破滅秒読み最カワ悪役令嬢とノックス十戒破壊型中国人 「異世界の標準語ってなんで日本語なんだ悪役令嬢」「中国語が通じないぞ悪役令嬢」「それにしても君可愛いな悪役令嬢」「君の恋を応援するぞ悪役令嬢」
見せてやる、中国3.1415926535897932384626433832795028841971693993751058209749445923078164062862089986280年の歴史を
見せてやる、中国3.1415926535897932384626433832795028841971693993751058209749445923078164062862089986280年の歴史を
フレン・リットグレーは、頬杖をついてつぶやいた。
「すごいことになっちゃったわね」
ルチェット・ロップシャイアはメイド服スカートの裾を整えながら、主人たるお嬢様の言葉に頷きを返す。
「すごいことになっちゃいましたねえ」
昨日の召喚でひと騒ぎ。
今日の黒龍滅殺でふた騒ぎ。
聖アルカディア学園は、授業の合間の休み時間の度、そこかしこで昨日今日の騒動の話ばかりがなされる混沌と化していた。
話題の中心は当然、召喚された劉と、召喚したフレンである。
そして異常事態に揺れ動いているのは、無論生徒だけではなかった。
「どうでしたかお嬢様。先生方の呼び出しの件は」
「……公爵家の魔力が召喚するのはやっぱり全部おかしい、って言われたわ」
「でしょうね。乳もデカい、魔力もデカい、それが公爵家というものですから」
「あなたみたいなのが好きな男性だって居るから……」
「ありがとうございます。でもできれば貧乳が好きというよりは、わたしの全てを知った上で、他の全ての優良物件の令嬢と比較し、その上でわたしを選んでくれるような、私そのものの価値を全ての上に置いてくれるような運命の男性がいいですね」
「そういう面倒臭い性格が好きな男性はあんまり居ないと思う」
「なんですと」
世界が奇妙な形に動いていくような、そんな予感を、学園の誰もが感じていた。
「まあとにかく、思ってたよりもリューの戦闘力が高かった……というか高すぎたから、色々再検討しないと行けないって話になったわ」
「でしょうね。あんまり軽い事態ではないと思われます」
この国では、『聖女』が何よりも重く扱われる。
かつて世界を救った少女。
この国の建国に携わった聖人。
自然発生という形で、初代から連綿と継承される力と称号。
それこそが、『聖女』。
今現在聖女に認定されている存命の人物は存在しないが、そういう人物にしか倒せない龍が倒され、公爵令嬢が『伴無し』となり、王国の歴史に前例の無い規格外がもうひとりの公爵令嬢の手の中にある───これは、由々しき事態であった。
学生はまだいい。
大人であればあるほど、迂闊には行動できないことだろう。
これは、政治のパワーバランスにさえ関わる問題だからだ。
ゲーム後半で、この国は大いなる内戦を引き起こす。
つまりゲーム前半にあたる現在にはもう既に、そこら中に火種があるのだ。
一歩間違えれば、今すぐ爆発しかねないほどに。
そして、まだフレンらに接触することを躊躇っている一人の女───原作主人公に転生した『彼女』もまた、どうするべきか迷っていた、が。
それは、フレンにも、ルチェットにも、劉にも、預かり知らぬことである。
「リューはどうしてるの?」
「あそこですね」
窓際に行き、ルチェットが指し示すまま学園東側広場を見下ろす主従。
そこには、多くの生徒達に遠巻きに見られながら、演舞をする劉の姿があった。
「わたしもちゃんと意思疎通できているかはだいぶ不安ですが、どうやら先の戦いで自分の体が思ったように動かなかったので、鍛え直しているらしいです」
「え。あれで? 瞬殺だったのに?」
「らしいですね。身振り手振りから推測した形になりますが……夏と冬に、何かとても大事な祭典? か何かがあって、それに本を納品する役割がある……? らしくて、そのためにずっと体を動かしてなかった、ということらしいです」
「ああ……私達で言うところの季句祭かしら。それにしても、祭祀はかなり高位の貴族の役割よ。となるとやはり、彼はかなり高位の貴族。それも年に二度の祭で役割を与えられるほどの立場……頭が痛くなるわね。王族でも不思議ではないかも」
