食堂どこ!?

 なんか二人でやたら盛り上がってしまった、らしい。


「引裂 闇吠 震帝都 愛歌高躍出戦士達 心鋼鉄武装乙女 悪蹴散正義示」


「続けて続けて、リズムだけヒントに当てるから、当たったら手とか叩いて」


「走光速 帝国華撃団 唸衝撃 帝国華撃団」


「帝国華撃団!!!!!!!」


「的中! 素晴 天才 絶対音感 稀代傑物」


「ふぅ~! いぇー」


 屋敷の皆が起き始める前に、フィア・サンブラージュは帰っていった。


「ありがとう、親友……困ったら呼んで。ぶっちゃけあんたが何言ってんのか全然分かってないけど、困ってるならきっと助けに来るから」


「明日 再会 再度会話」


「じゃ!」


 夜通し話していても、明日は来る。

 噂の『公爵家のアレ』扱いされている劉は毎日聖アルカディア学園に行き、所在を明らかにしておかなければならない。

 フレン、ルチェットと一緒に学校に向かう馬車に揺られている劉を、猛烈な眠気が襲っていた。

 召喚前ならコーヒーを飲んでいるところだが、この世界にはそれもない。


 劉はついついあくびをして、可愛い女の子の前であくびをするという失礼に、慌ててぺこぺこ頭を下げるなどしていた。

 女の子の前であくびをすることは、『お前の話つまんないな』『お前つまんない女だな』という意思表示になりかねないと、劉は考えている。

 ただし、フレンの顔に浮かぶのは不快感ではなく、彼に対する心配であった。


「あんまり寝てないみたいね」


「……未知の世界での不安や、故郷への思い、明日への恐怖。わたしには彼の内心など推し量れません。しかし、夜に一人眠りにつく時、この世界に一人きりであるという実感を得た彼が、ひどくつらい気持ちになることは、想像がつきます……」


「我二次創作 不勉強 帰還後 執筆挑戦 誰選択…… 苦悩 興味有女 樋口円香 素直対極 好意極大 好嫌一体 彼女執筆挑戦 是決定 正月憧男偶然出会 樋口円香 不器用誘惑 神社裏 野外性交…… 是!」


「街を眺めて彼が小声で何か呟いてるのは、いつものことだけど……もしかしたら今日の言葉は、彼が故郷を想う言葉なのかしら」


「かもしれません。かもしれない、程度の推測ですが……それ以外に彼が唐突に寝不足になるということに推測が立たないのです。他に要因があったとも思えません。故郷に帰りたいと思いながらも、わたし達を責めないのが、彼の倫理なのでは?」


「そう、ね……」


「野外性交 彼 樋口円香 不意目撃 浅倉透 『爆笑』 浅倉透顔 不気味微笑 浅倉微笑危険 樋口円香中断希望 彼続行 停止不可円香嬌声 快楽堕……」


 学校につくと、フレンとルチェットは授業に向かう。


 劉も授業についていく選択肢があったが、彼はフレンらに許可を貰い、学園内の探索に動いた。未知を既知に変える作業である。

 彼一人で理解できることなどたかが知れているが、地理情報は言葉に依らない判断材料だ。言語習得が終わっていない幼児でも、家の構造は憶えられる。

 学校の構造が憶えられれば、迷子になることもないだろう。


「すみません、授業で使うこの魔法壁、本当重くて……助かりました!」


「人生 助合 支合」


 しかし劉は学校の構造を憶えるのをそっちのけで、あっちへ行ってはこっちへ行って、そのせいで自分の現在地が完全に分からなくなっていた。


「助かりましたわ。あの木の上の猫、どうすればいいのか悩んでいましたの。しかし身軽ですわねえ、噂のお方は」


「猫 好」


 まあ、いいか!

 という顔で、劉は思うがまま歩いていく。

 本末転倒である。


「おや、リュっさんではないですか。今美術室の画材が数人分余っていますが、何か一枚書いていきませんかな? 今は騎士団の子息の方が描いておりますよ」


「好意感謝 自分学校道順記憶中 今度参加」


 建物作りによってデザインされた校舎は、ほどほどなリアリティ、ほどほどな既視感、十分な架空ファンタジー建物感を備え、されどデートスポットや、イベント発生地点、生徒を仲間に勧誘する定番の場所、主人公の能力を鍛えられる場所などの『ゲーム的に便利な場所』に溢れており、劉は歩いているだけで割と楽しい気持ちになれていた。


