新必殺技、放射鉄山靠!

 第二王子、アレキサンドリア・クトライアンフ。17歳。

 グリーンクローバーのキング

 ステータス合計352!

 統率72! 武力78 政務63! 智謀51! 魅力88!


 第一王女、シュナンブラ・クトライアンフ。15歳。

 ステータス総合値461!

 統率88! 武力79! 政務99! 智謀98! 魅力97!


 二人は兄妹である。

 王位継承においては、第一王子≧第二王子アレク>第三王子>>>第一王女シュナという風に見られているので、いずれどこかへ嫁がされるだろうと予想されている。


 なのにステータスにおいて妹シュナの方が高く設定されているのは、つまるところゲーム的な都合である。

 王子アレクは味方にしやすく、育てる機会が多い。

 王女シュナは味方にしにくく、そもそもラスボスになることも多い。

 なので、プレイ次第で王子の方がステータスで上回ることもあるものの、初期値で見れば王女の方が上である、ということになるわけだ。


 そして、アレク王子のグリーンクローバーや、シュナ王女のレッドクラブ……この学園を構成する四つの学群レギオンは、実は国内の勢力図を表している。

 ゲーム後半戦の内戦を既に匂わせているのだ。


 プレイヤーはゲーム前半戦の学園ものを楽しんでいる内に、自然とこの国の複雑な勢力図を把握することになるわけである。


 ちなみに、転生オリ主気取りのフィアは転生してから十数年ほど能天気に生きてきた結果、細かい勢力問題の情報を1/3くらいは忘却している。


■レッドクラブ

 ・第一王子派

 ・政治力が強い

 ・王都の支持が強い


■グリーンクローバー

 ・第二王子派

 ・経済力が強い

 ・交易都市の支持が強い


■ブルークラブ

 ・第三王子派

 ・武力が強い

 ・農村の支持が強い


■イエローハート

 ・現王派

 ・外交力が強い

 ・王都・交易都市・農村以外からの支持が強い


 さてさて。

 では、第一王女シュナンブラ・クトライアンフは、いかにして兄に『婚約の暗殺』を差し向けられるような、厄介な位置に入ってしまったのだろうか?


「ワタシがお兄様を王にして差し上げますわ。感謝してもよろしくてよ」


 シュナは、結構なブラコンである。

 それはもう。

 それはもうという感じに。


 レッドクラブが第一王子派なのは、最近まで第一王子が学生として所属していたというのもあるし、次期騎士団長の俊英が今のレッドクラブのキングだというのもあるが……今の女王クイーンであるシュナが、第一王子をはちゃめちゃに推しているというのが大きい。


 そんなブラコンであるからして、この乙女ゲーを遊び始めた女性が、第一王子を気に入って、第一王子をいきなり攻略して、恋人になってしまったらどうなるか?

 お察しである。

 それはもう。

 それはもうという勢いで、原作主人公フィアを殺しに来るのである。


「どんな女より、ワタシがお兄様に相応しくてよ!」


 そんな彼女なので。

 どこかの誰かと婚約しても、成婚まで行くわけがない。

 つまりシュナが婚約した時点で──婚約相手にもよるが──絶対にどこかで『婚約破棄』が起きることが決まるのだ。ブラコンだから。

 時には、どうでもいいタイミングで。

 時には、最悪のタイミングで。

 婚約が吹っ飛び、婚約破棄が起こって、どこかとどこかの仲が悪くなる。

 婚約地雷である。


 ゲーム的には、プレイヤーが何度でも楽しんで周回できるようにするための、ランダム要素担当である。


 現在のシュナの婚約相手は、この国の東側に隣接した帝国の王族である。

 色んな政治が絡んで婚約となったわけだが、頭を抱えたのはアレク王子である。

 成婚したら第一王子派が強化。

 シュナが台無しにしたら帝国の面目丸潰れ、国交悪化。

 どっちに転んでも最悪だ。

 しかもこの婚約が、大臣が権力を握るための陰謀だという話まであるのだから、地雷を集めて作った巨大地雷じみたものになってしまっている。


 特に、最悪の形で面目を潰して帝国の怒りを買った場合、帝国との繋がりが強いイエローハートを介した介入も考えられる。

 おそらく、学園の中までしっちゃかめっちゃかになるだろう。


 シュナの身勝手さは、もはや国に不幸を振りまく段階に入りかけているのだ。


 アレク王子は考えた。

 穏便にどうにかできないだろうか。

 なんとか、事故みたいに婚約を始末できないだろうか。

 事故で婚約抹殺するってなんだよ。

 婚約は道路に飛び出してきたタヌキか?

