原作主人公に転生した小宮山小姫ちゃんのおはなし

 人間というものは、突然新天地に単独で放り出された時に、まあまあ性格の地の部分が見えることが多い。


 不安で泣き出したり。

 苛立ってその辺のものに八つ当たりしたり。

 冷静になって、周辺状況に対して理知的な分析をしたりする。

 劉孟徳は、とりあえず周りの人の指示を聞いて大人しくしているタイプだった。周りの人の指示とか全く分からないのが問題ではあったが。


 ただまあ、それも放り出されてから少しの間だけである。


 状況が大雑把に飲み込めて『なんか全然知らない世界に飛ばされちゃって優しいフレンさんとルチェットさんに助けられたんだなあ』くらいの認識になると、劉の行動も色々と変わってくる。


「我手伝」


 道行くメイドさんから箒を受け取って、掃除を始めたり。

 名前も知らないメイドさんが窓を拭いているのを見て、代わろうとしたり。

 老婆のメイドさんが屋敷の花壇に水をやっているのを見て、半分請け負ったり。


「我君助」


 フレンが乗る馬車の馬の厩舎で、馬の糞を掃除して、馬を洗ってやったり。

 屋敷を守ってるらしい守衛のおじさん達の剣を油で磨き上げたり。

 若い執事達と言葉は全く通じないまま、一緒に太極拳をやるようになった。


「重物 我運搬」


 特に、友人認定されているフレンとルチェットは割と贔屓されていた。

 劉孟徳は誰でも手伝いに行く男であったが、同時に知り合いより友人をちょっと贔屓してしまう、あんまり平等な接し方をしない男でもあったから。


 フレンが屋敷で勉強をしていると、淹れ方を見て憶えた紅茶を差し入れに行く。

 家具を運んでいるルチェットを見つけると、受け取って代わりに運ぶ。

 フレンの食事時に、メイドと一緒に食器を並べている。

 ルチェットが草むしりをしていると、いつの間にか横で劉もやっている。


 劉孟徳は、とにかくもてなされているだけの時間が続くのが耐えられない、という男であるようだった。


 ルチェットは苦笑して、劉のほっぺたを無駄に指先でぐりぐりしてから、仕事場から劉を追い出す。

 本日三度目のことであった。

 他のメイド達も苦笑していたが、そこに悪い感情は一切見られなかった。


「今日はもういいですから。部屋で休んでいてください。公爵家が話題の召喚獣のお人をこき使ってると噂が立ってもなんですからね。……まあ、でも、個人的には……その気持ち、嬉しかったです。ありがとうございました」


「銅鑼衛門 劇場版 最高傑作 銅鑼衛門 伸太 秘密道具博物館 胸躍未来世界 皆大好秘密道具盛沢山 話二転三転 皆視聴希望 困難……」


「……ふふ。ほんと、何言ってるのか分からないですね。はい、こっちですよ。寝室でお休みください、リューさん」


 今日も日が沈む。


 異世界召喚から、既に三日目。


 劉は拭い去れない不安を抱えつつも、今の自分がしていけることを、そして明日何をしていくかを考えながら、やたら豪華な巨大ベッドの端っこで眠りについた。






 夜間。

 劉は、目を覚ました。

 中国6年の歴史には、全てが内包されている。

 劉孟徳の体内で十年以上練られた『勁力』が、馴染みの無い人間の『気』の接近を捉えたのだ。


 体を起こせば、そこには窓から侵入しようとする侵入者の姿があった。


「た、たしゅけて……足滑って、落ちる、落ちる、ここ四階ぃぃぃ……」


 否。

 窓から落ちそうになっている侵入者の姿があった。

 劉は大慌てで駆け寄り、侵入者を引っ張り上げて部屋に入れる。


「はぁ、はぁ、ありがとぉぉぉぉぉぉぉっ……!」


「無事良 是一番」


 劉の知らない女であった。

 少なくとも、出会ったことはないはずだ。


 栗色のくりくりした髪。

 可憐な顔つき。

 ふわっとした、容姿全体の雰囲気。

 色んなところが丸っこく膨らんでいるようで、腰は細く、手足もすらっとしていて、それでいて背が高くない、『男女共に愛される可愛さ』を体現した雰囲気。


 『ラブコメの主人公の男は男性読者から好かれるキャラでなくてはならない』、『乙女ゲーの主人公は女性プレイヤーから好かれるキャラでなくてはならない』、そんな平成後期に生まれた鉄則に沿ってデザインされた、万人受けする容姿。


