第13話


『で、外に用事って何のことなのじゃ?』


 洞窟の外に出た僕へ、サラマンダーは訊いた。

 久々に日光を浴びた僕は、軽く伸びをしながら答える。


「色々とやっておきたいことがあるんだ」


 原作のストーリーを思い出す。

 四大精霊サラマンダーと契約したルークは、幼馴染みのアイシャと共に王都にあるシグルス王立魔法学園へ向かう。二人が出発してから学園の入学試験を受けるまで、凡そ一ヶ月の月日が流れるが……この一ヶ月は移動にかかった時間だけではない。


 本当は、村から王都までの道中で幾つかのイベントをこなすのだ。

 それを今から――高速で回収しに向かう。


(一つ目のイベント、アイシャの回復魔法のチュートリアル)


 原作のルークは、王都へ続く街道を進む途中でハウンド・ウルフという狼型の魔物と遭遇する。

 この魔物との戦闘では、アイシャの回復魔法のチュートリアルが行われる。


 本来遭遇する日程から大きく逸れているため、見つからないと思ったが、念のため確認しに向かうと原作通りに魔物と遭遇した。ひょっとしたらイベントとは関係ない個体かもしれないが、どのみち見つけた以上は退治しておく。魔物は人を見たら積極的に襲ってくるので、倒しておくに越したことはない。


「サラマンダー、剣に炎を纏わせてくれ。纏わせるだけでいい」


『了解なのじゃっ!!』


 今の僕なら精霊術を使う必要すらない。

 すれ違いざまに二体のハウンド・ウルフを切断する。刀身は何の抵抗もなく魔物の肉体に沈み、ジュッ、という音がしたかと思えば次の瞬間には魔物が焼き切れていた。


 速やかに全ての魔物を倒す。……油断する気はないが、ひたすら格上の魔物と戦ってきた僕が、今更この程度の魔物に後れを取ることはない。


 回復魔法のチュートリアルを、僕は一切傷つくことなく済ませた。

 走って次の目的地へ向かう。


(二つ目のイベント、持ち主がいない馬車)


 原作のルークは、王都へ向かう途中で魔物に襲われている馬とボロボロの荷台を見つける。

 本来ならルークはここで馬を助け、馬車を入手する。ゲームシステム的には、ここで初めて徒歩以外の、馬車という移動手段を選択できるようになるわけだ。ちなみにその馬車は王都のとある施設に格納することができ、ストーリーを進めることで色や模様を自由にカスタマイズできるというこだわり要素として楽しめる。


 通常なら村を出て五日目に始まるイベントだが、既に二十日近く経過している。

 流石にもう馬はいないか……と思っていたが、


『ルーク、馬が襲われているのじゃ!!』


 まだいた。

 馬がいる場所も、馬を襲っている魔物も原作とは完全に異なる。ただ馬だけは原作とそっくりの見た目なので、恐らく同一の個体だった。


「サラマンダー、肉体強化!」


『うむ!』


 馬はレッド・ベアという赤い熊のような魔物に包囲されていた。

 このままでは間に合わない。そう判断した僕は精霊術を発動する。


『猛き大火よ!』


「我が身に宿り闊歩せよッ!!」


 炎が全身を包む。


「――《ブレイズ・アルマ》!!」


 紅炎の鎧を纏い、僕は走り出した。

 身体能力を大幅に向上する火の精霊術《ブレイズ・アルマ》は、ゲームではただのバフ系スキルとして存在していたが、現実で使うとあらゆる精霊術の中でも群を抜いて使い勝手がいいと気づいた。膂力が向上すればそれだけで行動の選択肢も増える。今後は《ブレイズ・アルマ》を中心に戦術を組み立てていくことになるだろう。


