありね」


「な、な……っ!?」


 勝ち誇るエヴァ。対し、レティはまだ敗北を受け入れられないのか、わなわなと震えたまま地面に散らばる土塊を見つめる。


 そんな二人を眺めつつ、僕は隣にいるトーマに声を掛けた。


「どうした? 急に黙り込んで」


「……いやぁ、今のは純粋に驚いたな。風属性の上級魔法……そうお目にかかれるものじゃないよ」


 その通りだ。

 風属性の上級魔法――《タービュレンス》。

 何もかもを切り裂く乱気流を生み出す魔法だ。攻撃にも防御にも使える優秀な魔法だが、なにせ危険なので使いこなすのが難しい。少しでも範囲を誤れば、最悪、自滅することだってある。


「僕らの予想通りになったね。……これが実戦だったらレティにも勝ち目はあったんだけどなぁ」


 小さな声でトーマが言う。

 特級クラスの候補生に選ばれるだけあって、レティも類い稀な才能を持つ人物だ。しかし残念ながら、それは今回の形式では役に立ちにくいものだった。


「他に異論がある人は?」


 エヴァが僕たちの方を見て言う。

 その問いかけに手を挙げる者はいない。


 ――ここまでは原作通り。


 原作ではこの後、エヴァがリーダーを務めて試験に挑むことになる。

 しかし僕は、訳あってその流れを止めたかった。


「じゃあ、私がリーダーということで――」


「――いや、俺も挑ませてもらうぜ」


 真っ直ぐ手を伸ばし、告げる。

 怪訝な顔をするエヴァに僕は改めて名を告げた。


「ルーク=ヴェンテーマだ。よろしく」


 原作とは異なる領域に突入した。

 だが、恐らくこうするのがベストだ。


 ここで僕がエヴァに勝ち、皆のリーダーになる。

 この選択をするために、僕は今まで鍛えてきたといっても過言ではない。


「ちょっと待て」


 しかしその時、想定外の乱入者が現れた。

 それはエヴァたちの戦いの行方を「興味がない」と評していた、茶髪の男だった。


「貴様が戦うなら、我が相手になりたい」


「は?」


 男は僕の方を見て告げた。

 この展開は僕も予想していなかった。……僕が原作と異なる行動をしたせいか、この男も原作とは異なる反応を示している。


「貴方もリーダーになりたいの?」


「役職に興味はない」


「なら邪魔よ。下がってて」


「下がらぬ」


 エヴァの発言を頑なに拒絶し、男は僕を真っ直ぐ見据える。


「我が名はゲン=ドーズ。武人である」


 武人。それは強い人間とか、戦いを生業にしてきた人間とか、そういう意味を持つ肩書きだが、彼の場合はと表現するのが相応しい。


「ルーク=ヴェンテーマと言ったな。我は貴様に武の真髄を垣間見た。是非、手合わせ願いたい」


 己の信じる武のためならば、何でもやらかしてしまう男。

 それが彼……ゲン=ドーズである。


 純粋な武力なら原作のルークに並ぶほどの凄腕だが、同時にぶっちぎりの問題児でもあった。


(話しているだけなら意外と常識人なんだけど、強くなるためなら何でもしてしまうのがなぁ……)


『つまり、お主と似たような感じなのじゃな』


(え?)


 サラマンダーがよく分からないことを言った。

 僕とゲンが似ている? いやいや、流石に僕はあんな問題児ではない。


 ゲンは無言でこちらの回答を待っていた。

 僕は少し考えてから提案する。


「入学した後じゃ駄目か?」


 別にゲンを恐れて逃げているわけじゃない。

 それを示すためにも、僕は力強い声音で伝えた。


「試験に合格して学園に通えば、俺たちは何度も顔を合わせることになるだろ? そうすればいくらでも戦えるぞ」


「……ふむ、確かにその通りだ。では我は、この試験に最大限協力することを誓おう」


 今までは協力する気なかったんかい。と心の中で突っ込む。

 実際、彼は原作では殆ど試験に協力しなかった。……ゲンに勝負を挑まれた時は焦ったが、結果として彼が協力してくれるようになったのは好都合だったかもしれない。


「話し合いは終わったかしら? いっそ二人でかかってきてもいいけど」


「いや、俺一人で挑ませてもらおう」


 改めて、僕はエヴァと対峙する。

 エヴァは僕の左腰にある剣を見て、小さく笑った。


「その武器、新品ね。余裕綽々と見せかけて随分気を張ってるじゃない」


「何がおかしい?」


 エヴァとしては軽い挑発のつもりだったのだろう。

 しかし僕は真顔で答えた。


「ここは栄えある魔法学園だ、常に万全の状態でいたいのは当然だろ? 案の定、いきなり迷宮を探索させられる羽目になったしな」


 多分ルークならこう言うだろうなと思ったが、同時に僕の本音でもある。

 珍しく僕とルークの意見が重なった瞬間だった。だからだろうか……自分でも分かるくらい言葉に圧が乗り、説得力が生じた。


「だ、だとしても、それで貴方の方が優れているわけじゃないわ」


「ああ。それは、これから決めればいい」


 言葉で言い負かして満足したつもりはない。

 そう暗に示すように……ルークの器の広さを見せつけるかのように、僕は言う。


「攻守は?」


「攻撃にしよう。エヴァはそれで問題ないか?」


「ええ。どちらを選ぼうが結果は同じだもの」


「そうだな」


 僕は首を縦に振り、剣を鞘から抜いた。



「――同じことだ」



 刀身に炎が灯る。

 ゴウ、と猛々しい焔が迸った瞬間、エヴァが絶句した。


 僕が隠していた魔力を解放したのだ。

 エヴァはきっと勝ち目があると思っていたのだろう。だが、その可能性は早々に潰させてもらう。


 ――原作では、リーダーであるエヴァが慢心して、仲間を危険に晒してしまう。


 この時点のエヴァは実力だけでなくプライドも高い。基本的に自分は正しいと思い込んでいる性格だ。


 原作ではそんな彼女がリーダーを務めて試験に挑むわけだが、彼女は途中で判断を誤り、仲間たちを危険に晒してしまうシーンがある。


 己の失態を悟ったエヴァは深く反省し、それから少しずつ仲間たちと打ち解けるのだが……僕はその展開をどうしても避けたかった。


 僕は本物のルークと違って弱いのだ。原作ではどうにかなったイベントも、僕の場合は最悪の事態に発展してしまう可能性がある。

 だから、リスクがあるなら徹底的に避けるべきだ。


 幸い僕の頭には、この迷宮の地図が完璧に入っている。

 なら、最初からエヴァではなく僕がリーダーになって皆を導いた方が安全だ。


 エヴァの慢心も、探索を始めてからではなく、このタイミングで潰しておく。

 そうすれば一切のリスクを負うことなく、原作と同じ流れにできる。


 この最終試験で、エヴァではなく僕がリーダーに選ばれること。

 それが、村を出て最初に決めた目標だった。


「タ、《タービュレンス》……っ!!」


 エヴァが杖を振り、暴力的な乱気流を生み出した。

 だがその顔は普段の気丈なものと違って、完全に戦意喪失している。


 申し訳ないが、この先エヴァに慢心してもらっては困る。

 だから僕は、思いっきり炎を滾らせた。



「――《ブレイズ・セイバー》」



 暴力的な乱気流は、更に暴力的な炎によって消し飛んだ。


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