第14話
二日後。
僕とアニタさんは、万全の準備を整えて洞窟の最深部へ向かった。
準備の主な内容は、本調子に戻ったアニタさんのリハビリと、作戦会議である。
アニタさんは伊達にSランク手前の冒険者ではなく、リハビリの方法についても熟知していた。手頃な魔物と何度か戦い、それを客観的な視点――つまり僕の視点から評価する。ぎこちないところはないか、消耗は適切か、それらを綿密に擦り合わせた。
体調と感覚、双方が完治したことを確認して、アニタさんの準備は終了する。
そこからはひたすら作戦会議を行った。なにせアニタさんにとって、今回の敵は一度敗北している相手。慎重にならざるを得なかった。
「正直、苦渋の選択だったよ。ルーク君を巻き込むことは」
歩きながらアニタさんは言った。
「でも、頼まずにはいられないくらいには、ルーク君は強かったから……ごめんね、巻き込んじゃって」
「気にするな。アニタには魔法を教えてもらった恩がある」
「そう言ってくれると助かるよ」
アニタさんが笑う。
しばらく歩くと、目の前に分厚い氷の壁が見えた。
「これが、結界か」
「専門じゃないから間に合わせだけどね。でも、なんとか閉じ込められたかな」
アニタさんは前回の戦いで撤退を余儀なくされたが、成果が全くなかったわけではない。アニタさんは魔物をそれなりに消耗させ、その上で結界を張って逃げられないようにしたのだ。
『濃密な魔力が込められておる……妾の炎でも簡単には溶かせんのじゃ』
この氷の壁は相当頑強に作られているらしい。
結界と言っていたので、ただ硬いだけではなく様々な効果が付与されているのだろう。
「結界を解くよ」
いよいよ戦いが始まる時だ。
アニタさんが氷の壁に触れると、ポロポロと表面の氷が剥がれ落ちていった。地面に落下した氷はすぐに溶け、足元に大きな水溜まりができる。
壁が溶けたことで、少しずつ洞窟の奥から魔力が溢れ出してきた。
禍々しくて、暴力的な魔力……その持ち主が今、姿を現わす。
「グゥウゥゥォオオォォォォォオオォォォオ――ッ!!」
深緑の鱗。
巨大な翼と尾。
獰猛な爬虫類の瞳。
僕はその魔物を、アニタさんに教えてもらう前から知っていた。
「ポイズン・ドラゴン……ッ!!」
巨大な竜がそこにいた。
レジェンド・オブ・スピリットにおいて、ドラゴンはあらゆる魔物の中でも特に強大な存在として描かれている。目の前のドラゴンもその例に漏れず、対峙しただけで全身の肌が粟立つプレッシャーを感じた。
冒険者ギルドでは、ドラゴンの脅威度はAランク以上に認定されている。しかしただのAランクならアニタさんが単独でも倒せるはずなので、恐らくこのドラゴンはSランク……最上位の脅威度に認定されているのだろう。
どう考えても今の僕が挑んでいい相手ではない。
倒せば魔力量は爆発的に伸びるだろうが、あまりにもリスクが高すぎる。
原作のルークはこの魔物と戦わない。
だから本来なら僕がリスクを負ってまでこのドラゴンと戦う必要はないのだ。
なのに、僕がアニタさんを手伝うと決めた理由は――――。
「村を、八つ滅ぼしてるの」
昨日の夜。
アニタさんは眠る前に、静かにドラゴンのことを語ってくれた。
「成体になるまでずっと身を潜めていたんだろうね。ある日、そのドラゴンはいきなり森の中から現れて、近隣の村を一掃した。多くの人がドラゴンの被害に遭って、すぐに冒険者ギルドへ正式な討伐依頼が出された。……でも、報酬が安いから引き受ける冒険者が少ないんだよ」
「なんで報酬が安いんだ?」
「貴族が被害に遭ってないから」
端的な答えが述べられる。
「正確には、領土を荒らされているから被害はあるんだけど、多分どうでもいい土地だったのかな。……普通、高ランクの魔物の討伐依頼は国か富裕層が出すの。じゃないと依頼の難易度と釣り合う報酬が用意できないから。でも偶に、今回みたいに貴族が魔物の被害者を見捨てることがある。そうなるとしばらく魔物が野放しにされちゃうんだよね」
「野放しって……そんなことしたって、いつかは貴族も困るだろ?」
「そのドラゴン、頭がいいのか知らないけど、人が多い街にはいかないんだよ。規模の小さい村ばかり狙っている。だから楽観視してるんじゃないかな」
原作のルークは早々に王都の学園へ向かうため、この土地に関する描写はあまりない。だから僕は、まさかここの領主がそんなに愚かだとは知らなかった。
「そんなわけで、私がやることにしたわけ」
「……正義感があるんだな」
「そんなんじゃないよ、個人的な理由があっただけ。……私さ、被害に遭った村の一つにしばらく滞在していたことがあるんだよね。まだ駆け出しだった頃に色々世話になったから、その恩を返したいの。……まあ、もう返す相手は生きてないんだけどさ」
アニタさんは笑って言った。
しかし目は笑っていなかった。
その目は強い決意を宿していた。
せめて自分が、あのドラゴンを倒してみせると。
(そんな、話を聞いたら……)
昨日の夜、アニタさんと交わした会話を思い出す。
僕は力強く剣の柄を握り締め、ドラゴンと対峙した。
(そんな話を聞いたら――ルークは戦うに決まっているッ!!)