 一瞬でレッド・ベアの背後まで近づいた僕は、すぐに《ブレイズ・エッジ》を放つ。毛むくじゃらの巨躯が両断された。

 残る三体も手早く一掃する。


「取り敢えず、魔物は倒したけど……」


 剣を鞘に収めながら、助けた馬を見る。

 原作のルークは、この馬車を使って王都へ向かうわけだが……今の僕はさっき使った《ブレイズ・アルマ》があり、馬よりも速く移動できる。


 正直、馬はもう必要ない。

 しかしそうなると……この馬、どうしよう。


『この馬、野生でもやっていけると思うのじゃ』


「ほんと……?」


『うむ。「感謝はするが、助けを呼んだつもりはない。俺はこのスリルを求めて野生に還ったんだ。もう人に飼われる気はないぜ」と言っているのじゃ』


 ほんと……?

 そういえば、精霊は自然物と仲がいいという設定が資料に書かれていた気もする。ゲームでは特に触れられていない設定だったので忘れていたが、まさかこんな形で回収されるとは。


「……この辺りは魔物が多いから、もうちょっと遠くで過ごした方がいいよ」


『「お節介は不要だぜ」と言っておるのじゃ』


 ヒヒーン、しか言ってないんだけど。

 しかしサラマンダーも嘘をつく性格ではない。本人(馬)がそう言っているなら、このまま放置してもいいか……。 


 ちょっと調子が狂ったけれど、これで二つ目のイベントは達成ということにする。

 王都までの道中で起こるイベントは、あと一つだ。

 

(三つ目のイベント、ルメリア村の畑荒らし)


 目的地まで少し距離があるため、《ブレイズ・アルマ》を発動して移動する。炎の尾を引きながら僕は街道を駆け抜けた。


 ルメリア村の畑荒らし。このイベントは、ルークとアイシャが道中にあるルメリア村を訪れることで発生する。丁度、今の僕と同じように食料が尽きたルークたちは、村に寄って食べ物と飲み物を譲ってもらうことにした。その際にルークたちは村の宿で一泊するのだが、翌朝になるとなんと村の畑がズタズタに荒らされているという事件が起きるのだ。


 村人たちは外から来たルークたちが犯人だと疑った。ルークたちはその疑いを晴らすために犯人捜しをする。畑に残った足跡や、住民たちの目撃情報を頼りに、ルークたちが辿り着いた真犯人の正体は――野生の魔物だった。


 このイベントを、する。


「――《ブレイズ・エッジ》ッ!!」


 ルメリア村の北部に広がる雑木林。そこに潜む兎型の魔物、エッジ・ラビットを八体討伐する。

 原作では今晩、彼らが畑荒らしを起こす。それを未然に防ぐことに成功した。


『むっ!? ルーク、大きめの魔物がいるのじゃっ!』


 サラマンダーが警告する。

 そうだった、畑荒らしのイベントは最後に中ボスと戦うんだった。

 エッジ・ラビットたちの親玉である、巨大な兎型の魔物――ビッグ・ラビットが襲い掛かってくる。


「接近される前に倒そう」


『了解じゃ! ――気高き炎よ!!』


「疾風に乗って空を射貫け!!」


 ビッグ・ラビットの必殺スキル《超兎蹴り》は、くらうと大ダメージになる。

 避けられる自信もあるが、ここは念のため近づかれる前に倒すことにした。


「――《ブレイズ・ストライク》ッ!!」


 炎の閃光がビッグ・ラビットを貫く。

 倒れ伏した魔物の巨体を見て、僕は一息ついた。


(討伐タイムは四秒、RTAよりも速い。……よかった、ちゃんと僕は強くなっている)


 精霊術の炎が森の木々に移ってしまったので、素早く《アクア・シュート》で消火する。水属性の魔法は思わぬところでも活躍した。


「さて、じゃあ食料を譲ってもらって帰ろうか」


『そうじゃな』


 何事もなかったかのようにルメリア村へ向かい、僕は村人たちから食料を買い取った。


 食料はアニタさんだけでなく僕も三日分にしておいた。当初の予定ではもう一週間ほど洞窟に籠る予定だったが、偶然にもアニタさんと出会って水属性の魔法を学ぶことができたため、最近は洞窟の魔物が相手でも負荷が足りなくなってきたのだ。