 考え込みすぎては眼鏡を取り替え、悩みまくっては眼鏡を取り替え、次の眼鏡がいい案をくれると信じて眼鏡を取り替え、そうして得た名案が一つ。


 その名案にすがって、新春コーデバトルのこの日を迎えた。


「僕の見立てが間違っていなければ、君は数多くの戦場と政争をくぐり抜けてきた異世界の伝説の暗殺者……! この国の未来と平穏は、君に託すしかない……! 頼んだぞ、レジェンド・オブ・リュー……!」


 腕を組み、壁に背中を預け、アレク王子は眼鏡を押し上げた。


 端正な顔には、よく知らない男に未来を託す不安と、期待が、滲み出ていた。






 新春コーデバトル、三回戦。


 女王クイーンシュナVS女王クイーンフレン。


 レッドクラブの女子の頂点VSグリーンクローバーの女子の頂点。


 第一王女VS公爵令嬢。


 観客席は始まる前から、にわかに盛り上がっていた。


 もはや、この試合の結果如何によって、しばらくの間学群レギオン学群レギオンの格付けが決まってしまうと言っても、過言ではないだろう。


 既にステージに上っていたシュナが、上がる劉とフレンを出迎える。


「よくもまあ、棄権もせず、こうべも垂れず、ここに上がれましたわね」


「シュナ様。今日はリューと共に、勝利を譲ってもらいに参りました」


「あら……少し見ない内に、いい顔になったじゃありませんの、フレン様」


「はい。召喚獣から教わることが、多々ありましたから」


「結構、公爵令嬢の自覚が出て来たようですわね」


 シュナンブラ・クトライアンフはにこりと笑い、一瞬で表情を切り替え、憤怒の表情を顔から吹き上がらせる。


 スイッチの切り替えの速さに、劉とフレンが揃ってビクッとした。


「ですが、生意気ですわよ! 勝てると思っているその顔が!」


 怒り。

 彼女を悪役令嬢たらしめるものは、怒りである。


 古今東西、少女漫画などのジャンルで『敵役の女達』が主人公に見せてきたのは、底が見えないほどの怒りである。

 女性の読者達に仄かな共感と多大な忌避感を呼び起こす、ヒステリックな怒りと言い換えても良い。


 怒りゆえ、愚かしく。

 怒りゆえ、間違えて。

 怒りゆえ、愛を失い。

 怒りゆえ、主人公と敵対する。

 迸り弾ける怒りこそが、彼女らを『原作主人公の敵』とする。


 ゆえにこその、悪役令嬢四天王。

 製作陣営に与えられた大罪は、『憤怒』。

 銀色の髪、黒いドレスをなびかせて、彼女は今日も怒りを放つ。


「立場というものを思い知らせてやらないといけないようですわねぇっ!」


 シュナが取り出した鞭をバシッと思い切りステージに床に叩きつける。


 叩かれると思った劉とフレンが思わず抱き合い、劉は柔らかい感触に、フレンは思ったより大きかった胸板に、頬を少し赤くした。


 ステージを鞭が叩いた音が『シュナの召喚獣』を呼び出す合図となり、シュナが掲げた腕を枝として、空より銀色の鷹が舞い降りた。


 それを見て、フレンは思わず息を呑む。


真銀神鷹エル・シルバ・アクィラ……! かつてこの国を救った聖女が召喚し、その羽ばたきでこの国を救ったという神鳥、召喚獣の頂点の一つ……」


「そう、始めからあなた達に勝ち目はなかったということ。この召喚獣の姿そのものが、人間の魂に直接『美しさ』を印象として焼き付ける……コーデバトルにおいてワタシに勝てる存在など居ない、ということですわ」


