召喚されたチート中国人は気ままなセカンドライフを謳歌する。~俺は中国拳法だけじゃなくあらゆる物に八極拳を付与できるし、俺の意思でいつでも鉄山靠を打てるけど、フレンさんをバカにしてる人たち大丈夫?~

 経済のリットグレーと武門のルヴィオレッツ。

 二つの公爵家の対立は、原作ゲームにおいても厄介な要素である。


 原作主人公がこのどちらかの家の味方をしたり、どちらかの家から支援を受けようとすると、必然的にもう片方が敵となる。

 すると敵になった方と協力関係にある勢力も総じて敵になり、逆に味方になった方と協力関係にある勢力も総じて仲良くなりやすくなるのだ。


 無論、どちらとも関わらない路線も、両方敵にしてしまう路線も選べる。

 その場合のみ選べるような選択肢も存在している。

 しかし、両方味方にすることはできない。

 そのくらいには、この二家は犬猿の仲なのだ。


 今、中庭で、二つの家の令嬢と、その従者が対立している。

 いつものことであった。

 投稿途中の生徒らが、睨み合う二家の者達の横を平然と通り抜け、自分達の教室に向かい上がっていく。

 一部の生徒はこれさえコンテンツとするように、窓からその対立を眺めていた。


 公爵令嬢、フレン・リットグレー。15歳。

 ステータス合計424!

 統率100! 武力90! 政務63! 智謀79! 魅力92!


 フレン専属メイド長、ルチェット・ロップシャイア。15歳。

 ステータス合計408!

 統率82! 武力70! 政務81! 智謀91! 魅力84!


 公爵令嬢、アマーロ・ルヴィオレッツ。15歳。

 ステータス合計468!

 統率99! 武力85! 政務93! 智謀99! 魅力92!


 アマーロ専属ショタ執事、ラウェア・ロパープレア。12歳。

 ステータス合計338!

 統率75! 武力65! 政務59! 智謀70! 魅力69!


 そして、睨み合ってる四人の事情が分かってるような、分かっていないような、そんな感じの顔をしている劉孟徳!


 彼に言葉が通じなくて良かった、と言えることはいくつか存在する。

 その一つがこれだろう。

 ちょっと聞くに堪えない罵詈雑言というものはある。


「あらあら、本当に人間なんて召喚してしまったのねえ、フレンさん……ふふ、やっぱり貴方、お出来の悪い令嬢だったんじゃないんですの?」


「アマーロ、今回の召喚は事故よ。彼は必ず故郷に送り届けてみせる。私も召喚をやり直して、今度こそ私に相応しい召喚獣を……」


「あら、おかしい話。召喚獣の召喚は人生に一度きり。やり直すことなんてできやしないでしょう? おかしくなりましたの?」


「っ」


「そして召喚獣を持たない貴族は『伴無し』として生涯見下されて生きていく……貴方はもう半ば『それ』なのですよ、フレンさん。ふふふ、可哀想……みじめすぎて、フフッ、笑えてきますわ」


「そっ、それはっ」


「もう貴方は真っ当な召喚獣なんて持てませんの。これでは第二王子様との婚約も破棄されるのは間違いなし。ああ、なんと哀れなリットグレーの当主様。娘と王子の婚約という政争大逆転の一手を掴んだにも関わらず、娘が出来損ないで、召喚さえまともにできなかったせいで、全ての望みを絶たれてしまうのですからね」


「───っ、ま、まだ、そうと決まったわけじゃ……!」


「おほほお! もうほぼ決まったも同然でしょう! だから公爵家も学校も大騒ぎしているのでしょうに。貴女は婚約を破棄され、一生を出来損ないの令嬢として過ごすのですわ! 召喚獣を持たない令嬢など嫁の貰い手もないというもの! 良いザマですわね、フレン・リットグレー! 笑いが止まりませんわ!」


「く、うっ」


「これまでわたくしに生意気に逆らってきた貴女に降って来た天罰、それがこれなのでしょうね! 元より金勘定しか取り柄のない姑息なリットグレーもこれで終わり。剣によりこの国を守り続けてきたルヴィオレッツが正しく評価される時代が来るのですわ! 我々の名誉をかすめ取る狸が消えるのですからね!」


「っ……!」


「そしてわたくしに劣るというのにわたくしより評価される目障りな拝金主義の家の娘も消える! これでようやくわたくしも正当に評価されるというもの! わたくしも武門の娘として恥じない評価をようやく受けられますわ! 貴女が没落する中、わたくしは栄光の階段を駆け上がる! これで笑わずにいられるものですか!」


