第11話


 アニタ=ルーカスにとって、ルークという少年は初めて出会うタイプの人間だった。


 最初に驚いたのは、その強さである。

 毒で調子を崩しているアニタは、デス・マンティスに急襲されたところをルークに助けられた。その時に見た光景は今でも鮮明に覚えている。視界の片隅で何かが煌めいたかと思いきや、次の瞬間にはデス・マンティスの頭部が炎の閃光に貫かれていたのだ。


 冒険者ギルドは、デス・マンティスの脅威度をB級と認定している。

 ベテランの冒険者だけでチームを編成して戦うことが推奨されている魔物だ。それを子供が一人で、しかも一撃で倒せるなんて、極めて稀な実力者である。


 後にルークが精霊と契約していると聞いて納得した。一先ず強さの根拠だけは理解できた。だがどちらにせよ稀なことには違いない。まだ子供の身でありながら高位の精霊と契約できるとは……正直、魔法使いとして嫉妬を覚えてしまう。


 次にアニタが驚いたのは、ルークの凄まじい覚悟だった。

 魔法を学びたいというルークに、その理由を尋ねると彼は答える。


「俺は――英雄になりたいんだ」


 子供じみた夢だと思った。

 だが、笑えなかった。不思議なことに、どうしても馬鹿にできなかった。


 英雄になるという目標を告げた時のルークは、とても強い意志を宿しているように見えた。その瞳はまるで台座に嵌め込まれた宝石の如く揺るぎない光を灯しており、彼の口から放たれる声には火傷してしまいそうな熱量が込められていた。


 まるで巨大な炎の塊だった。

 人の形をした覚悟の結晶だった。

 思い出すだけでも肌が粟立つ。あの時アニタは、まるで伝説の幕開けを目の当たりにしたかのような高揚感に包まれていた。


 この少年は、いつか英雄になるに違いない。

 口には出さないが、そう思った。


 ルークが英雄になるとしたら、彼に魔法を伝授している自分はやがて英雄の師匠と呼ばれるわけか。……そう思うと無意識にやる気が出て、真剣に魔法を伝授した。


 そして――――今。

 アニタはまた、ルークの新しい一面を見て驚いている。


「アニタ、中級の回復魔法を教えてくれ」


「……いやいや。昨日、初級を教えてばかりなんだから、まずはそっちを完璧に使いこなせるようになってからじゃないと」


「これでどうだ?」


 そう言ってルークは、怪我を治療する魔法《キュア》を発動した。

 この場には負傷者がいないため不発に終わるが、水属性のエキスパートであるアニタは魔力の流れを見るだけで大体の熟練度を把握できる。


 結果は……完璧だった。

 昨日までは雑な部分も多く、荒削りもいいところだったのに……完璧に仕上がっている。


「俺としては使いこなせているつもりだが」


「……そう、だね。これなら中級を教えてもいいかも」


 動揺を押し殺しながら、アニタは中級魔法の伝授を認めた。

 どの魔法を教えるか検討しているフリをしながら、アニタはルークについて考える。


(……やっぱり、天才どころじゃないな)


 成長速度が早すぎる。

 高位の精霊と契約しているとはいえ、それを考慮した上でも明らかに早い。


 そもそも《キュア》のような回復魔法は、傷を治療するという特性上、練習すること自体が難しいはずだ。都会の施療院で朝から晩までひっきりなしに患者を治療する、そんな日々を何日も過ごすことでようやく成長を実感できるものである。


 そんな魔法を、よくもまあ一晩でここまで使いこなせるようになったものだ。多分どこかのタイミングで隠れて練習していたんだろうが……正直、度肝を抜かれた。サプライズだとしたら大成功である。


 ルークは魔力量も多い。格上の魔物を積極的に倒して効率的に魔力量を底上げしたのだろう。

 魔力量が多ければ、それだけ魔法を多く発動できる。つまり試行回数を増やせる。練習の効率はより高くなるはずだ。


 少し見くびっていたかもしれない。

 いや、見くびっていたわけじゃない。

 最初からルークが優れていることは予想していたが、想像以上に優れていた。


 ルークの素質は、高位の精霊と契約していること……この一点に集約されるものだと思っていた。

 しかし違った。どうやら精霊とは無関係に、ルーク自身にも圧倒的な才能があるらしい。


 なるほど、英雄を夢見るだけはある。

 この少年には、十分その資格が備わっているように感じた。


「アニタ、《キュア》の応用について訊きたいんだが、この魔法は密度を上げることで回復の速度も上げられるんじゃないか?」


「ああ、うん。よく分かったね。魔力を固形化する際に範囲を絞れば、その通りの結果になるよ。難しければ硬い外殻を作るようにして……」


「魔力が外に漏れないよう、閉じ込めればいいわけか。……こんな感じだな」


 なんでそんなに早く習得できるのぉ……?

 自分の時と比べてしまい、アニタの胸中に複雑な感情が渦巻く。


「ぐぎぎ……」


「久々に聞いたな、その声」


「私の中で、ぶっちぎりで嫉妬の心が勝っています……」


「決着がついていたか」


 多くの魔法使いが羨むものを、ルークは持っている。

 だが嫉妬こそしても恨みはしない。何故ならルークは才能の上にあぐらを掻いていないからだ。

 こうも直向きに魔法を研鑽している姿を見せられれば、恨む気持ちも消え失せる。


 アニタの冒険者ランクはA。全冒険者の中でもAランクに到達できるのは一割未満とされており、非常に優れている部類だ。しかもアニタはAランクの中でも最上位のSランクに限りなく近い実力を持つため、冒険者界隈ではとも言われている。


 そんな自分にとって、ルークとの出会いは神様からのメッセージかもしれない。

 世の中は広い。世間からはニアSランクと持て囃されているみたいだが、お前より才能のある人間は山ほどいるから増長するなよ? ……そんな天啓を受けた気がした。


(まあ、魔物に負けたばっかりだし、増長なんてしないんだけどね……)


 神様……これ、ただの追い打ちなんですけど……。

 ルークを恨むことはない。しかし代わりに、アニタは神様を恨んだ。


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