 そう、彼女は、にあたる少女であった。

 実は中身は、違うのだけれど。


「誰? 死亡遊戯運営? 敗北死亡優勝十億系遊戯? 誘拐?」


「本当に言葉が通じないみたいね。全然言ってること分かんないわ。でも、顔つきが微妙に日本人っぽくないし、やっぱ中国人……ああ、華僑のハーフとかそういうこともあるかな。あたしじゃスペイン語と中国語の違いも分からないしね……」


「我 今髪青」


 劉はふと思い出し、ルチェットが書いたメモを引っ張り出した。

 ルチェットが『リューさんはこのメモを持ち歩き、初めて話す人には必ずこれを見せてください』と渡してくれた鳥皮紙のメモだ。

 そこには、劉が誰かと出会った時のための文が書かれている。


 劉の髪の三色光が示している状態。

 それがどの程度言葉を翻訳してくれるかという解説。

 そして、言葉が通じない劉がどれだけ苦労しているかという説明。

 何も分からない劉を助けてほしい、という文も記載されている。


 少女は『なんか知らん男を原作キャラが大切に扱っている』という光景に、不思議な懐かしさを憶えていた。

 どっかでこういうの読んだな、と少女は懐かしむ。

 その懐かしさが、少女の胸の奥に嫌な懐かしさを蘇らせる。

 メモを真面目に読み、ふむふむと頷く少女。


「へぇ、じゃあ、あたしが喋ってあんたが聞いてる分には、言葉の一部はそのまま伝わるんだ……タイミング良かったのね、あたし。じゃあ改めまして、はじめまして。フィア・サンブラージュです。転生前は普通に日本人の名前だったけど、まあそれは置いておいて、今はこの世界に転生して原作主人公ってやつをやってるわ」


「劉孟徳」


「おお……本当にあたしの言ってることは伝わってる……」


「顔可愛 背低 丸容姿 柔容姿 可愛過 人気投票一位級容姿 微笑危険」


「そしてあんたの言ってることは伝わらない、と……苦労してそうね……」


 フィアがころころと笑う。

 リスを思わせる笑い方をする少女であった。

 フレンのようなともすればキツそうに見える絶世の美女ではなく、どちらかと言えば街で一番モテる街角のパン屋さんの看板娘、という印象を受ける。


 可愛らしい顔で、遠い目をして、フィアはすぐに本題に切り込んだ。


「ふっ……見事だったわ、昨日の……あ、ごめん、0時過ぎちゃってるから一昨日だったわ。日付変更付近でリプ会話してる時みたいなことうっかりやっちゃった……ああいやいいのよそういうことは!」


「餅付」


「え、なに、いきなりお餅付くみたいな真似して……餅付け? ああ! 落ち着けのネットスラング! 何よその表現! あたし以外に通じるわけないでしょ! この世界の人達にずっとそういう意思表示してたのあんた!? 嘘でしょ!?」