 爆乳を揺らして没落確定のライバルを嘲笑いに嘲笑うアマーロ。

 悔しげに歯噛みするフレン。

 ルチェットはフレンの後ろに控えるメイドとして大人しくしていたが、しれっと『気にしている部分を擦る』煽りを吐き捨てた。


「その乳じゃ剣も振れないでしょ、それで武門の娘名乗るの笑えるんですよ」


「こらルチェット! 相手の身体的特徴で煽るのはアウトよ!」


 止めるフレン。アマーロのこめかみに青筋が走った。


「今一線越えましたわよ貴女。ぶっ殺しますわ」


「乳も振れないそのデカい剣でわたし殺せるわけないですよ。あ、逆でした」


「表に出なさいメイドッ! ソテーにしてあげますわ!」


 劉は会話の内容が全然わからなくて置いてけぼりになったので、会話の途中からアマーロの従者のラウェアくんに話しかけに行っていた。


「顔良 少年期菅田将暉似 将来性交相手自由 将来女困皆無予想 自由頑駄無 股間自由頑駄無 御令嬢執事採用納得……」


「ええと、言葉が通じなくても自己紹介はしておいた方がいいかな。ラウェア・ロパープレアです。アマーロ様のルヴィオレッツ家の分家にあたります。本当はこの学園の生徒ではないのですが、アマーロ様の傍付きとして多くを学び、アマーロ様と共に学園の授業も受けるようにと、お父様から命じられている者です」


「猫動画何視? 我猫動画好 今猫動画視聴不可 猫好 猫好 我悲嘆」


「わぁ、ホントに何言ってるのかわかんないや。どうしよう……あ、ねこだ」


「猫!」


 劉がラウェアと猫と一緒に花壇巡りに入っている横で、悪役令嬢ベイビーと悪役令嬢ベイビーの舌戦は止まらず、過熱した口論はついに危険な領域へと突入する。


 全長2~3m程度の黒龍が、アマーロの体を這うようにして巻き付いていた。


「これがわたくしの召喚した召喚獣。分かるでしょう? 貴女が事故で人間を召喚していなかったところで、わたくしの召喚獣を超える召喚獣を召喚することなど叶いませんでしたわ。格を見せつけられるだけに終わったでしょう。むしろ、人間などというものを召喚したことで言い訳ができてよかったのではありませんの?」


「……真漆黒龍エル・ブラック・ドラゴンの幼生。かつてこの国を救った聖女でなければ、誰もが倒せなかったという、召喚獣の頂点の一つ……」


「ええ。聖女以外の攻撃を決して受け付けず、永遠の不死を約束された存在ですわ。今はまだ小さな幼生の龍ですが、今の時点でも攻撃を受け付けない絶対性は発揮しています。一国くらいは鼻歌混じりに滅ぼすでしょうね。そして何より死なないということは……人間を召喚してしまった貴女と違い、『伴無し』になることが絶対にない、ということですわ。ふふっ」


「……ッ……」


「おーほっほ! その目! それが見たかったんですの! どんなに踏みつけようと挫けない貴女の目が、本当に目障りでしたわ。でもそれももう終わり。どうやらとうとう、貴女の心が折れる日が来たようで、胸が高鳴りますわねぇ!」


「言いたい放題言ってくれるわね……!」


「ええ! 言いますとも! これでわたくしの婚約者の第三王子様も大いに喜んでくださることでしょう! 伴侶が真漆黒龍エル・ブラック・ドラゴンの主であるというだけで、第三王子様も次期王候補として一気に有力になります! 召喚で全てを失った貴女と違い、わたくしは召喚で全てを手にするのですわ!」


 アマーロの黒龍。

 それは、原作主人公……聖女フィア・サンブラージュでなければ倒せないという設定を付与することで、主人公に最大の見せ場を作る、つまるところカマセボスの宿命を背負わされたドラゴンであった!


 原作ではイベント戦闘でしか戦うことはない!

 原作主人公が特殊スキル『聖女の光』を使えば即死!

 そして大量の経験値を原作主人公に与え、原作主人公のレベルが低すぎた場合、クリア可能なラインまでレベルを上げてラストの詰みを防止する!

 経験点320000!

 低レベルで進めていた初心者を救済する、初心者救済用経験値提供エネミー!

 皆、特に理由がなくても倒しに行き、レベルを上げるのに使うふしぎなあめ!