「いや、わたしも全然理解できていないと思うので、あまり真に受けないでくださいね、お嬢様。他人が考えている内容を勝手に憶測で決めつけて分かった風に振る舞うのって、結構失礼ですからね」
「そういうところ意外に真面目よね、あなた」
二人は窓から、演舞を続ける劉孟徳を改めて見下ろす。
その動きが示すものは、太極。世界の真理である。
太極の動きが、見る者全てに中国600000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000年の歴史を知らしめていく。それは拳法の極みと言えるものだろう。
召喚の魔法が奇跡なら、中国の拳法は真理であるのだ。
彼のその動きには、世界そのものの根幹を解釈するような、荘厳で、神聖で、崇高で、流麗な、言語外にしか理解できない意があった。
「燃焼系 燃焼系 網之式 燃焼系 燃焼系 網之式 是運動実行不要 是一本! 燃焼系 歩歩歩 網之式」
彼が口にしている言葉の羅列の意味は、誰にも分からない。
しかし、もはや誰もが彼に一目置いている以上、その言葉の羅列の意味を気にしない者は多くないだろう。
自然の祈りか。
悍ましき詠唱か。
神への賛美歌か。
その言葉の正体は分からないにしても、誰もが彼の理解不能な言葉を耳にし、それに対して敬意を持たない者はいないはずだ。
そこに彼の強さの秘密があるのでは、と思う者さえいる。
悠然と動く劉孟徳。
どこか緊張した面持ちでそれを見つめる生徒達。
そして、窓から見下ろすフレンは、どこか楽しげに笑っていた。
「ふふ。変な動き」
懐かしいな、と、ルチェットは思う。
ルチェットの記憶の中で、フレンはよくこういう風に笑っていた。
仲の良い友達が変なことをした時、拾ってきた犬が頬を撫でた時、世話をしていた蕾が花開いた時、フレンはいつもこういう風に笑っていた。
いつからか、こういう風には笑わなくなった。
公爵令嬢の重圧。
他の令嬢からの悪辣な言葉。
婚約者の王子様の機嫌を取る毎日。
勉強も運動も頑張らなければならない、そんな日々。
全てがフレンから、無垢な笑顔を奪っていった。
彼女を、悪しき道に見える方向へと誘導していった。
その先にあったのはおそらく、悪意でしか繋がれない悪意の螺旋だっただろう。
けれど。
くねくね動く劉を見ているフレンは、昔のように屈託なく笑っている。
それがルチェットにとっては、この上ないほどの喜びであった。
「ねえ、ルチェット」
「なんでしょうか、お嬢様」
「アマーロはかわいそうだと思ったし、だいぶ不謹慎だけど……ちょっとスッキリしちゃった。なんだかとっても、ありがとうって気持ちだったわ」
「……ふふ。悪い人ですねお嬢様。わるもの令嬢ですよ」
「からかわないで、給料下げるわよ」
「やめてください!!!!!!」
主従は笑い合って、扉をくぐり、階段を降りて、劉の下へと向かう。
二人が移動している間に、劉の近くに人がだいぶ増えていて、人に囲まれている劉が何かを手渡されていた。
フレンが無自覚に、かわいく小首をかしげる。
「何してるのかしら?」
「画材を渡してますね。あれは……男爵家の方だったかと」
「絵を描こうとしてるということ?」
「そうでしょうね。あれは……鳥皮紙と各種画材ですね。どうやら美術倶楽部の方達が寄ってきているようですが……」
「リューは絵を描けるのかしら」
「さあ……? 絵描きも貴族趣味というイメージはあります……が……えっ、いや、上手っ……えっ、えっ、なんですかあの筆の捌き方」
「……わぁ。素敵ね。絵も綺麗だけど……筆運びが、とっても綺麗」
ある貴族の生徒が劉に話しかけ、劉が優しく応対した時、それに続いて話しかけた生徒も無下にされなかった時、にわかに場が沸いた。。
生徒が持っていた描きかけの絵に対する反応と身振り手振りから、劉が絵を描けると判明した時、またちょっと場が沸いた。
生徒がちょっと興奮気味に『未知の絵が見たい』と劉に画材を渡し、劉が感覚的に異世界画材の使い方を把握し、筆を握ると、更に場が沸いた。
