第10話
その日はアニタさんの予備の寝袋を借りることができた。
毒が回復するまで暇だったアニタさんはこの洞窟を一通り散策してみたらしく、魔物を警戒する必要がない安全地帯を幾つか見つけていた。そのうちの一つで僕とアニタさんは寝袋に入り、明日からまた水魔法の修行をしようと約束を交わしてそれぞれ眠りにつくことにした。
しばらくすると、隣の寝袋から規則正しい呼吸の音が聞こえる。
僕は閉じていた目を開き、サラマンダーに呼びかけた。
(アニタさん、寝たかな?)
『多分、寝たのじゃ』
念のためサラマンダーにも確認を取ってから、僕は静かに立ち上がり、眠っているアニタさんから離れた。
肌寒い洞窟の中を歩く。
「……ふぅ」
人と関わっている時は、常にルークとして振る舞うことを意識していた。
自分で決めてやっていることだが、やはり疲労はしてしまう。
「サラマンダー。アニタさんと話している時の僕、どうだった?」
『どういう意味じゃ?』
「ちゃんと自信に満ちた男だと感じてくれたかな? 堂々としていて、かっこいい……強くて熱い男を演じられていたかな?」
不安のあまり声が震えてしまった。
そんな僕に、サラマンダーは少し考えてから答える。
『少なくとも妾が見た限りでは、お主の本性に気づいた様子はなかったのじゃ』
「そっか。なら、いいんだけど」
『……そんなに気にする必要はないと思うんじゃが』
「ある。僕にとって一番大事なことだよ」
それこそが僕の存在意義である。
あの日、耳にした言葉は今でもふとした時に思い出す。
――ルークらしくないよ。
大切な幼馴染みが……本来ならこれからも一緒に旅するはずだったの仲間が、最期に口にした言葉。あの一言があったおかげで僕は己の悍ましい罪を自覚できたのだ。
「うぷ……っ」
不安が限界に達し、吐き気を催す。
今日の僕はちゃんとルークっぽく振る舞えただろうか? アニタさんに内心では疑われていないだろうか?
ひょっとしたら偉そうな口を利くクソ餓鬼だと思われているかもしれない。――それは絶対に避けねばならない。ルークは確かにがさつな男だけど、何故かそれを許してしまえるような凄まじい貫禄を持っているのだ。だから舐められるわけにはいかない。僕の知っているルークは誰からも見下されない最強の英雄である。
「……修行をしよう」
元々、修行をするために敢えて眠らなかったのだ。
これ以上、膨らみ続ける不安と向き合っていると頭がどうかしてしまいそうになる。だから当初の目的を果たすことにした。
『オーバーワークではないか? 魔力は残っておるが、身体の疲労はあるのじゃ』
「大丈夫。そのために回復魔法を学んだから」
体内の魔力を練り上げ、アニタさんから学んだ魔法を発動する。
「――《バイタル・ヒール》」
淡い水色の光が僕の全身を包んだ。
水属性の初級魔法である《バイタル・ヒール》。本来なら微熱や酩酊状態など軽度の体調不良を改善するために用いる魔法だが、実はこの魔法には睡魔を退ける効果もある。
設定資料集の片隅に書いていたことを記憶していてよかった。魔力量を底上げした甲斐もあり、少し多めの魔力を注ぎ込んだ結果、熟睡した直後のような活力が身体中から湧いてくる。
「よし、成功だ。これで睡眠時間を鍛錬にあてることができる」
我ながら妙案を思いついた。
これからは一睡もせずに効率よく鍛錬を積むことができる。
『……妾、水属性は嫌いじゃ』
「まあ、正反対の属性だしね」
『そういうわけではない……』
魔力生命体である精霊の場合、属性が相反すると性格も相反するのだろうか……なんて考えていたが違うらしい。しかし原作のサラマンダーは、水の四大精霊であるウンディーネと仲が悪かったし、あながち間違いではない気もする。
「次は《キュア》の練習をしよう」
『傷を癒やす魔法じゃな』
「うん。……ていっ」
僕は剣で自分の左腕を浅く斬った。
『ななななな、何をしているんじゃっ!?』
「傷を治す魔法なんだから、傷がないと練習できないでしょ」
『だ、だからといって、自分で自分の身体を傷つけるなど……っ』
「大丈夫、すぐに治るから」
左腕に《キュア》を発動する。
アニタさんみたいに一瞬で治癒はできないが、浅い傷だったため一分も経てば完治していた。
確か《キュア》の魔力消費量は、《ブレイズ・エッジ》の十分の一。
しばらく休んで魔力も回復させれば、次の朝までに百五十回は練習できそうだ。精霊術と違って通常の魔法は燃費が軽くて練習もしやすい。
『……妾は、お主が人としての何かを失いそうで恐ろしいのじゃ』
「仕方ないよ」
不安そうに告げるサラマンダーに、僕は答えた。
「僕は人である以前に、ルークでなくちゃいけないんだから」
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