【書籍1巻3/5発売】やがて英雄になる最強主人公に転生したけど、僕には荷が重かったようです
サケ/坂石遊作
プロローグ
第1話
「ルーク、平気?」
「え?」
自分が呼ばれていると思わなかった僕は、少し遅れてから返事をした。
いつの間にか僕は布団の上で横たわっている。そしてそんな僕の顔を、茶髪の少女が覗き込んでいた。
彼女は誰だろう?
いや……なんとなく、見覚えがある。
「え? じゃないでしょ。熱はもう下がったの?」
「あ……うん。もう大丈夫だと思う」
「よかった~」
少女は安堵に胸を撫で下ろした。
熱? 僕は熱を出していたのか?
疑問を抱く僕の前で、少女は小さな籠を取り出した。藁で編まれた籠の中には瑞々しい果物が入っている。
「これ、ルークが助けた子供の家族からお礼だってさ」
「僕が……助けた?」
「まだ、ぼーっとしてるわね。……ルークは昨日の夜、溺れている子供を助けるために川へ飛び込んだのよ。子供は無事に助けたけど、そのせいで今度はルークが熱を出しちゃったってわけ」
まあ昨晩は寒かったしね、と少女は呟く。
ああ――そうだ、思い出した。ここ最近、村の周りに魔物が出るという噂があったから、夜まで周辺を警邏していたんだった。その帰り道で川に溺れている子供を見つけたので、大慌てで飛び込んで助けたんだ。
……村?
村って、どういうことだ。
僕は東京で独り暮らしをしていたはずだ。村に住んだことなどない。
何かがおかしい。
頭の中に二つの記憶がある。
「まったく。後先考えずに人助けをするのはいつものことだけど……珍しいわね、ルークが熱を出すなんて」
その一言が、僕の記憶をより鮮明に呼び覚ました。
村、魔物、見覚えのある茶髪の少女、後先考えずに人助けをするルークという少年。
「――アイシャ!」
「わひゃっ!?」
いきなり大声を出した僕に、茶髪の少女は驚いた。
「アイシャ、だよね? アイシャ=ヴェンテーマ」
「そうだけと……ちょっと、まさか幼馴染みの名前も忘れちゃったの?」
心配そうにアイシャが僕のことを見つめる。
立ち上がると右隣に薄汚れた窓があることに気づいた。窓に反射する自分自身の容姿を確認する。燃えるような赤い髪……ああ、これはもう間違いない。
(ここは、レジェント・オブ・スピリットの世界だ!!)
超大作RPG――レジェント・オブ・スピリット。
重厚で考察の余地がある奥深い世界観、王道で今風の爽快感溢れるストーリー、デザインも性格も個性豊かなキャラクター。それらを完璧に兼ね揃えたゲームがある日、発売した。近年はFPSなどの対戦型オンラインゲームが流行していたが、レジェント・オブ・スピリットはその時流に逆行しつつも圧倒的な売上を叩き出し、稀に見るレベルの名作として認知されるようになった。
キャッチコピーは、人と精霊の絆が試されるRPG。
その売り文句の通り、この世界の物語は剣と魔法、そして精霊がテーマとなっている。
(そして僕は……主人公のルークだ)
バリバリのゲームオタクだった僕は、転生という概念についてもよく知っていた。ゲームだけでなくアニメや漫画でもわりと流行りの要素である。
僕はレジェント・オブ・スピリットの主人公ルークに転生したらしい。
二つある記憶の正体は、ゲームオタクだった前世と、この世界の主人公である今世の記憶だろう。
――アタリだ。
そう思わずにはいられなかった。
レジェント・オブ・スピリットは僕にとっても大好きなゲームだが、どのキャラに転生したいかと訊かれたら絶対にルークと答える。
ルークはいずれ四大精霊の寵愛を受けて最強の人間になる設定だ。
しかも剣の天才であり、ストーリーを進めることでたくさんのヒロインにモテる。そりゃあもう、一桁どころか二桁の美少女にモテモテで………………。
「――やったぁ!!」
「ひゃっ!?」
思わず歓喜の声を上げると、アイシャが再び驚愕した。
「ど、どうしたのよ? 今日のルーク、ちょっと変よ?」
「ご、ごめん」
謝罪しつつも内心では興奮が収らなかった。
レジェント・オブ・スピリットは古き良きJRPG(日本産RPG)というよりは、現代で流行している爽快感を意識した内容になっている。シリアスな展開もないことはないが、メインキャラクターが死ぬような鬱展開は存在しない。
そう――鬱展開は一切存在しない!!
不景気なご時世ゆえのストーリーというやつだ。
ご都合主義だって沢山ある。人によっては軽いと感じるかもしれない。しかし僕にとってはその軽さが丁度よかった。
このゲームの魅力は、ルークが魅せる圧倒的な強さ。そしてそれによる爽快感だ。
つまりルークというキャラは、この世界で一番美味しい思いをするのだ。
そんなルークに僕は転生した。これがアタリでなくて何なのか。
僕を看病してくれているアイシャもヒロインの一人である。サラサラに梳かされた茶色の髪とまん丸な瞳が特徴的で、とても可愛らしい少女だ。
「アイシャ、今って何月だっけ?」
「精霊暦七〇三年の二月だけど……ちょっと、本当に大丈夫?」
ストーリーが始まる少し前だ。
なら、今後の展開は――僕の意思次第で幾らでも変えることができる。
この世界には、鬱展開ほどではないがシリアスな事件が幾つかある。
報われないキャラ。
敵対してしまうヒロイン。
僕ならば、彼女たちを救うことができるかもしれない。
原作は死ぬほどやり込んだ。アイテムの配置されている位置や、イベントの発生条件、どうやったら強くなれるかなどの情報も全て頭に入っている。
僕には自信があった。
この世界を、英雄ルークとして生き抜くことに――。
(まずは、精霊に気に入られるためにも強くならなきゃ……!!)
目指すは、完璧で完全なハッピーエンド。
これからの未来に胸躍らせながら僕はベッドから出た。
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※本作には若干の鬱展開があります。
※4話までプロローグです。
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