第2話
ルークに転生してから数日が経過した。
その間、僕は村の住人から情報収集して、やっぱりこの世界はレジェンド・オブ・スピリットなのだと確信することができた。
ここはラーレンピア王国の片隅にあるリメール村。
僕とアイシャは、この村にあるヴェンテーマ孤児院という施設で生まれ育った。
だから僕の名前はルーク=ヴェンテーマだ。アイシャとファミリーネームが同じだけど、僕たちに血の繋がりはない。いわゆる幼馴染みのような関係だった。
恐らく、しばらくするとイベントが発生して、僕は村から旅立つことになる。その時はアイシャも一緒だ。
その日が訪れるまでの準備として……僕は孤児院の裏で剣を振っていた。
「九十七、九十八、九十九……っ」
百まで数えたあと、休憩を挟む。
素振り百回の三セット目が終了した。木剣は軽いけれどこれだけ振っていると流石に手が痛くなってくる。掌を見るとマメが幾つかできていた。
(設定集によれば、旅立つ前のルークは毎日素振りをしていたらしいけど……どのくらいしたらいいんだろう? 一日五時間くらいでいいのかな?)
ルークに剣の才能があると発覚するのは、村を出て王都で過ごすようになってからだ。しかし僕は最初からルークの才能を知っているので、剣を振る度にその先天的な素質を実感していた。
(……素振りをするだけでも、明らかに剣の腕がよくなっている)
ハイスペックすぎて泣きたくなってきた。
前世が凡人だっただけに、才能の差を感じてしまう。
最初は一振り一振りが覚束無い感じだったのに、今では自分でも見惚れるくらいの綺麗な太刀筋で素振りができていた。前世で剣道もやったことがない僕にとって木剣は手に馴染むものではなかったが、今や柄が掌に吸い付いているような、まるで腕と一体化したような感覚を覚える。
左切り上げ、右薙ぎ、踏み込んでからの袈裟斬り。
剣を振るだけで、最適な次の一手が分かる。その一手のために全身をどう運用すればいいのか感覚で理解できる。
(もしかしたら、原作より強くなれるかも)
ルークの剣の才能は本物だ。
原作の知識がある僕なら、この才能をもっと活かせる可能性がある。
「ルーク、また素振りをしてたの?」
背後から声を掛けられる。
素振りを再開しようとすると、アイシャが様子を見に来てくれた。
「まあね。僕の習慣みたいなものだから」
そう答えると、アイシャはくすくすと笑った。
「もう……ルーク、また僕って言ってる」
しまった、また間違えた。
ルークの一人称は俺だ。前世の癖で偶に間違える。
「そんなに似合わないか?」
「うん。ルークがそんな喋り方すると違和感が凄いよ」
一人称だけでない。僕はここ数日、アイシャから口調をよく指摘されていた。
ルークはいつも強気で、熱い男だ。この鮮やかな赤い髪のように、ルークの心はいつも燃え盛っている。ちょっと馬鹿っぽいところもあるけれど、その分、誰よりも真っ直ぐで純粋な人柄なのだ。
前世がインドア派でゲームオタクだった僕に、彼の真似をするのは少々難しい。
できれば一人称くらいは僕にしたかったが、アイシャにそこまで笑われたら直すしかないだろう。
「ルークったら、本当に剣が好きよね」
「ああ。俺はこの剣で英雄になってみせる。絶対だ」
ルークの夢は英雄になることだ。
それはルーク自身が日頃から口にしている言葉であり、いつも本気でそのための努力をしていた。
男なら誰もが一度は抱く英雄願望。ルークはそれを成し遂げるのである。
「英雄になってみせる……ね。だったら夢中になるのも仕方ないかぁ」
アイシャはどこか寂しそうな顔でこちらを見つめていた。
確かにルークは英雄を目指しており、そのために必死に努力している。けれどルークではない僕は、何もかもを原作通りにするつもりはない。
「アイシャ、今日はもう暇なのか?」
「うん。畑仕事も終わったし、今日はもうやることないよ」
「じゃあ俺と一緒にピクニックにでも行かないか? 湖のベンチでのんびり過ごすの、好きだったろ?」
「えっ」
アイシャが目を丸くした。
「い、いいの? いつも私が誘ってる時は、訓練したいからって断るのに……」
「気にすんな。俺はアイシャと一緒にいるだけで嬉しいんだから」
「……っ! じゃ、じゃあ、すぐに準備してくるねっ!」
とても嬉しそうに孤児院へ戻っていくアイシャを見て、僕は満足する。
(原作のルークは、アイシャに対して淡白だったからなぁ……)
なまじ距離感が近い幼馴染みだからこそ、雑な態度になってしまったんだろうけど。
原作のルークはこれから様々なタイプのヒロインと出会う。清楚で慈悲深い聖女様とか、高貴で可愛らしいお姫様とか……そういう個性豊かなヒロインたちと比べると、単なる幼馴染みキャラのアイシャは影が薄くなりがちだった。
しかし、何を隠そう――――僕はアイシャ派である。
優しくて家庭的で、そして何より彼女は最初から最後までずっとルークに一途なのだ。
そんなアイシャの純情さに心打たれたプレイヤーは少なくない。
もし、できることなら……僕はアイシャと結ばれる
「ルーク、お待たせ! 準備してきたよっ!」