「ここはトレーニングルームです! 武力を鍛えたい時はこちらに!」


「謝謝茄子」


「こちらは歴史資料室です! 智謀を鍛えたい時はこちらに!」


「謝謝茄子」


 人間というものは古今東西いつの時代も、未知なる場所で不安、恐怖、期待、高揚を手に入れる。

 一歩先を恐れながら、地平線の向こうの未知なる世界にワクワクする。

 今の劉にも、そういう気持ちが大なり小なりと存在していた。


 劉が楽しげにふらふらとしていると、見覚えのある姿が目に入った。


 金髪のでっかい縦ロール。

 華美な赤きドレス。

 ジャラジャラした白銀の髪飾り。

 これ以上どこに付けるんだというくらいに付けられたネックレス、ブレスレット、アンクレット。レースにレースにレース。

 それらが些末に見えるほどの、絶大な特徴があった。


「……爆乳……」


 アマーロ・ルヴィオレッツ。

 フレン・リットグレーと同格の家格を持つ、女王の公爵令嬢。

 いつもぞろぞろと取り巻きに囲まれて、フレンを煽っている、フレンの不倶戴天の敵……で、あるはずなのだが。

 今日の彼女は何故か、その取り巻き達に罵倒されていた。


「あらあら、『伴無し』のアマーロさんじゃありませんのぉ」

「まだ学園にいましたのね、恥知らずですわねぇ」

「フレン様に喧嘩を売って返り討ちにあったんですって? かわいそう」

「貴女は『ブルークラブ』の女王クイーンに相応しくありませんわ!」

「『グリーンクローバー』のクイーンなどに負けるなんて……!」

「おかげで『ブルークラブ』のわたくし達はいい晒し者ですわよ!」

「家柄だけで女王クイーンになった恥晒し。身の程を知りなさい」

「私達公爵令嬢にこんなふざけた口利いて後で大丈夫なんですの?」

「いえ、元女王クイーンになるのも時間の問題でしたわね!」

「貴女は既に『伴無し』。召喚獣を失った負け犬ですわ」

キングの婚約者でいられる資格などありません、そうでしょう?」

「貴女は女王の座から追放され、没落していく運命ですのよ! おほほほ!」

「これまで上から目線で皆をバカにしてきたツケが回ってきたのですわぁ!」


 みんな、嘲笑しながらアマーロを罵倒している。

 特に、アマーロに虐げられていた女性との怨恨は凄まじいものがある。

 が、みんな笑っているので、劉は『楽しそうだなあ』とほんわかしていた。


 アマーロがいじめられているように見えないのは、劉がまあまあ鈍感なクソボケであることだけが原因ではない。

 言われているアマーロが、堂々としているからだ。

 卑屈な顔や、被害者面をしていないアマーロが、どこか傲慢な微笑みを続けているから、劉にはアマーロが見限られてバカにされているように見えていない。


「言い訳のしようもありませんわね。全て甘んじて受け入れますわ」


「あらあらぁ、アマーロさん、いつもの威勢はどうしましたの? ウフフ、いつもなら切れ味鋭く言い返して来ていたでしょうに……そんなに憔悴なされていて?」


「この屈辱は甘んじて受け入れるべきですもの。わたくしの疵ですから」


「……イライラしますわね。貴女は! フレン様に敗れ! 召喚獣を失い! 『伴無し』に落ちた惨めな女! だったら相応の態度というものがあるでしょう!」


「わたくしの黒龍を一撃で屠ったあの御方と、わたくしにこれまで媚びていたのに手のひらを返した全ての者達と、そして貴女達が、教えてくれましたもの」


「?」


「わたくしのものだと思っていたものは、全てわたくしのものではなかった。家柄も、権力も、金銭も、誇りも、取り巻きも、女王の地位も、婚約者も、全て、全て。わたくしの意に反してわたくしから離れていくなら、それはわたくしのものではないのです。わたくしはわたくしの物でないものを、わたくしのものだと思い込み、なんと思い上がっていたことか……わたくしはわたくしを恥じています」


「……!」


「一からやり直そうと、そう思っていますわ。……目の醒めるような思いです。黒龍を破壊したあの美しい一撃が、瞼の裏に焼き付いて離れません。全てを失い、悔しさから枕を殴り、それでも忘れられないあの一撃。まるで……わたくしを鎖までもが、一撃にてことごとく破壊されたかのような……」