 SNSでの通称、おやつドラゴン!


「この龍こそわたくしの人生の永遠の絶頂を約束する最強にして無敵の従者。もはや、伝説のグローリー・ドラゴンそのものと言っていい存在……」


 否! おやつドラゴンである!


 いい加減終わんないかな、と思い始めたルチェットは、言葉が通じないために無言で花壇巡りをしていた男達を引き戻しにかかった。

 劉の白髪束の先が青くなっているのを確認し、ルチェットは話しかける。


「リューさん、何か特技とか無いんですか? できれば派手なのがいいんですが」


「中国拳法 鉄山靠 得意」


「無表情過ぎて全然分かりませんがどこか得意気ですね……もう何に関して得意気なのか分かりませんが、お嬢様の自尊心のためにそれをやってください、さあさあ」


「鉄山靠披露 其君達助? 理解 君達手伝希望 恩返実行 我戦闘挑」


「あれなんか微妙に変な伝わり方してる気がしますねこれ」


 髪の青色は、完全なる翻訳を意味するものではない。

 一番翻訳がマシになっているタイミングを示す色だ。

 だから、話が部分的に伝わって、変な伝わり方をすることもあるのだと、ルチェット・ロップシャイアはこの日初めてちゃんと認識した。


 劉はあんまり状況が分かってないまま、ずんずん歩いていく。

 『お嬢様がいじめられてるからかっこいいところを見せてください』くらいの認識で、劉はルチェットの説明を受け取った。

 ルチェットの「平和的に特技見せる感じでお願いします」的なニュアンスは一切伝わっていなかった。

 ゆえに、フレンを庇うようにそこに割り込む。


「リュー?」


「……あら」


 フレン視点、それはフレンを責めるアマーロを静観していた男が、フレンに対する悪口の数々に耐えかねて、助けに来てくれたように見えた。

 自分を守ってくれているように、見えた。

 フレンの瞳に彼の背中は、御伽噺の中の英雄のように、格好良く見えた。


 それはアマーロにとっても同じ。

 されど、感情は真逆である。

 アマーロは騎士の鑑のような彼の行動に感心していたが、フレンを気持ちよく罵倒していたところを邪魔されたため、当然いい気持ちにはならない。


 何より、アマーロはフレンが嫌いだ。

 嫌いで嫌いで仕方ない。

 嫌いな女を庇う男は、連鎖的に嫌いになってしまう。


「お仕置きが必要かしら?」


 アマーロが手をかざすと、黒き龍が翼を広げ、アマーロの頭上に飛び上がる。

 アマーロの魔力を吸い上げ、龍はどんどんその力を高めていく。


 フレンの顔色が、さっと青くなった。

 これは、召喚獣の戦闘準備。

 人間を遥かに凌駕する力を全力で発揮するため、召喚獣が召喚者の力の一部を取り込んで、その力を高めていっているのだ。

 その目標が誰かなど、問うまでもない。


 聡明なフレンは、すぐに気付いた。

 この学園には、『召喚獣同士の戦いでどちらかが死んでも罪には問わない』という決まり事がある。

 悪意的な貴族はこれを使って召喚獣を殺して『伴無し』を作り、自分の派閥の奴隷のようにすることもあるという。


 だが、今回は。

 アマーロは純粋にフレンを苦しめるためだけに、劉を、黒き龍に殺させようとしているのである。


「アマーロ! やめなさい! その人は私の……私の失敗の被害者なだけなの! 何も悪いことなんてしてないのよ!」


「あら」


 フレンは必死に止めようとした。


 しかし、逆効果だった。


 アマーロは劉の助命を懇願するフレンを見て、嗜虐的に笑む。


「貴女が苦しむというのなら、俄然やる気が出て来てしまいますわね。やりなさい、わたくしの龍。永遠を約束された不死。わたくしの栄光の第一歩を、そこな負け犬女の召喚獣を焼き尽くした焚き火の光で、照らし上げなさぁい!」


