第15話


「やった、のか……?」


 氷像と化したドラゴンを見て、僕は呟く。

 その背後から、トタトタトタと軽い足音が聞こえ――。


「やったーーーーーーーーーーーーーーー!!」


「ぐふっ!?」


 アニタさんに、思いっきり飛びつかれた。


「いや~、思ったよりあっさり倒せたね~! ルーク君がいてくれたおかげだよ~~~~!!」


「う、嬉しいのは分かるが、離せ……」


「な~に~? 照れてんの~? うりうり~~~」


 テンションがハイになっているのか、アニタさんが頬を擦り付けてくる。

 恥ずかしいけれど、おかげでようやく実感できた。

 僕たちは――勝ったんだ。


『驚いたのじゃ』


 サラマンダーの声が頭の中に響く。


『周囲にいる極小精霊たちに協力を求め、精霊術を再現するとは。……技術は素晴らしいが、極小精霊たちが言うことを聞いてくれるどうかは完全な気分次第。正直、不発に終わる可能性もあったのじゃ』


 どうやらアニタさんは綱渡りなことをしていたらしい。

 まあ、アニタさんのことだから次の手も用意はしていたのだろう。その上で極小精霊に頼ることがベストだと判断したのだ。


 実際、僕もこんなにあっさりとドラゴンを倒せるとは思っていなかった。アニタさんが最後に放った精霊術……あれの威力がとんでもなく高かったのだ。


「ルーク君! 実はね! 実はねっ! 緊張するかと思って敢えて黙っていたんだけど、あの魔物、ネームドなのっ!!」


「ネームドって……強すぎて二つ名をつけられている魔物だったか」


「そう! そのネームドを倒したんだから、私たち一気に名が売れるよっ!!」


「へぇ、そいつはいいな。英雄に一歩近づいたぜ」


 きっとルークもこんなことを言われたら満面の笑みで喜ぶだろう。

 だが同時に、僕の脳裏に薄らと何かが過ぎる。


(……あれ?)


 アニタ=ルーカス、ネームド、ドラゴン……これらのキーワードになんとなく聞き覚えがある。

 嫌な予感がした。

 まだ、戦いは終わっていないような――。


「ん?」


 考え込む僕を他所に、アニタさんが小さな声を発する。


「なんだろう、この穴。まだ先に何かあるような……」


 アニタさんはドラゴンの後方にも大きな空間が広がっていることに気づいた。

 暗くて先が見えないので、アニタさんは入り口の辺りで首を傾げている。

 刹那――暗闇から、毒の砲撃が飛来した。


「アニタッ!?」


 あまりにも唐突なことだった。

 アニタさんは咄嗟に氷の盾を正面に出したが、衝撃までは防ぐことができず激しく吹き飛ぶ。

 地面に転がったアニタさんは、苦悶の表情を浮かべた。


「ごめん……しくった、かも……」


 毒を受け止めきれなかったのか、アニタさんの身体は毒々しい紫に染まっていた。

 洞窟の中から、深緑の鱗を纏った竜が現れる。


「二体目…………っ」


 敵戦力の誤算。

 そんな単純なことをしてしまうなんて。


 よく見ればそのドラゴンは、一体目と比べて一回り身体が小さい。

 なんとなく状況が読めてきた。


「……子供だ」


 目の前にいるドラゴンは、恐らく僕らが倒したドラゴンの子供である。


「あのドラゴンは最初からずっとここで子育てしていたんだ。誰にも悟られないよう、慎重に……」


 アニタさんによると、僕たちが倒したドラゴンはとても狡猾だったらしい。幼体の間は姿を潜め、成体になってからも人の多い街ではなく小規模な村ばかりを襲っていたとのことだ。


 だから、子供を隠す頭脳があった。自分と同じように、子供にも成体になるまで洞窟から出ないよう命じていたのだろう。あのドラゴンは、子供の存在が明るみに出れば危険を招くことを知っていたのだ。


 ――どうする?