「……生意気ですわ!」


 『ブルークラブ』の学群レギオンの生徒達が、何列もの厚みを作って、じりじりとアマーロににじり寄っている。

 魔法の杖を握っている者まで居た。

 このまま行けば、私刑が始まることは間違いない。


 アマーロは優秀な令嬢である。

 フレン同様、ルートによって原作主人公フィアの前に立ちはだかる悪役令嬢四天王として悪の華を咲かせる者だ。

 ゆえに、ステータスも相当に高い。

 このゲームでアマーロより初期ステータスが高いキャラは存在しない。

 雑魚を蹴散らす悪のラスボス、それが未来のアマーロの姿だ。


 が、それは悪役令嬢としての幼年期を終え、成長期を終え、完全体になるか、究極体になってからの話である。

 今の彼女はまだ、悪役令嬢ベイビー。

 数で来られればひとたまりもない。

 ただでさえ、アマーロの元取り巻きには才能のある者達が何人も居たのだ。

 アマーロのこれまでの悪行に対する逆襲として、その者達も制裁に加われば、結果は見えている。


 アマーロもそれは分かっているのだろう。


 美しく整った口元には、諦めの混じった微笑があった。


「我 腹減 空腹 昼御飯 何食不決定 肉気分 麺気分……」


 と、そこで。


 劉が両者の間に割って入った。ずんずんと。


「食堂 何処」


「なっ……」

「あなたは!」

「フレン様の召喚した召喚獣の御方!?」

「不死不滅を約束された黒龍を一撃で倒した、あの?!」

「『拳聖』リュー……!?」

「何その二つ名」

「昨日考えて……定着させたくて……」


 劉はアマーロのことを『爆乳の人』と憶えている。

 名前は覚えていない。

 フレンとなにかしら衝突していたことも、ぼんやり把握している。

 なので、アマーロには背を向け、アマーロと相対している人達に聞こうとした。


 アマーロを背に庇う、その姿が。

 アマーロににじり寄る彼らに向き合う、その姿が。

 御伽話の、少女を守る騎士のように。

 伝説の中の、聖女を守る王子のように。

 彼らには、見えた。


 その在り方がとても、とても、眩しく見えて……アマーロへの憤りに支配されていた生徒達は、徐々にその憤りを失っていった。


「餃子定食 炒飯 天津飯 杏仁豆腐 拉麺 今日中華気分」


「なんで真っ直ぐな瞳だ……怒りも恨みも無いように感じられる……」

「何言ってるのか分かりません……分かりませんが……」

「彼が真剣なことだけは伝わってきますわ……!」

「まさか、彼女を庇うんですの? 自分を殺そうとした相手を?」

「……まるで、語り継がれる聖女の騎士の慈悲ある在り方そのもの……」

「ヤバいですって、この方と戦うのはヤバいですよ!」

「多勢に無勢は卑怯だと……君は、そう言うのかな。言葉が通じずとも」

「言語の壁も……怨恨も……彼が『そうしない』理由にはならないってことか」


 毒気を抜かれた想いで、生徒達は怒気を薄れさせていく。


「推薦 肉野菜拉麺大盛 甘甘抹茶牛乳 最後杏仁豆腐」


「ぼく……彼が何を言ってるのか、分かるかもしれない」

「ああ。オレも同じ意見だ」

「やめなさい、と彼はおっしゃられている……」

「この女いじめられたからって、こんな仕返し良くないよな」

「わたくし達に倒される価値もありませんわ、こんな女」

「行こう行こう」

「しらけちゃったよ」

「あの……お手数掛けて申し訳有りません。それと、止めてくれてありがとうございます。やっぱり……皆で暴力事件まで行くのは、いいことではないですから」


 生徒達が散っていく。

 彼らは、劉孟徳の姿に、騎士の理想と、伝説の再演を見た。

 内実がなんであったかはともかくとして。


 そうしてその場に、空腹を抱えた劉と、熱っぽく彼の背中を見る令嬢が残される。


「食堂 何処」


「貴方……何故、わたくしを助けたんですの?」


「爆乳殿 食堂 何処」


「……聞いても、分かりませんか。でも、そうでしたわね、あの時もそうでしたわ。貴方を遠方より召喚し、誘拐し、元の世界に帰すあてもない、貴方からすれば恨むべき相手であるフレンさん。貴方は私が悪口雑言を彼女にぶつけていると、それ以上は許さないとばかりに、何の得もないのに彼女を庇いに行った……」


「空腹 腹減 一緒飯食行?」


「貴方は、とても誇り高いのですね。相手に対してどんな感情を抱いていても、人の義にもとることを許さず、虐げられる者を庇ってしまうほどに。……先日の無礼を、どうかお許しください、リュー様」


 アマーロが、深々と頭を下げる。

 それは、彼女が悪役令嬢への道を外れ始め、原作の運命を超越し始めた証。

 彼女が心を改めたという、証でもあった。


 アマーロが頭を下げたので、劉が人生で見たことがないくらいだった巨乳のフレンより、更に巨乳なアマーロの爆乳が揺れる。


 劉は結構くらっと来ていた。


「君 馬鹿乳房 馬鹿乳房 巨乳超越 馬鹿乳房 加減希望之馬鹿乳房 甜瓜二十二? 朝凪素質有 我本能暴走 君爆乳誘惑 恐怖……」


「……ふふ。わたくし、昔から目つきがキツくて男を寄せ付けないと言われたものですけど……初見で全く物怖じしない男性は初めてでしたわ。その目。価値ある宝石を見るような目でわたくしを見る目……フレンさんの味方として在りながら、わたくしの黒龍を倒して没落させた、敵の男で在りながら……そんな目でわたくしを見るとは、面白い男ですわ。今度ゆっくりお茶でも飲みたいところですわね」


 金の髪と乳を揺らして、アマーロは彼に背を向ける。


「けれどその前に、まずは這い上がり、貴方に土を舐めさせてからですわね。でなければお互い様にも、対等の友人にもなれはしないでしょう?」


 そして背を向けたまま微笑んで、そう言い、去っていった。


 後に残されたのは、劉孟徳一人のみ。


「食堂何処!?」


 劉は頭を抱えた。

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