 アニタさんがいなくなるなら、丁度いいし僕も王都へ向かうことにしよう。

 次の修行についても色々と考えている。


「……ん?」


 食料を担ぎながら洞窟へ戻ると、その途中で違和感を覚えた。

 洞窟の中――僕とアニタさんがいつも使っている安全地帯の辺りから、凄まじい圧力を感じる。


(なんだ……この、圧倒的な魔力……っ!?)


 空気が重たい。近づくことを躊躇ってしまう。

 これは魔力だ。――この先に、とんでもない魔力の持ち主がいる。


 人だろうか、魔物だろうか。……後者だとしたらアニタさんは無事だろうか。

 得体の知れない存在感に、幾つもの不安が脳裏を過ぎる。


 ポタリ、と冷や汗が地面に垂れ落ちた。

 その音を聞いた瞬間、僕は我に返る。


 ――


 圧倒的な魔力よりも、ルークを演じきれていないことの方が何千倍も恐ろしい。

 ルークはこんなふうに焦らない。ルークはまだ見てもいない相手にこんなに恐怖を抱かない。

 冷静な心を取り戻し、僕は前へ進んだ。


「あ、ルーク君。おかえり」


 いつもの安全地帯に向かうと、そこにはアニタさんが平然と佇んでいた。

 何もない。魔物がいるわけでも、怪しい人物がいるわけでもない。

 僕が感じていた圧倒的な魔力は――アニタさんから感じていた。


「ア、ニタ……?」


「ん? ……あっ、ごめんごめん! 驚かせちゃった?」


 アニタさんはお茶目に謝罪する。


「ようやく毒の治療が完了したの。あの毒、魔力を奪う効果もあったから今まで色々と窮屈だったんだけど……やっと本調子に戻れたよ」


 アニタさんが声を発する度に、強烈な魔力が飛んで来た。

 確かに今までは毒で調子が悪いと言っていた。しかし調子を取り戻しただけで、まさかこんなに存在感が増すとは……まるで別人である。


(これが、Sランク手前の冒険者……っ)


 僕は心のどこかでアニタさんのことを見くびっていたのかもしれない。

 アニタさんはレジェンド・オブ・スピリットの中でも屈指の実力者。彼女自身が朗らかな性格なので今まで意識していなかったが、その強さを肌で感じた今、僕は思わず戦慄してしまった。


「いや、あのね。そんなに驚かなくてもいいんじゃない?」


 アニタさんが苦笑して言う。


「ルーク君も同じくらいだよ?」


「え?」


「うわぁ、自覚なかったんだ……。まあ魔力量が多い人って、最初から多いんじゃなくて、多くなりやすい人のことを指すからね。自覚しにくい人もいるって聞いたことあるけど……」


 その話しぶりから察するに、ここまで自覚がないのは珍しい例だったのだろう。


(サラマンダー……教えてくれてもよかったのに)


『わ、妾は最初から言っておったのじゃ! 伸びしろが凄いと!! 元から才能があると!!』


 魔力量のことまで指しているとは思わなかった。

 しかし、どうりで洞窟の魔物に物足りなさを感じてしまうわけだ。格上の魔物を狩り続けてしばらく、今や僕の方が格上になってしまった。


「……俺たちの修行は、あと三日で終わりか?」


「うん、残念ながらそうなるね」


 いざ終わるとなると寂しい。

 それはアニタさんも同じなのか、ほんのりと悲しそうな顔をしていた。


「ただその前に、ルーク君に一つ頼みがあるんだけど」


 アニタさんは真っ直ぐ僕の目を見つめて言った。


「私の依頼、手伝ってくれない?」

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