孤児院から出てきたアイシャは、しっかりお洒落していた。淡い青色のスカートがよく似合っている。村娘の素朴な雰囲気を、アイシャは純朴なあどけなさに昇華していた。
「サンドイッチ作ってみたの! 一緒に食べようね!」
「ああ、楽しみにしてるよ」
屈託のない笑みを浮かべるアイシャを見ていると、本心からそう答えられる。
と、その時――。
「ルーク、アイシャ。ここにいましたか」
「院長?」
ヴェンテーマ孤児院の院長である女性が、僕たちに声を掛けてきた。
僕たちにとっては親同然の相手だ。確か六十歳くらいだったはずだが、それにしては三十歳くらいの若い見た目をしている。……その理由は知っているが、今は関係ない。
「おや……ふふ、ピクニックにでも行くのかしら? それは邪魔したわねぇ」
「べ、べべべ、別に邪魔なんかじゃないですよ!!」
アイシャは目に見えて照れていた。
「では手短に伝えましょう。……先程、村長さんともお話して、二人が村の外へ出るための試練の内容を決めました」
試練。
そのキーワードを聞いた瞬間、僕は拳を軽く握り締めた。
(来た……最初のイベント)
僕とアイシャは、リメール村の外に出ようとしている。
というのも、一ヶ月前……僕たちに一通の手紙が届いたのだ。
――シグルス王立魔法学園への招待状。
それは王都にある誉れ高い学び舎からの招待状だった。
十年前の世界大戦を終結に導いた英雄シグルス。彼が創設したこのシグルス王立魔法学園に、英雄を志すルークが興味を抱かないはずがない。
何故それが僕とアイシャに与えられたのか、理由は分からなかった。
ただその招待状を受け取って、ルークとアイシャは「行ってみたい!」と思ったのだ。
招待されたといっても、学園に通うには受験に合格しなくてはならない。
もしかしたら単なる手違いで招待状が届いただけかもしれない。
それでも、僕たちは向かうことを決断した。
村の外にある新たな世界に触れるために。
そして、僕たちが招待された理由を知るために――。
(……まあ全部知ってるんだけど)
レジェンド・オブ・スピリットは伏線が多いゲームとしても有名だ。
この伏線が回収されるのはもうちょっと先である。
とにかく僕たちは村の外に出たいのだ。
そのためには――この村の試練を突破しなくてはならない。
「院長、試練の内容は何になったんですか?」
アイシャが院長に訊いた。
「最近、東の森で猪の魔物が暴れているようです。明日これを退治してきてください」
「え……ま、魔物を退治するんですか!?」
僕とアイシャは今年で十五歳になる。
この村では、魔物の対処は十八歳以上の大人に任せることが多いので、アイシャは不安そうにした。僕もアイシャも魔物と戦ったことはない。
「二人ならきっとできますよ」
「……それなら、いいんですけど」
院長の言葉を聞いて、アイシャは少しだけ元気を取り戻した。
その時、僕はふと気づく。
(しまった……ここは本来なら、ルークがアイシャを鼓舞する場面だったのに)
本来なら、ここでルークはアイシャに「俺たちならできるさ」と告げ、彼女に勇気を与えてみせる。
うっかりそのやり取りを忘れてしまったが……まあ、このくらいなら大丈夫だろう。
「でも、村の外に出るためだけにそんな試練を受けなくちゃいけないのは、やっぱり面倒だな」
「そう言わないでください、ルーク。最後くらい村の伝統に付き合うのも悪くないでしょう」
今度こそ原作通りの会話ができた。
昔、この村の周囲には危険な魔物が棲息していたのだ。しかし村の子供たちは立身出世のために外へ出たがることが多かった。そこで当時の村長は、村の外へ出るための条件として何らかの試練を課し、子供たちの実力を試すことにした。
この行事が伝統となり、今の時代まで受け継がれている。
僕の強気な発言に院長は苦笑していた。……最後くらいと言っている以上、僕たちが試練に合格することを信じているのだろう。
試練の後、院長は不幸な目に遭う。
そんな未来を知っている僕だからこそ、院長の信頼には応えたいと思った。
「では、私はこれで。……明日は楽しみにしていますよ」
院長が孤児院の中へ入る。
僕は隣で佇むアイシャを見た。
「アイシャ、行こうか」
「う、うん。……大丈夫かな、明日の試練?」
「俺たちならできるさ。俺には剣があるし、アイシャには魔法がある」
「……そうだね。うん、私たちならできるよね!」
先程言い忘れた台詞をここで言っておくことにした。
無事にアイシャへ勇気を与えることができたようだ。
その時――。
『きょう……が、ちか……』
どこからか、声が聞こえた気がした。
「アイシャ、何か言ったか?」
「え? 別に何も言ってないけど……」
おかしいなぁ、と首を傾げる。
(……これも、知ってるけどね)
知らないはずがない。
これこそが、ルークが主人公たる所以なのだから。
(もうちょっとだけ待っていてくれ。サラマンダー)
ルークの力が覚醒する時は近い。
『脅威が……近づいておる』
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