第23話
冒険者ギルドへの登録が済み、宿へ帰って来た頃、学園で受け取った魔法石に入学試験の合否が通達された。
結果は――合格。
筆記試験は散々な点数だったと思うが、やはり僕は実質免除されていたようだ。
その翌日。
魔法石に送られてきた指示に従い、僕は再び学園に向かった。
二次試験は集団面接。
学園の教師陣たちを相手に、五人の受験生が質疑応答を行う。
一次試験と同じく講堂で待機していると、係員がやって来た。
「では、受験番号201番から205番までの方、こちらの部屋へどうぞ」
僕を含めて五人の受験生が立ち上がる。
部屋に入る直前、集まった受験生たちの顔ぶれを見て……僕は目を丸くした。
「あ」
「あ」
そこには昨日、ギルドで会った少女――リズがいた。
『き、気まずいのじゃ……』
どちらかと言えば僕よりもリズの方が気まずいだろう。
見ればダラダラと冷や汗を垂らしている。
――どうせ貴方とは、ギルド以外で会うことはない。
決め顔でそんなこと言っていた気がするが……流石にからかうのはかわいそうなので、ここは無視を貫くことにしよう。
もうお分かりだと思うが、原作で「在学中はギルドに登録してはならない」という学則の穴を突き、在学する直前にギルドへ登録した人物とは、リズのことである。僕は彼女の真似をして、このタイミングでギルドへ登録することにしたわけだ。
とはいえ、まさか全く同じ時期に登録するとまでは思っていなかったので、ギルドで遭遇した時は実はそこそこ動揺していた。
リズはヒロインの一人。しかし他のヒロインと比べると心を開くまでにかなりの時間を要する、いわゆる攻略難易度の高いヒロインである。
だが、ひとたび心を開けば終始ルークに対してデレデレになり、そのギャップが多くのプレイヤーたちの心を鷲掴みにした。
そして、心を開いたリズは戦いの仲間としても非常に頼もしい力を持っている。
ルークを演じるために自我をなくすと決意した僕にとって、ヒロインとイチャイチャしたいという浮ついた欲求は問答無用で捨てるべきだ。
しかし心を開いたリズは、戦闘の際に頼もしい存在となる。そこで僕は彼女をヒロインとして攻略することにした。だから昨日、彼女に「組まないか?」と提案したのである。学園だけでなくギルドでも積極的にリズと交流し、彼女の信頼を勝ち取ることが狙いだ。……決してデレデレになったリズを見たいわけではない。
彼女は学則の穴を突いたという自覚を持っているため、あまり学園でギルドの話をするのは好ましくない。それは僕も同じだ。
リズのことは気になるが、今は距離を置いた方がいい。
今は――もう一人のヒロインに、気を配るべきだ。
「それでは、二次試験の面接を始めます」
受験生たちは、まず面接官に自己紹介をした。
「……リズ=ファラキスです」
リズが手短に名乗る。
その次に僕が口を開いた。
「ルーク=ヴェンテーマだ」
面接官のうち、何人かが目を見開いたような気がした。
その瞬間、背筋が凍る。僕は何か……ルークらしからぬことをしただろうか?
『腕利きの面接官がいるのじゃ。ルークの魔力量を見抜きおった』
なんだ、そういうことか……。
以前、毒の治療が終わって本調子に戻ったアニタさんの膨大な魔力量に驚いた経験がある。あの経験から学びを得た僕は、魔力量を相手に探られない方法を身に着けていた。ざっくり説明すると、薄い魔力で全身を覆うことで、外部に魔力が漏れないようにしているのだ。
意味もなく相手を威圧するのは僕の趣味ではない。
だから敢えて隠していたわけだが……面接官たちは見抜いてきたらしい。
若干、妙な空気になったまま僕の自己紹介は終わった。
しかし次の人物は、そんな妙な空気を破壊するほどの存在感を醸し出していた。
「エヴァ=マステリアです」
凛とした、強かな声色だった。
薄紫色の髪は絹の如く艶やかで、きめ細かな肌やピンと伸びた背筋からは、育ちの良さが窺える。
彼女もまた、ルークがこの学園で出会うヒロインの一人。
ある意味、入学試験のキーパーソンとなる人物だ。
受験生たちの自己紹介が終わったところで、面接が本格的に始まる。
面接官たちは、受験生に様々な質問をしていった。
「リズさんは何故、この学園に通いたいのですか?」
「それは……魔法の勉強がしたいからです」
「魔法に興味があるのですね」
リズがそっぽを向きながら「まあ」と答える。
面接官は次に、エヴァの方を見た。
「エヴァさん。貴女が学園に通う目的は?」
「ここで力と教養を身につけ、誰よりも国に貢献できる人間になるためです」
生真面目な回答をエヴァは述べる。
「そのためにも、姉と同じように例のクラスに在籍したいと思っています」
「エヴァさん――」
「ええ、分かっています。この場でこれ以上は言いません」
含みのある一言を、エヴァは残していった。
僕も幾つかの質問に答える。面接官とのやり取りは、魔力量に驚かれたことを除いて原作と全く同じだったため、僕は特に困ることなくルークを演じきれた。
「以上で面接は終了です。お疲れ様でした」
一通りの質疑応答が終わり、僕らは部屋を後にする。
廊下を進み、角を曲がると――目の前で立ち止まっていたエヴァと軽く肩をぶつけてしまった。
「っと、悪い。大丈夫か?」
すぐに謝罪する。
するとエヴァは、眦を鋭くしてこちらを見た。
「……貴方、私の名前を聞いていなかったの?」
「聞いていたさ。エヴァ=マステリアだろ?」
「そう。私の家は、マステリア公爵家よ」
エヴァの目がスッと細められる。
回答次第では承知しない――そう言いたげな目だった。
しかし僕は、微塵も動じることなく告げる。
「悪いな、敬語は苦手なんだ」
「……そういう理由なら、別にいいわ」
そう言ってエヴァは僕の前から去っていった。
その背中を見つめながら、心の中でサラマンダーに声を掛ける。
(サラマンダー。僕と彼女、どっちが強い?)
『お主だと思うが……何故そんなことを気にするのじゃ?』
この後、戦うことになるからである。
しかもその戦い……僕はとある理由から負けるわけにはいかない。
村を出てすぐに洞窟で特訓を始めたのは、彼女との戦いに勝つためでもある。
(……ギルドに行こう)
サラマンダーからは僕の方が強いというお墨付きをもらったが、まだ不安だ。今日中にギルドで依頼をうけ、その報酬で武器を調達しておこう。
「ルーク」
学園を出てギルドへ向かおうとしたところで、リズに呼び止められる。
リズはどこか焦った様子で僕の顔をまじまじと睨み、
「……言ってないでしょうね」
「ギルドに登録していることか?」
リズは首を縦に振った。
「言っていない。言えば俺も危ないしな」
「……ということは、貴方も確信犯なのね」
シグルス王立魔法学園は、在学中は冒険者ギルドへの登録が禁止されている。僕らはそれを知った上でギルドに登録した。いわば共犯者だ。
「……ねえ、このあとは暇かしら?」
「ああ。強いて言うならギルドへ行くつもりだったが」
「丁度いい……私も行く」
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