第22話

 ダリウスは己のことを、才能ではなく努力で成り上がった冒険者だと思っていた。


 いや、もちろん才能だってあるとは思う。なにせ栄えあるS級冒険者になってみせたのだから、自分が根っからの凡才であるとまでは卑下していない。


 それでも、世の中にはがいるのだ。


 大戦を終わらせた英雄――シグルス=ヴェンテーマ。

 あの男は流石に例外だが、彼ほどではないにせよ、この世界には比べるだけでも馬鹿馬鹿しくなってしまうような本物の才能を持つ者がゴロゴロといる。


 一度見た魔法なら何でも完璧に模倣してみせる男――賢者ヌルト=アンデラ。


 王族だけが使える特殊な魔法を、どういうわけか兄弟姉妹の中で独り占めして生まれてきてしまった、規格外の王族――第三王女ソフィア=ラーレンピア。


 争いが苦手にも拘わらず、精霊に好かれやすい体質で既に十体以上と契約を交わしている、自然を好む温厚な老人――庭師ゾグ=ヴォルキン。


 生まれつき光の精霊をその身に宿し、身体の傷だけでなく心の傷までも癒せると噂されている、神に愛されし少女――聖女アナスタシア。


 オリジナルの属性を生み出し、極小精霊の力を引き出すことができる、僅か十八歳でニアS級とまで呼ばれている発想の天才――冒険者アニタ=ルーカス。


 彼らのような本物を知っている以上、ダリウスは己のことを偽物だと考えていた。

 そして、本物と偽物の違いについて散々悩んだダリウスは、いつしか他人が本物か偽物か見抜けるようになっていた。


(こいつは、偽物だ)


 リズと対峙した直後、ダリウスは察した。

 模擬戦はまだ始まっていない。しかし長年の経験から勘で分かる。


(正確には、な気もするが……)


 その隠しているものは、結局、模擬戦では明らかにならなかった。

 次はルークという少年が相手だ。

 この少年からは――とてつもない迫力を感じている。


 最初から、妙な存在感のある少年だった。

 その目は強い意志を宿しており、その言葉には強い熱が込められている。一挙手一投足から力強さを感じ、ダリウスは既に心のどこかで気圧されていた。


「さあ、どこからでもかかってこいよ」


 ダリウスは不適に笑って言う。

 自分の力を過信した子供が、S級の試験官を希望するのはよくあることだ。そういう時、ダリウスは大人の責任を果たすべく、世間を知らない子供の鼻っ柱をへし折ってやるわけだが――。


「じゃあ――――いくぜ?」


 瞬間、爆炎が迸る。

 ルークの剣から強烈な炎が噴き出し、演習場があっという間に炎に囲まれた。

 

 凄まじい熱量だ。

 全身の肌が粟立つ。濃密な魔力が容赦なくのしかかってきた。


 ――本物だ。


 こいつは、間違いない。

 偽物の自分とは違う、の人間だ。


 ダリウスは一瞬で手加減をしないと決めた。

 風属性の魔法《ウィンド・ムーブ》を発動し、移動速度を向上する。


 肉眼では捉えられない圧倒的な速度でルークの背後に回り込んだダリウスは、気配を悟られるよりも早く風の刃を放った。


 その数――百。

 大量の不可視の刃が、ルークに襲い掛かった。




「――《ブレイズ・セイバー》」




 百の刃は、たったの一撃で消し飛んだ。




 ◆




「お前は文句なしにS級だ。くそっ、凹むぜ…………」


 ダリウスさんは複雑そうに試験の結果を伝えた。

 思ったよりも順調に……というか想像を遥かに超えるレベルでいい結果を出すことができた。個人的にはA級くらいかなと思っていたが、もっと実力があったようだ。


『まあ、そりゃそうなのじゃ。ポイズン・ドラゴンを二体も倒したし、ただでさえ膨大だった魔力量が更にとんでもなく成長しておるからのぉ』


(そっか。……アニタさんと比べて、どのくらいの量なのかな?)


『十倍くらいじゃ』


 それって、かなり多いのではないだろうか……。

 なんてことを考えていると、ダリウスさんが悔しそうにこちらを見つめていることに気づいた。

 僕はいつでもルークとしての受け答えができるよう心の準備をする。


「お前、俺が背後に回り込んだ時、どうやって反応したんだ?」


「アンタが消えた瞬間に剣を振った。それだけだ」


 ダリウスさんが首を傾げたので、僕は補足した。


「リズとの模擬戦を観察して、アンタが高速移動を主体とした戦術を取ることが分かったからな。だから初手で回避不能な範囲攻撃を叩き込むと決めていたんだ」


「……どこに移動しようが、お前には関係なかったってことか。威力もすげぇが、反応速度もかなりいいな。なんかの魔法で底上げしてんのか?」


「身体能力を強化する魔法を使ってる。負担が大きいから、発動は一瞬だけどな」


 本当は魔法ではなく精霊術だが、ここでその説明をするとややこしくなりそうなので黙っておく。


「登録証はすぐに発行するから一階で待っていてくれ。あー……くそっ、腹立つより感心が上にくるぜ。これだから本物は……」


 ダリウスさんはブツブツと何かを言いながら、僕たちより先に階段を上がった。

 リズが無言で階段に向かう。その背中へ僕は声を掛けた。


「リズ」


「……なに?」


「提案がある。俺と組まないか?」


 リズは訝しむ目で僕を見た。


「……………………同情?」


「いや、建設的な判断だ。俺たちはこれから冒険者として活動するわけだが、お互いにまだ仲間がいない。一から人脈を作るのも悪くないが、折角ならここで手を組んだ方が早いだろう? お互い実力も知っているわけだしな」


 僕は彼女のことを知っている。

 だからこの提案にも勝算があった。……人付き合いが不得手なリズは、人脈を一から築くことに苦手意識を持っている。


「……分かった」


 予想通り、リズは提案を呑んだ。


「貴方がいてくれた方が、依頼の成功率も上がりそうだから」


「その認識で十分だ」


 リズとは、これからも度々行動を共にすることになる。

 しかし彼女は原作でも心をなかなか開いてくれない、じれったい少女なのだ。だからできれば積極的に彼女との関係を良好にしていきたい。


「……気を許したわけじゃ、ないから」


 リズは冷たい目つきで僕を見る。


「どうせ貴方とは……ギルド以外で会うことはない。利害が一致しただけの、関係」


 そう言ってリズは、こちらに背を向けて一階に上がっていった。

 僕は少し時間を置いてから、彼女を追うように階段を上る。






 ――翌日。


 僕とリズは、魔法学園の二次試験であっさり再会した。

 こうなることは分かっていたけど…………普通に気まずい。


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