第9話


「アニタ」


 焚き火の用意をしているアニタさんへ声を掛ける。


「なに? あ、もしかして集中力が切れた? まあ魔法の練習って、最初は成果が見えにくいからしんどいと思うけど、そこを頑張りさえすれば一気にコツが――」


「できたぞ」


 そう言って僕は掌を前に出す。

 掌の上には、水属性を付与された魔力がふよふよと浮いていた。

 そんな僕を見て、アニタさんは盛大に顔を引き攣らせる。


「………………うわぁ、天才だぁ」


「どういう感情なんだ」


「称賛と嫉妬が私の中で激しく戦っています」


 ご愁傷様です。


「じゃあ、今度はそれを両手で一つずつ作ってみようか」


「こうか?」


「……ぐぎぎ」


 アニタさんが唸った。

 嫉妬を抑えることに必死なようだ。


「まあ……正直、ルーク君に魔法の資質があることは予想していたけどね」


「そうなのか?」


「ルーク君は順序がちぐはぐなのよ。本来、精霊との契約は魔法使いにとっての終着点と言っても過言ではない。つまり一般的には、魔法を極めた果てに精霊術がある。ところがルーク君はその真逆で、先に精霊術を覚えちゃったわけ」


 アニタさんは流暢に説明した。


「大は小を兼ねるって言ったらいいのかな。精霊術は高度な魔法とも言えるから、それを扱えるルーク君は無意識に魔法の技術も身についていたんだよ。たとえば――」


 アニタさんは掌を軽く開いた。

 その上に魔力の塊が生み出される。形は単純な球体だが、複雑な編み込みのようなものが表面を覆っており、更に高速で回転していた。外側と内側で色がグラデーションになっており、ただの魔力の塊だというのに非常に美しく感じる。


「これ、魔力をこねくり回して出力しているんだけど、真似できる?」


「……いや、何をしているのかすら分からない」


「じゃあルーク君の精霊に頼んでごらん?」


 精霊に?

 意図は読めないが、言われた通り頼んでみる。


(サラマンダー。あれ、真似できる?)


『ふむふむ……多分、こんな感じだと思うのじゃ』


 掌の上に火属性の魔力が出力される。

 サラマンダーは火属性の魔力生命体なので、彼女の力を借りる以上は必ず火属性が付与されるが、それ以外は完璧にアニタさんの技術を再現できていた。


「って感じでさ、ルーク君は普段から精霊に高度な魔力制御を代行してもらっているんだよ。精霊は魔力の扱いに長けているからね。……そして契約した人間はその感覚を学習することができる。今ならルーク君でも自力でできるんじゃない?」


「……本当だ」


 反対の手で再び挑戦してみると、今度は上手くいった。

 アニタさんが何をやっているのか未だに全容は理解できていないが、今の僕にはサラマンダーの真似をするというやり方があるので、理解が追いつかなくても感覚で実現できるのだろう。


 精霊術を使うルークには、魔法の才能もあるかもしれないという僕の仮説は正しかったわけだ。

 もっとも、アニタさんほど詳細を詰めて推測していたわけではないが。


「驚いたな」


「自分の才能に?」


「いや、アニタに。アニタは人にものを教えるのが上手いな」


「そ、そうかな? えへへ……その褒められ方は初めてかも」


 アニタさんが嬉しそうに頬を掻く。


「ちなみに、その、これは後学のために訊きたいんだけど……ルーク君はどうやって精霊と契約したの?」


 アニタさんも精霊と契約したいという欲望はあるようだ。

 まあ、魔法使いは精霊との契約に憧れるものだから、不自然ではないと思う。


「実はよく分からないんだ。気がつけば俺の傍にいたしな」


「そ、そんなことあるんだ」


「レアケースな自覚はあるぜ」


「レア過ぎて参考にならないよぉ……」


 アニタさんは残念そうに溜息を零す。


「精霊との契約は、極端に言えば精霊に気に入られさえすれば誰でも可能なわけだし、そういうケースもあるのかなぁ? ……精霊にも単純接触効果があるとしたら、物理的な距離の近さはヒントになる? どこかで論文が発表されてたような……」


 アニタさんがブツブツと何かを呟く。本格的に思考に耽ってしまったようだ。

 魔力生命体である精霊は、魔法を上手く扱える人間を気に入りやすい。そもそも彼らは普通の人間を「魔力の扱いが下手な劣等種」として見下しているのだ。だから魔法の腕があれば同格として認めてもらえるようになり、その先の関係性も育みやすい。


 それ故に、精霊と契約したいなら魔法を極めろと世間では言われているが……実際に精霊と契約するのに魔法の腕は必要ない。精霊と人間、双方の合意さえあれば契約は交わされるのだ。