「草」


「あははっ」


 劉も、フィアも、ちょっと楽しい気分になっていた。


 劉は地球の中国生まれの中国人。

 フィアは日本から転生して来た日本人。

 二人はこの世界において絶対的な異端である。


 この世界に来る前にいつもしていた話ができない。

 日常的にしていた楽しいトークができない。

 慣れ親しんだ気軽な会話に接続できない。

 それがどれだけのストレスになるのか、体験したものにしか分からないだろう。


 そして、『同じ世界から来た二人きりの仲間と懐かしい話題に浸る』ことがどれだけそのストレスを消し飛ばしてくれるのかも、体験しなければ分からない。


 ただ、一つ懸念を挙げるのであれば。


「あんた……の人間?」


「?」


「隠さなくていいわ。Twitter? ハーメルン? SS速報? やっぱり……pixiv? あそこが一番『ロマンスサーガ 花鳥風月』の二次創作盛んだもんね……」


「君 二次創作小説投稿者 我未知界隈 未知単語羅列……」


 二人は、所属言語圏が違い、定住している界隈が違うということであった。


「何言ってるかわかんないけど、たぶん肯定よね。やっぱpixiv民の召喚転移参戦系オリ主型だったか~。色んな原作で死ぬほど見てきたもん、二次創作の最初のバトルで高慢ちきな金髪のイケメンや美女やら倒して気持ちよくなる感じの二次創作……! 昨日のあんたのあれ、だいぶ古傷を抉られちゃったわ! あはは! あ、私は原作主人公転生系夢主ね。鬼殺しの刃とか名探偵とかの夢主で書いてたのよ、あたし」


「君日本語下手 我中国語上手」


「でも、うん、よかった。原作に居ない人が突然生えてきた時はどうなるかと思ったけど、二次創作の定番中の定番やってくれるんだもの。逆に安心しちゃった。二次創作趣味の人って、あたしの周りにあんま多くなかったからさ。同じ趣味の同好の士が来てくれて、不安だったのがちょっと和らいだっていうか、嬉しかったっていうか……できればあんたとは、仲良くやっていきたいって思ってるの」


「何何何何何何」


 そして、劉孟徳が一次創作主体の『創りまくる』タイプのオタクであるのに対し。


 フィアは、二次創作主体の『語りまくる』タイプのオタクであった。


「あたしが目指してるのは、レッドダイヤのメインルートのハッピーエンド版を0から創り出すことなの。いやね、あたしは基本的にこのゲーム好きなんだけどさ……好きなものに完全にケチつけるところが無いってこと無いじゃん? いや、完全にケチつけるところ無い名作ってのも確かにあるんだけどね! でも『ここ直したら人類最強のシナリオだったのに』っての有るもんじゃん? ま、あたしは『このゲームのこのシナリオ叩かれてるけどまあ●●のところは『ナシ』だなぁーってあたしも思ったから同意だなぁ……でもここまで叩かれるほどじゃなくない? また売れてる○○さんのシナリオに粘着しに来てる性格ゴミクズ軍団来てるんでしょ』みたいな自己弁護するためにこのフレーズ使っちゃうことが多いんだけど……って、あたしのことはいいんだよあたしのことは! つまりね、このゲームのちょっと良くないなって思った部分について、これからあんたに話しちゃうんだけど、これはちょっとしたあたしのお気持ちであって、あたしはこの作品のアンチじゃないことを分かっておいてほしいわけ。なんか迂闊に作品の改善してほしいところ発現すると、女所帯ではすぐ作品アンチ認定されて裏で晒し上げられてることってあるからさ」


「超早口」


「あ、もしかして同意してくれてるの? ありがとう!」


「此奴」


 それはもう。


 止まらぬ女であった。


 この女が、今この世界の『原作主人公』なのである。


「そもそも、あたし前世じゃこういう話全然できなかったのよね。っていうのもさ、乙女ゲー00年代からの古参おばさんと違って、あたし世代の子って据え置きの乙女ゲーやってる子全然いないのよ。あたしはやってたけどね? 長くやってる乙女ゲーメーカーって昔のファンにしか媚びてないことが結構あってさあ。若い子に媚びることしてないから界隈が弱体化してんじゃない? って思うんだけど、ツイッターとかでこういうこと言ってたら炎上するじゃん。若い子向けの乙女ゲーの主流ってなんかソシャゲに移りつつあるんだけど、なんか突然乙女ゲーがBLゲーに方針転換することあってさ、ああいう地雷本当に耐えられないから全然触ってなくて、だからあたしはこの世界の『ロマンスサーガ 花鳥風月』みたいな安心して始められる据え置きゲーばっかやってるオタクになっちゃったのね、まいったわね」