八つの村が滅ぼされた。
そのうちの一つはアニタさんにとって縁のある大切な場所だった。
もしもルークが、その話を聞いたら――間違いなくドラゴン退治に協力しただろう。
だから僕は今、ここにいる。
リスクなんて関係ない。大事なのは、ルークならどうするかだ。
「ルーク君! 作戦通り、まずは見極めるよ!!」
「ああッ!!」
森の奥深くや洞窟に棲息するポイズン・ドラゴンは、薄闇の中でも目が利き、暗い視界のままでは僕たちが圧倒的に不利だ。
そこで、まずは僕が洞窟の壁面に火を灯し、視界を確保する。
「――《アイス・ランス》ッ!!」
視界が確保できた瞬間、アニタさんが氷の槍を放つ。
並みの人間なら一発だけでも致命傷になるような魔法――それが五発同時にポイズン・ドラゴンの足元へ叩き付けられた。
ドラゴンが悲鳴を上げた。
その巨体がよろめいたのを見て、僕も精霊術の準備をする。
『気高き炎よ!!』
「疾風に乗って空を射貫け!!」
腰を捻り、剣を限界まで引き絞り――全力で突き出す。
「《ブレイズ・ストライク》ッ!!」
炎の閃光が、ドラゴンの頭蓋に命中した。
深緑の鱗を貫くことはできなかったが、それでもドラゴンは苦しそうな鳴き声を発する。
『こやつ、弱っておる!!』
サラマンダーが頭の中で叫んだ。
『予想通り、結界の中に閉じ込められておったから餓死寸前なのじゃッ!!』
僕とアニタさんが考えた作戦は二つある。
前提として――恐らく、ドラゴンは結界に閉じ込められたせいで弱っていると僕らは予想していた。そこで、ドラゴンがどの程度弱っているかを見極めた後、二通りの戦略を考えた。
一つ目。
ドラゴンが相当弱っているようなら、一気に畳みかける。
二つ目。
ドラゴンがあまり弱っていなさそうなら、僕が足止めして、もう一度結界を張り直す。
要するに、僕らは三ラウンド目を想定していた。
元々、アニタさんは苦肉の策としてドラゴンを結界に閉じ込めたわけだが、後にこれが想像以上に戦略として理に適っていることに気づいた。ここは洞窟の中で食べ物が少ない。アニタさんは予期せぬ形でドラゴンを兵糧攻めしていたのだ。
兵糧攻めが有効なら焦る必要はない。
倒せそうなら倒すが、倒せなければ再び兵糧攻めに切り替えればいいだけだ。
作戦の肝となるのは、ドラゴンがどこまで弱っているのか正しく見極めること。
その判断は、一度このドラゴンと戦っているアニタさんが負うことになっていた。
「《アクア・ウェーブ》ッ!!」
アニタさんが水の波を放つ。
ドラゴンは波に足をすくわれて身動きできずにいた。
ここは洞窟の中。ドラゴンが潜むだけあってこの辺りの空間は広々としているが、それでも天井の岩盤は厚く、ドラゴンが翼を広げて飛ぶことはできない。
ならば足さえ潰せば機動力を完全に封じることができる。
「ブレスが来るよっ!!」
ドラゴンの口腔が毒々しい緑色に発光していた。
次の瞬間、巨大な毒の塊が吐き出される。
狙いは――僕だ。
アニタさんはこの毒の砲撃を受けてしまったせいで撤退を余儀なくされた。
このブレスの威力は間違いなく強烈で、直撃すれば作戦が破綻してしまうだろう。
だから――絶対に避ける!!
「《ブレイズ・アルマ》ッ!!」
真紅の炎が身体を覆う。
目にも留まらぬ速さで砲撃を避けた僕は、ドラゴンの死角に潜り込んで《ブレイズ・ストライク》を放った。
再びドラゴンが悲鳴を上げる。
ドラゴンは僕たちに背を向け、何処かへ移動しようとしたが――。
「逃がさないっ!!」
先回りしていたアニタさんが、氷の槍でドラゴンの足を止めた。
ドラゴンがこの洞窟へ入る際に使ったと思しき入り口は、事前に把握している。地の利が欲しいと判断したドラゴンが、そこから外へ逃げ出そうとするのも予測済みだ。
「《ブレイズ・エッジ》!!」
「《アクア・ハンマー》ッ!!」
炎の斬撃。その直後、アニタさんが水でできた巨大な槌でドラゴンの身体を叩く。
ドラゴンが大きく仰け反った。
「――畳みかけるよッ!!」
アニタさんが叫んだ。
一つ目の作戦を選ぶと決めたらしい。ブレスの威力や、攻撃を受けた際の怯みやすさを確認したところで、ドラゴンが相当弱っていると判断できたのだろう。
(サラマンダー、行くよ!!)
『うむッ!!』
全身を真紅の炎が包む。
同時に、煌めく炎が剣を纏う。
以前から練習していた、二つの精霊術の組み合わせ。
肉体強化の効果を持つ《ブレイズ・アルマ》によって、大幅に威力が向上した炎の斬撃――。
「――《ブレイズ・エッジ》ィィッ!!」
ドラゴンの胴体を、灼熱の斬撃が抉った。
全身が火傷してしまいそうな熱風が吹き荒れる。
だが刹那、周囲の大気が凍てついた。
「ここにいる無数の精霊たちよ……お願い、どうか私に力を貸してっ!!」
切実な願いが、何者かに届いたのだろう。
莫大の魔力がアニタさんのもとへ集まり、大規模な術が展開される。
「疑似精霊術――《クリスタル・ランス》ッ!!」
巨大な氷の槍が、アニタさんの頭上に現れた。
通常の魔法として存在する《アイス・ランス》とは比べ物にならないほどの大きさだ。ドラゴンの身の丈を凌駕するほどの氷の槍が、今、放たれる。
ドラゴンの身体から大量の血飛沫が上がった。
その血飛沫が瞬く間に凍る。
緑色の怪物は、やがて全身を氷に覆われて――沈黙した。
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