 だから僕みたいに魔法のことなんてちんぷんかんぷんでも精霊と契約できるケースはあるし、逆にアニタさんのような卓越した魔法使いが精霊と契約できないケースもある。


「っと、いけない。また考え過ぎちゃった」


 アニタさんは学者気質なところがあるようだ。

 ゲームをプレイしている時はそんなふうに感じたことなかったけど……五年後には直っているのかな。


「ルーク君が羨ましいよ。私は極小精霊に簡単なお願いをするくらいしかできないから」


「そっちの方が技術的には難しいんじゃないか?」


「まあ、そうだね。私以外にできる人はあんまり見ないかも」


 精霊は三つに区分される。

 単純な意識しか持たない極小精霊、契約を交わすことで人に力を貸してくれる独立精霊、そして独立精霊の中でも抜きん出て強力な四大精霊だ。


 極小精霊は精霊としての規模が小さいため大した力を持っておらず、会話もできない。サラマンダーは高位の精霊なので人と同じように関わることが可能だが、極小精霊とのやり取りは動物のそれに近いらしい。しかし代わりに極小精霊は契約しなくても力を貸してくれる。


 独立精霊が苦楽を共にする相棒なら、極小精霊はその場限りの協力者である。

 契約しないからついて来てもらうことはできないし、必要な時に傍にいてくれるとも限らない。……そんな極小精霊を活用して戦うのはかなり難しいはずだが、アニタさんにはそれができるようだ。


、か。……このアニタという女、いい魔法使いなのじゃ』


 極小精霊は意思が薄弱であるため、魔法使いの中には「極小精霊は人が使役するもの」という認識を持っている。しかし精霊からするとそれは尊厳を汚されることに等しい。極小精霊に屈辱という感情はないが、同じ精霊である独立精霊たちが屈辱を感じるのだ。だからサラマンダーはアニタさんが「お願いをする」と口にした時、感心したのだろう。アニタさんは極小精霊を対等な相手として見ている。


「それじゃあ試しに水属性の魔法を使ってみようか。《アクア・シュート》くらいならもう使えるでしょ?」


「ああ。……魔物と戦ってみるか?」


「ううん、流石にいきなり実戦で運用するのは難しいから……」


 アニタさんが僕から少し離れてからこちらを見る。


「取り敢えず、私に撃ってみて」


「……いいのか?」


「大丈夫! お姉さんのことを信じなさい!」


 アニタさんが胸を叩いて言った。

 僕はアニタさんに掌を向け、魔力の操作に集中する。


「全力を出していいからね~!」


 じゃあ遠慮なくやらせてもらおう――と思うのがルークである。

 ルークに躊躇という感情はない。僕は掌に魔力を集中させた。


 形状を球体に固定。

 同時に水属性を付与。

 起動後の射出方向と速度を設定する。


(もうちょっと密度を上げられそうだな)


 威力を更に高められることを感覚で察し、より多くの魔力を練り上げた。

 拳大だった水の塊が、気づけば人間の頭部ほどに……そして更に大きく膨らみ、バスケットボール二個分のサイズになる。


「――《アクア・シュート》!!」


 巨大な水の塊が、アニタさんへと放たれた。


「《アクア・シールド》!!」


 アニタさんの正面に水の盾が展開される。

 水塊が着弾すると――ドゴンッ!! と轟音が響き、辺りの地面が揺れた。


(……威力が高すぎたかも)


 水属性の中でも初歩の魔法である《アクア・シュート》。

 以前アイシャが使っていたので分かるが……本来こんな強力な魔法ではない。


 やばい、アニタさんは大丈夫だろうか。

 冷や汗を垂らしていると、砂塵の中に人影が見えた。


「…………天才どころじゃないな、これ」


 アニタさんは小さな声で呟いた。


「びっくりしたよ。今の、私じゃなかったら危なかったかも」


「そんなに威力があったのか?」


「中級魔法くらいの威力はあったよ。制御も上手くできてたし、これなら基本的な回復魔法は今すぐ覚えられかも」


 それは助かった。

 しかし安心すると同時に僕は疑問を抱く。


「アニタ。今更なんだが、それだけ強いのにどうして魔物にやられそうになったんだ?」


 それも、僕が倒せる程度の魔物に。

 純粋な疑問をぶつけてみると、アニタさんは言いにくそうに答えた。


「毒を貰っちゃってね」


「毒?」


「元々、私はギルドの依頼でこの洞窟に入ったの。洞窟の奥に厄介な魔物がいるから倒してほしいって言われてね。ただ、それが思ったよりも強くてさ~、辛うじて撤退はできたんだけど無傷とはいかなくて」


 そう言ってアニタさんは長い靴下を下ろす。

 アニタさんの右足が紫色に染まっていた。


「こんな感じ。かなり強い毒だから回復魔法の効果も薄くて……実は今、本調子とは程遠いんだよね」


「……だからここで休んでいたのか」


「そ。治るまで暇だったし、ルーク君と出会えたのは運がよかったよ」


 その場合、運がよかったのは僕の方である。

 あまりこういうことを言いたくはないが、アニタさんがここで休憩しているおかげで僕は魔法を学ぶ機会を得られたわけだ。


 しかし、原作にそんな展開があっただろうか?

 この時代のアニタさんがダンジョンを探索していたという情報はどこにもなかったはずだ。……語られるほどのイベントではないというだろうか。


「今のでルーク君の異常っぷりも分かってきたから、そろそろ回復魔法を教えよっか。……何を覚えたい?」


 遂に天才ではなく異常と言われたか。

 若干複雑な気持ちになったが、それは堪えるとして……僕は答える。


「それじゃあ――」


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