「超早口」


「ありがと。こういう話できる相手とか、話聞いてくれる相手とか、あたしリアルにいなくてさ……ツイッターとかで漏らしたらお気持ちリプされて晒されるじゃん? 転生前から転生後まで数えたら、20年以上リアルで誰かに話したことなかったかな……話聞いてくれたの、あんたが初めてかも。なんか普通に、救われた気持ちね」


「…… 我全部聞 好放題会話継続 許可」


 トークハザードは止まらない。


 一時間、二時間、三時間。


「で、知ってると思うけど、このゲームはレッドダイヤ、グリーンクローバー、ブルークラブ、イエローハートの四つの学群レギオンに所属する、チェスの駒に見立てられた使命称号を原作キャラ達を攻略して、味方につけて、シナリオ後半で襲いかかる脅威に立ち向かう乙女ゲーなのよね。イケメンとの恋愛エンドと同性との友情エンドがいっぱいあるわけ。あたしは今レッドダイヤの新入生。フレン・リットグレーがグリーンクローバーの女王クイーン。アマーロ・ルヴィオレッツがブルークラブの女王クイーン。ルチェット・ロップシャイアは役職なし。ラウェア・ロパープレアも役職なしね。あ、フレンの婚約者はグリーンクローバーのキングだから気を付けて」


「長 長 長 終了何時? 機関銃会話 既三時間 朝来」


「ああ、やっぱり原作設定は知ってる感じなんだ? じゃあそんな詳しく説明しなくてもいいわね。あたしの基本方針だけ伝えておくから、できるだけ良い結末に持っていくために、後であんたの力を借りるかも───」


 劉の脳裏に、一つのイメージが浮かんでいた。

 左鈎突きから始まった凄まじい連撃で、劉孟徳が倒れることさえ許されないまま、滅多打ちにされるイメージが。

 言葉の大洪水だけで、劉のメンタルゲージがモリモリと削られていく。


「レッドダイヤの寮の担当ライターね、文芸からの引き抜きなのよ! 凄いわよね、文芸集の作品から才能のある人を引き抜いてきたって。完全無名のシナリオライター、されど光る実力と才能! もー最高すぎてね、あたしついついレッドダイヤ志望って入学の時に書いちゃって、だから今レッドダイヤなのよ」


「此奴 凄女 言葉不停止 怪物 熱意本物 我応援決意 彼女本気本気」


「でもイエローハートの担当ライター、昔あたしに地雷掴ませてきたからちょっと苦手……地雷はライターのせいじゃなくてディレクターのせい、って言い分も分かるんだけど……この世界の元のゲームのシナリオ書く前に、『ヴィー・アポカリプス』って乙女ゲーのシナリオ書いてたんだけどさ、公式も告知せずになんかBL入れてきてて……なんか『女は皆好きだろBL』って感じとか『ライターのあたしは何にでもBL入れた方がいいと思うの』みたいなのをライターのアカウントの発言からも感じちゃって……いやあたし別に求めてねえけどって感じで……このゲームではBL書いてなかったし、シナリオ事態は最高だったんだけど、イエローハートの担当ライターは未だになんか苦手だから避けたい気持ちが強いのよね……」


「此奴 横顔美人 可愛過 小動物的 唯一欠点 話長過」


「で、転生してから気付いたんだけど……ファンディスクではイエローハートの担当ライターが脚本担当だったからレッドダイヤのキャラも書いてたんだけどね……そんでツイッターで『矛盾する後付設定付けるな』ってめっちゃ炎上してたんだけどね……レッドダイヤ行ったら、推しがファンディスクで追加された癖を見せてきてたのっ……反映されてたのよファンディスクの設定……! やだぁ~地雷ライターが勝手に書いた推しの地雷設定と地雷ムーブがこの世界の推しに反映されてるのやだぁ~! 『この子闇がなさすぎるから追加しましょう』みたいなノリで追加してきた心底要らない地雷要素と向き合うのやだ~」


「表情豊 可愛 悲顔 可愛 笑顔 可愛 唯一欠点 話長過……」


「慰めてくれてるの……? ほんと、たしゅけてぇ」


「我同様 救助希望 東空朝日上昇……」


 気付くと。


 もう、朝だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る