第12話


 アニタさんと出会ってから十日が過ぎた。

 その間、僕の行動は完全にルーティン化されている。


 日中はアニタさんに回復魔法を教えてもらい、ひたすら練習。

 夜になると、こっそり安全地帯から離れて一人で修行を始める。


 この日の夜も、アニタさんが眠ったことを確認した僕は、音を立てずに寝袋から出て深夜の修行に向かった。


『来たのじゃ! デス・マンティスが二体と――』


「――タイタン・ゴーレムが一体だね」


 魔物たちが奇声を発してこちらへ近づいてくる。

 以前なら焦ったかもしれない光景。しかし今は冷静に状況を判断できる。


「《アクア・シュート》」


 先頭を走っていたデス・マンティスの頭に、水塊をぶつけてよろけさせる。

 そして――。


「《ブレイズ・エッジ》ッ!!」


 よろけた魔物に炎の斬撃を叩き込む。

 少し多めに魔力を注いだ結果、絶命したデス・マンティスの巨体は後方へ吹き飛び、二体目のデス・マンティスと衝突した。その隙に懐へ潜り込み、再度《ブレイズ・エッジ》を放つ。位置がよかったため、一つの斬撃で二体目のデス・マンティスとその隣にいたタイタン・ゴーレムを纏めて斬り伏せることができた。


「よし、終わり」


 剣を鞘に入れて、一息つく。


『右腕をちょっと怪我してるのじゃ』


「あ、ほんとだ」


 サラマンダーの指摘を受けて、僕はすぐに《キュア》で擦り傷を癒やした。

 以前と違って一瞬で治療が完了する。


 修行の成果が順調に実ってきて、達成感を覚えつつあった。

 特にここ数日、深夜の修行でも魔物と戦うようにしてからはすこぶる調子がいい。


 初めて回復魔法を教えてもらった日はまだ実戦で使うには不安だったため、自傷して回復するという修行をしていた。しかしアニタさんに使いこなせているとお墨付きをもらった今は、実戦の最中でも躊躇なく発動している。


 こうなると、わざわざ自傷するよりも魔物と戦って傷ついた方が効率的だと気づいた。魔力量の底上げにも繋がるし、かつ回復魔法の練習にもなる。今の僕にとって魔物との戦闘はまさに一石二鳥だ。


 しかし、この修行法が思った以上に今の僕と噛み合っていたのか、成果が出るのは素直に嬉しいが…………。


「……あんまり傷つかなくなってきたね」


『うむ! すっかり楽勝なのじゃ!』


「でも、これじゃあ回復魔法の練習にはならないよ。もうちょっと強い魔物と戦おう」


『えっ』


 サラマンダーが藪蛇を突いたかのような声を漏らした。

 徹夜十日目――今の僕は、外傷なら骨折レベルの怪我でも瞬時に治せるようになった。

 だから今更、軽傷を治療したところで大した意味はない。


「魔法にもだいぶ慣れてきたな」


『毎日練習した甲斐があったのじゃ』


「うん。……魔法の練習、結構楽しいんだよね。粘土工作みたいで」


 ルークを演じる……その目標を果たすために全てを捧げる覚悟をした僕にとって、という浮ついた感情は自重するべきだが、モチベーションが一向に下がらないのは幸いだった。


 魔法は面白い。小学生の頃、図工の授業で粘土工作したことを思い出す。創意工夫で魔力をこねくり回し、思い描いた通りの結果を実現できた時の楽しさは格別だ。


 最近は《キュア》を二重に発動することを覚えた。効果範囲は狭いけれど、中級の回復魔法より回復速度が速く、かつ燃費もいいので重宝している。

 アニタさんにそれを伝えると「多重起動じゃん! なんで知ってるの!?」と驚かれた。魔法を二重、三重と展開していく方法はそこそこ難しくて有名なテクニックだったらしい。


『お主には元から才能があったのじゃ。妾の存在は関係なしに』


 それは、どういう意味だろうか?

 僕が魔法を上手く扱えるのは、サラマンダーが普段から魔力の操作を教えてくれるからだと思っていたが……。


『妾と契約したあと、すぐに精霊術を使ったじゃろう? あの時、大部分の魔力は妾がコントロールしておったが、精霊術は契約者のセンスにも依存しているのじゃ。ルークには最初から魔力を扱う才能があった。それも多分、とびきりのじゃ』


「……そっか」


 冷静に考えれば、楽しんで成長できている時点でとてつもない才能なのだ。多くの人は努力の過程で楽しみよりも苦痛を味わい、道半ばで挫折してしまうというのに。


(ルーク……君は本当に、英雄になるために生まれてきたような男だな)


 なのに、大切な仲間を一人失ってしまって本当に申し訳ない。

 決して自惚れることなく、決して油断することなく――僕はアニタさんが起きるまでひたすら魔物と戦った。




 ◆




「ルーク君! 一大事だよ!」


 起床したアニタさんは、鞄の中を見つめてそんなことを言った。


「食糧が尽きました!!」


「……あぁ」


 まあ、いつかはそうなるだろうとは思っていた。

 冒険者ギルドの依頼を受けてこの洞窟に入ったアニタさんは、念のため長期戦を想定していたらしく一ヶ月分の携帯食料を用意していたらしい。しかし僕が来たことによって食料の消費量は二倍になってしまった。


 最初、僕はそれを見越して「食事は自分で用意する」と言ったが、アニタさんは「食事も用意できない師匠と思われたくない!」と言って有無を言わせずに携帯食料を分けてくれたのだ。……僕が野草ばかり食べていることを知ってドン引きしていたので、単なる哀れみかもしれないが。


「じゃあ俺が調達してこよう」


「え、でも私、野草は嫌なんだけど……」


「別に野草しか食べないわけじゃねぇよ」


 もしかして僕のこと、草食動物だと思ってる……?


「実はちょっと外に用事があってな。丁度いいから近くの村で買ってくる」


「そうなんだ。じゃあお金だけ渡すね。……はい、これ」


 アニタさんから貨幣が入った袋を渡される。


「悪いな」


「このくらいは全然いいよ。私、これでもお金持ちだから」


「流石はSランク手前の冒険者だな」


「あれ、私そんなことルーク君に言ったっけ?」


 しまった、原作知識を話してしまった。

 激しく焦燥する。けれどルークとして振る舞うことを忘れてはならない。胸中の不安を隠しつつ、僕はいつも通り自信満々な男を演じて告げた。


「見れば分かるさ。アニタが強いことくらい」


「えっへっへ、分かっちゃったかぁ~」


 アニタさんは得意気に胸を張る。

 純粋な性格の人でよかった。


「で、食料はどのくらい買えばいい? 十日分くらか?」


「うーん……取り敢えず、私は三日分くらいでいいよ」


 思ったよりも少ない。

 不思議に思った僕に、アニタさんは不敵な笑みを浮かべた。


「そろそろ毒が治せそうなんだよね。成分の解析にだいぶ時間かかっちゃったけど……治り次第、依頼をこなしに行くつもりだから」


 ギルドで依頼を受けた彼女には、その依頼をできるだけ迅速に遂行する義務がある。

 そしてそれは、アニタさんとの修行が終わることも意味していた。


「分かった。ならせめて、いいものを買ってくる」


「気が利くね~。それじゃあ楽しみにしてるよ」


 ひらひらと手を振るアニタさんに軽く笑いかけ、僕は洞窟の外に出た。


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