 アマーロが、嗜虐的に笑いながら手を振り下ろす。


 黒龍が、主人の命令を果たすべく、無敵の体で襲いかかる。


 フレンが、劉の死を見たくないがために、目を瞑る。


 ラウェアが息を飲み、ルチェットが劉を抱えて逃げる算段を立て始める。


 劉孟徳は静かに、膝を僅かに曲げ、腕を少し下げ、『鉄山靠』を構えた。






 突然だが。

 この世界は確かな現実であるが、同時にゲームをなぞる世界である。


 この世界の法則は全て現実的な物理法則で成立しているが、それを解釈するために必要な数学は、地球に存在する物理数学ではない。

 ゲームの内部数字を取り扱う数学だ。

 つまるところ、この世界で起こる全てのことは、ゲームの計算式という名の基本物理法則で解釈するのが、一番分かりやすく飲み込めるということである。


 たとえば、このゲームでは、全てのキャラの体つきに個別の数字が設定されており、ゲームをプレイしている時、画面に映る登場キャラ達の体つきの個性は、この設定値を反映したものになっている。

 たとえばフレンの胸は『+50』と数字が設定されているが、アマーロの胸は『+70』と設定されていて、それが外見に反映されている。



 キャラのモデリングはそうなっている。

 では攻撃技にはどういう数字設定があるのだろうか?


 この世界の攻撃技には、『最終特殊判定値』というものが設定されている。

 これは、「攻撃を受けた後の敵の残りHPにこの数字を掛け算したものが、攻撃後の敵のHPになる」というものである。

 通常、ほとんどの攻撃技は『1』に設定されている。


 このゲームに登場するイケメンの一人は、『半減撃ち』という攻撃を持つ。

 この『半減撃ち』は、『最終特殊判定値』を『1』ではなく『0.5』として扱うため、攻撃が効いた・効いてないに関わらず、『半減撃ち』を当てられた者のHPは、強制的に半分まで削られるということである。



 『最終特殊判定値』は、攻撃後に残った敵HPに、数字をそのまま掛ける。

 1ならそのまま。

 0,5なら半減。

 0.3倍なら3/10になる、という風に。

 では……この数字が、0


 劉はこの世界の異分子である。

 この世界に前から居た存在とは枠が違う。

 当然ながら、現実であるこの世界にデバッガーなどいない。

 どこかでっても、直す者などいない。


 たとえば、異分子の劉が、この世界で攻撃技を撃つとして。

 その攻撃技の計算式は、どうなるのだろうか?

 普通の技と同じ処理になることは、ありえないのではないか?


 そう。

 劉の『鉄山靠』は、『最終特殊判定値』を他の数値から引用している。

 引用した数字を、最終的に敵のHPに掛け算している。




 参照先は、ルチェットの胸の大きさの設定値だった。




 ルチェットの胸部膨らみ設定値は……0!

 驚異の、0!

 驚異の胸囲!

 されど、それが規格外の奇跡を起こす!

 ルチェット・ロップシャイアの貧乳を、鉄山靠が世界最強の一撃へと昇華する!


 黒龍は死んだ。

 それはもう死んだ。

 どうしようもないくらい、鉄山靠の一撃で死んだ。

 不死設定があったのに、死んだ。


 ルチェットの貧乳と劉の鉄山靠の内輪差に巻き込まれ、死に至った。


「えっ」

「えっ」

「えっ」

「えっ」


 劉以外のその場の全員が、目を擦った。


 いつもの公爵令嬢VS公爵令嬢の口論と衝突を遠巻きに見ていた生徒達が、全員揃って目を擦った。


 止めようと走り寄って来ていた教師が、目を擦った。


 世界に意思があったなら、たぶん世界も目を擦っている。


 アマーロは現実を認められず、されど現実と向き合うしかなく、よろよろとした足取りで、鉄山靠を受けて動かなくなった黒龍に歩き寄る。


「えっ……じょ、冗談ですわよね……? 聖女以外に殺されないことを世界に約束された、真漆黒龍エル・ブラック・ドラゴンが……え? し、死んだふりなんておやめになられて……え? え? え? 死んでる……」


 アマーロの膝が折れ、ぺたんとその場に腰が落ちる。


 ぽんぽん、とそんなアマーロの肩を叩く手があった。


 振り返れば、そこには生暖かい微笑みをアマーロに向け、けれど内心ちょっとアマーロに同情している、ルチェットの姿があった。


「召喚獣、死にましたね。『伴無し』の仲間入り、おめでとうございます」


「あ」


 公爵令嬢、アマーロ・ルヴィオレッツ。


 没落決定。


 婚約破棄決定。


 ゲーム・セット。


 この学園においては───召喚獣で、敵対した悪役令嬢の召喚獣を倒すことで! 『伴無し』に落とし! 強制的に婚約破棄に追い込むことが許されている!


「なんでですのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 公爵令嬢の叫びが、校舎にこだまする。


 その日、奇跡の日に、爆乳は貧乳に負け散らかした。

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