 状況がひっくり返った。

 最大の懸念はアニタさんが毒を受けてしまったことである。申し訳ないが、今のアニタさんは戦力に数えられない。


 子供と言っても、見たところ限りなく成体に近い身体つきをしている。

 あと数日も経てば親と一緒に外へ出ていたのかもしれない。このタイミングで邂逅したのは、幸運と言っていいのか不運と言うべきなのか……。


『来るのじゃっ!!』


 サラマンダーの警告が聞こえたと同時に、僕は反射的に飛び退いていた。

 ポイズン・ドラゴンの爪が、先程まで僕の立っていた地面を抉る。


 その動きはまだ止まらない。

 ドラゴンの尾が頭上から迫った。紙一重で尻尾を避けた僕は、冷や汗を垂らす。


「速い――っ!?」


『このドラゴン、餓えておらんのじゃ! 恐らく、あの親となるドラゴンが食べ物を与え続けていたんじゃろう……!!』


 自分の分も――と、後に続く言葉をサラマンダーは引っ込めた。

 僕の戦意を喪失させないための気遣いだろう。


 今、このドラゴンはどんな気持ちだろうか?

 親と共に結界で閉じ込められ、巣に残っている数少ない食料を殆ど自分だけが受け取って……そのせいで餓死寸前に追い込まれた親は、最後、自分たちを閉じ込めた人間に殺された。


 ドラゴンは怒り狂っている。

 その気持ちを想像すると、胸が苦しくなりそうだ。


 ――揺らいでたまるか。


 それよりも考えなくちゃいけないことがあるはずだ。

 ドラゴンによって滅ぼされた村。思い入れのある場所を失ってしまったアニタさん。

 怒りを覚えているのはドラゴンだけではない。


 覚悟を決めた僕の前で、ドラゴンの口腔が光る。

 ブレスだ。しかも今までのものとは比べ物にならないほどが大きい。


 ドラゴンがブレスを放った。

 その狙いは、僕たちではなく――天井の岩盤だった。


「っ!?」


 毒の砲撃が天井に触れた瞬間、轟音が耳を劈いた。

 激しい地響きに、僕は剣を杖代わりにして辛うじて転倒を免れる。

 舞い上がった砂塵が、風に流されて霧散した。


 ……


 なんで風があるんだ。

 ここは洞窟の奥底なのに……。


「そ、んな……っ」


 アニタさんが天井を見て青褪めた顔をした。

 すぐに僕も現状を把握する。

 決して壊れることはないだろうと思っていた天井の岩盤が粉々に破壊されていた。その先に見える青々とした空から明るい陽光が差し込んでいる。


『こやつ、逃げる気じゃっ!!』


 サラマンダーが叫んだ。

 僕は飛び上がるドラゴンに向かって、剣を突き刺す。


「逃が、すかぁ――ッ!!」


 剣が深々とドラゴンの肉に刺さった。

 ドラゴンはそのまま僕を引き摺って浮上する。


「アニタ!!」


「追って!! 私は大丈夫だから……っ!!」


 この洞窟には危険な魔物がたくさんいる。怪我人のアニタさん一人を置いていくのは恐ろしかったが、同時にこのドラゴンがみすみす外に出ることも恐ろしかった。


 アニタさんのことを信頼し、僕は強く剣を握り締める。

 ドラゴンは高く飛び立った。


「ぐう……ッ!?」


『振り落とされんよう注意するのじゃ!!』


 強風に何度も振り下ろされそうになるが、必死に剣にしがみつく。

 あまり遠くにいかれるとアニタさんが追いつけない。サラマンダーに炎を出してもらい、ドラゴンの身体を燃やした。


 ドラゴンが悲鳴を上げて落下する。

 地面に下りると同時に受け身で衝撃を和らげた僕は、辺りの状況を確認した。


「ここは……村?」


 簡素な木造の小屋が並び、耕された畑と放牧された動物がいる。

 村だ、間違いなく。だが原作を熟知しているはずの僕は、何故かその村の存在を知らなかった。


「なんだ、この村……? こんなところに村なんてあるはずが……っ!?」


 原作の知識が通用しないことに動揺する。

 そんな僕を他所に――。


『マズい……人が、いるのじゃ……っ!!』


 サラマンダーが焦燥する。

 それが正常の反応だった。僕も改めて現状を把握する。


 突如現れたドラゴンを見て、村人たちは絶望していた。

 彼らには申し訳ないが、本当に絶望したのは僕たちである。村人たちを守りながらあのドラゴンと戦うのは至難の業と言えるだろう。


 しかしその瞬間、僕の中にいるルークが告げる。


 ――――絶対に守れ。


 犠牲者を出すな。

 ルークの掲げる英雄の条件が、僕の背中にのし掛かった。


 守れ。

 守り切れ。

 それこそが、ルークになるための試練だ。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る