「くっ……!」


「あら、もう気圧されているんですの? 召喚獣はまだ諦めていないというのに」


「!」


 会場の誰もが、銀の鳥に目を奪われていた。

 フレンさえもがそうだった。

 それはこの国に生きる全ての人間が抗えない、『聖女の威光』そのものに繋がる、銀の鳥の権能。

 人々の内に眠る『かつて聖女に救われた者達の子孫』としての遺伝子が、銀の鳥を見て美しいと思う以外の反応を許さない。


 だが、そんな中で、劉孟徳だけが鳥ではなく、シュナを見つめていた。


 銀色の髪をなびかせる、黒いドレスの悪役令嬢を。


 そんな男を、シュナは『おもしれー男……』と、思った。


「リュー……!」


「貧寄普乳令嬢 巨乳貧乳中間芸術 美麗細身 顔良 脚長 腕細 胸馬娘青雲天空相当 余分脂肪皆無 芸術的細身…… 夏祭着物美少女無双型……!」


「この『威光』にも抗うとは、やはりただものではないようですわね。ワタシがこれまで見てきたどの男とも違う、召喚獣の枠には収まらぬ男……! 苛立ちが止まりませんわ、このワタシと並ぼうとする格を見せてくる男など……!」


「其 服胸元隙間 目離不可 指入希望 絶対不可能…… 無念……」


 フレンと劉、シュナと銀の鳥、両者の視線がぶつかる点で熱気が高まっていく。


 ぶつかり合う気迫が、周囲の熱の全てをかき集めて行っているかのように。


 空気が引きずられて、そこに引きずり込まれているかのように。


 激戦の予感に、二回戦敗退を迎えた原作主人公フィアが三箱目のポップコーンの箱を開け、寂寥の瞳で竜虎相搏つステージを見守っていた。


「モウトク……あたしに勝ったんだから、負けたら許さないわよ……」


「フィアちゃんよくそんなツラでそんなこと言えるね」


「へへ、あたし胸が痛えや」


「僕ここに居るべきなんですかね……?」


 ミュスカがフィアのほっぺたの食べかすをつまんで取って食べる。

 フィアがポップコーンの箱を差し出すと、ラウェアがそれをつまむ。

 三人でむしゃむしゃポップコーンを食べ、劉とフレンの勝利を願う。


 そこに現れる、もう一つの人影。


「勝ってもらわねば困りますわ」


「あ……アマーロお嬢様!」


「わたくしに勝ったあの方達には、他の誰にも負けてほしくありませんもの」


「ベジータかな? いや、ピッコロか……」


「またフィアちゃんが意味分かんないこと言ってる」


 今回も試合形式は、服を見せてからのパフォーマンス勝負。


 だが三回戦は、一回戦、二回戦とはわけが違う。


 三回戦は……指定された巨大金属鎧像への攻撃を行い、その過程で『召喚獣の本懐である戦う姿』をどう魅せるかが測られる!


 美しい服を最高に美しく燃やしながら飛ばす不死鳥!

 服を魅せるための空中回転テールハンマーを選択する骸骨蜥蜴!

 光攻撃魔法を放って、その光の中で軽やかに舞う妖精!


 攻撃技、服装、美しさが一つの線で繋がっていなければ勝てないルールである!


 戦闘力の高さはさして関係がない。

 攻撃技を通してどう魅せるか、である。

 新春コーデバトル前にどこまで正しく技を準備してきたか、がそこで物を言う。


 そのため、実はシュナと銀の鳥が相手でも、原作知識さえあれば勝つことはそこまで難しくない。

 原作知識さえあれば。

 原作知識さえ、憶えていれば。


 悲しきもしもである。


「モウトク……ヤツがあの動きをした瞬間……あたしが教えた技を使うのよ……」


「フィアちゃんが教えたのって何? 恥の稼ぎ方?」


「へへっ、あたし胸が痛えよう」


 応援席の会話など届かないステージの上で、両者のコーデが比べられ、すぐにパフォーマンスの時間が始まる。


 黒一色の装いの劉。

 銀色の体色に、自発的に発光する七色の宝珠を飾られた鳥。

 審査員達の反応は、コーデ単品では、銀の鳥が勝っているように思われた。


『まずはフレン様とリュー、パフォーマンスです! 俄然期待が高まりますね!』


 パフォーマンスに入る前、フレンが劉の手を、優しく握る。


「頑張ってね、リュー。一緒に勝ちましょう」


「手柔 指細 手綺麗…… 君贈 勝利 優勝 君贈 君喜 我嬉」


 ステージ前に置かれた3~4mはあろうかという大鎧に、鉄山靠を放つ劉。


 シュナンブラ・クトライアンフはその瞬間、勝利を確信した。

 観客席の反応を見る必要もない。

 審査員の反応を見る必要もない。


 素晴らしい体術だった。

 無駄のない技だった。

 美しく、豪快だった。

 静から動へと移り変わる動きのダイナミックさが、フォーマルな服を引き立て、より素晴らしい服に見せていた。


 だが、それだけだった。


真銀神鷹エル・シルバ・アクィラには、及ばない……終わり、ですわね」


『続いてシュナ様とシルバ・アクィラ、パフォーマンスです!』


 シュナが片手を上げると、銀の鳥の周囲に銀の魔力が集まっていき、それが七色の宝珠を煌めかせ、まるで銀の剣に虹を閉じ込めたかのような、かくも美しい彩りを世界へ降臨させる。