そして劉が筆を動かし始めると、もはやその場にあるのは、熱狂だった。
「君居夏 遠夢中 空消打上花火」
「うわ、なんだこりゃ」
「絵ってのは見たままの景色を描くもんじゃないのか?」
「真っ黒な空に、花が咲いてる?」
「この人混みと店の並び、夏の収穫祭? いや、これは……」
「うわ、マジで異世界から来たのかな、この人」
「ファンタジーだよ、こんな景色見たことない」
「なんだこの絵は! 僕のデータにないぞ!」
「君髪香弾 浴衣姿眩過 祭夜胸騒」
「女の子と男の子が書かれてますわね」
「不思議な服だ……なんて名前なんだろうな」
「逢引ですよこれは、純愛ですよ、甘酸っぱい!」
「恥ずかしくて手を繋げないから、指先だけ繋ぐ……奥ゆかしさ……」
「なんだこの情緒は! 僕のデータにないぞ!?」
「君居夏 遠夢中 空消打上花火~」
「書き込まれるたび、絵に命が吹き込まれていくようだ」
「いや、面白いな、この絵を描く技術……言葉が通じればなあ」
「わたしは逆の意見ですわ。この方と通じ合うのに言葉要ります?」
「言いたいことは分かるけど、言葉は通じてほしいかなぁ」
「うん……絵画の授業、真面目に受けてて良かったや。ちゃんと」
「ですね。なんというか、伝わるものが、グッとあって……」
「綺麗だよね、空に咲いてる、この光の花。とっても綺麗だ」
「データ!」
人と人は、言葉がなければ分かり合えないのだろうか。
フレンとアマーロのように、言葉が通じる相手とさえ分かり合えないのであれば、言葉が通じなければ、分かり合うことはできないのだろうか。
『そんなことはない』と教えられた気分に、フレンはなっていた。
夏の空。
描かれた打ち上げ花火。
それを眺める男女。
男女の間で、指先だけ繋がれた手と手。
劉が綺麗なものを描いて、それを皆が美しいと思ったなら、言葉が通じていなくても、心は通じて分かり合えたと、そう言えるのではないだろうか。
ほんの少しであっても。
心が繋がったと、言えるのではないだろうか。
「……ああ」
先程まであった、太極を成す劉に対する畏敬の念がふんわりと変わって、美しいものを描く劉に対する親しみが、その場の全員の心に大なり小なり広がっている。
それが自分のことのように嬉しくて、フレンは柔らかに微笑んだ。
「言葉が通じなくても。絵なら通じるものがある……芸術だものね」
ルチェットは劉を見つめながら、フレンの横に歩み寄る。
「お嬢様」
「なに?」
「彼は未知数です。本音は分かりません。不思議な力も持っています。我々に対して何を思っているかも分かりません。公爵家のメイドとしては、怪しげな男とは関わるなと言う義務もあります。しかし、です」
絵を描き終わったらまた変な太極の動きを始めた劉の周りで、ノリのいい貴族の少年達が手を叩き、太極の動きのリズムを取っている。
それを見て、ルチェットの口元にも、微笑みが生えた。
「わたし、彼とは上手くやっていけると思うんです」
「……そうね。うん。私も、そう思う」
言葉が通じなくて、互いの気持ちを勘違いしまくってしまって、それでヘンテコなすれ違いを繰り返してしまったとしても。
『それでもいい』と、思える関係が出来たなら、きっと。
「彼がどういう人間か全然分からないけれど。彼が美しいと思うものと、私達が美しいと思うものが同じなら、最低でも友達くらいにはなれるんじゃないかしら?」
「はい」
出会ってまだまだ、間もないけれど。
最低でも、友達くらいにはなれる。
そう思えたから、今日はいい日だと、そう言えるのである。
「週間少年跳躍 僕英雄学園 巨乳! 太腿! 加虐! 性癖! 最高傑作!」
「そうだー! 分からんがその通りだー!」
「うおー! 何言ってるのか知らんがたぶん真理だー!」
「なんなんですの貴方ー! けれどその言葉に熱さを感じるから賛成ですわー!」
「異世界人なんだろうキミー! なにを語ってるのか教えてくださいー!」
「見てくださいお嬢様。言語の壁を越えて分かり合った皆の心が一つに……」
「なってないでしょ」
「なってないでしょうね」
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