「行きなさい! 真銀神鷹エル・シルバ・アクィラ! 『閃華銀翼突撃』!」


 そして、銀の鳥が飛翔し。


 この世のものとは思えぬ光が、大鎧に直撃した。






 と、ここで。

 ゲームの内部数字処理の解説である。


 この世界の物理法則の処理は、元のゲームの数字処理に依存する。

 今回使われるのは、攻撃ヒット時のエフェクトである。


 このゲームは、攻撃が当たった瞬間の映像処理を、ダメージ量から計算する。

 つまり、強力な攻撃を当てれば当てるほど大きなエフェクトが出る。

 これを利用して、ダメージを積みに積んだ最大ダメージチャレンジをして大きなエフェクトを出す動画が、動画サイトと実況者の間で人気なほどだ。


 このエフェクトを参照するスキルが、『巻き込み技』である。

 戦争編などでの攻撃では、敵一体を攻撃し、その威力が非常に高かった場合、その攻撃の命中エフェクトにも攻撃判定が発生する。

 呂布の槍攻撃が数十人を吹っ飛ばすようなものだ。


 このエフェクトに付与される属性は、最初の攻撃の属性に依存する。

 たとえば主人公にあえて全体攻撃を習得させず、単体攻撃と雷撃属性だけのレベルを上げ、敵の軍団の先頭に思い切り攻撃を当て、周囲全体に広がった電撃エフェクトにより、敵の進軍を止める……といった遊び方ができるのだ。


 このコーデバトルは、同じ大鎧に攻撃を当て、美しさを競う。

 劉孟徳が鉄山靠を当てた瞬間、生物ではなく無機物であった大鎧に、鉄山靠のエフェクトが残った。

 想定されていなかった処理により、描画されない不可視の死のエフェクトが、ずっとそこに残っていたのである。

 触れればHPが強制的に0になる、という状態で。


 そう、それは、核爆弾で破壊された跡地に、『目には見えない破壊の跡』が残っている現象に似ていた。


 残留鉄山靠に触れたことで、真銀神鷹エル・シルバ・アクィラは死んだ。


 苦しまなかったはずである。


「えっ」

「えっ」

「えっ」

「えっ」


 劉以外のその場の全員が、目を擦った。


 のほほんと見ていた生徒達が、全員揃って目を擦った。


 審査員達と教師達が、目を擦った。


 世界に意思があったなら、たぶん世界も目を擦っている。


 アマーロ・ルヴィオレッツだけが、爆笑していた。


 シュナは現実を認められず、されど現実と向き合うしかなく、けれど強がって毅然とした足取りで、鉄山靠を受けて動かなくなった銀の鳥に歩き寄る。


「冗談が過ぎますわよ、真銀神鷹エル・シルバ・アクィラ。あなたは伝説の聖女の召喚獣。この時代を生きる人間が扱える神秘の規模で殺せる生物ではありませんのよ。死んだふりなんてどこで憶えて……え? え? え? 死んでる……」


 シュナの膝が折れ、ぺたんとその場に腰が落ちる。


 ぽんぽん、とそんなシュナの肩を叩く手があった。


 振り返れば、そこにはかわいそうな王女に同情した表情をシュナに向ける、ルチェットの姿があった。


「召喚獣、死にましたね。『伴無し』の仲間入りです。お悔やみ申し上げます」


「あ」


 第一王女、シュナンブラ・クトライアンフ。


 没落決定。


 婚約破棄決定。


 ゲーム・セット。


 この学園においては───召喚獣で、敵対した悪役令嬢の召喚獣を倒すことで! 『伴無し』に落とし! 強制的に婚約破棄に追い込むことが許されている!


「なんで????????????????????????」


 第一王女の疑問の声が、校舎にこだまする。


 その日、奇跡の日に、普乳王女は巨乳令嬢に負け散らかした。


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