正体不明の中国人。人呼んで『電脳世界の王』
二人の女性……年頃から言えば、少女と言うのが正しいのだろうか。
二人の少女が、劉孟徳の前でああだこうだと相談している。
しかし、芳しい結果は出ていないようだ。
完全に未知なる土地から召喚してしまったらしい男。
言葉は言うにも聞くにも通じない。
当然ながら意思疎通もできない。
故郷に帰す目処も立たない。
公爵家の名に掛けて彼を元の居場所に帰してあげなければ……と思うものの、フレンには打てる手立てがなかった。
「ルチェット、彼の言葉は解読できた?」
「……時間さえかければ、部分的に一部だけなら読み取れるかも……という手応えですね。一定のパターンがあるのは分かるのですが、根本的に異文化ですから」
「そう……なんとかできそうなら、引き続きお願い」
「はい、お嬢様」
公爵令嬢、フレン・リットグレー。15歳。
リットグレー公爵家の令嬢。
今時の悪役令嬢らしいシルエットに、薄青の髪をあてた悪役令嬢ベイビー。
ステータス合計424!
統率100! 武力90! 政務63! 智謀79! 魅力92!
フレン専属メイド長、ルチェット・ロップシャイア。15歳。
公爵令嬢フレンの全てを支える、下級貴族出身の白桃髪の美人メイド。
細く、薄く、すらりとしたボディスタイルに、鍛え上げられた筋肉を隠す。
ステータス合計408!
統率82! 武力70! 政務81! 智謀91! 魅力84!
二人は公爵家の主従として多くの者達の注目を集めながら、日々『聖アルカディア学園』に通う、学生主従でもあるのだ。
劉が連れて来られたここは、彼女らがいくつか持っている邸宅の一つ。
学園に最も近いお屋敷である。
とりあえず腰を落ち着けて話すには妥当なところだろう。
「お嬢様は彼の名前を聞けたのですよね? 素晴らしいことです。この先どうなったとしても、この国で初めて彼とコミュニケーションを取った、取ろうとしたのがお嬢様であるという事実は変わらないでしょう」
「もう、おだてたって何も出ないわよ?」
「給料とボーナスが出るでしょう」
「斬新な昇給要求ね。検討してあげる」
「ありがたきしあわせ。引き続き言語の解読を頑張ります、徹夜で」
「夜は寝なさい……」
ルチェットはメイド服だが、フレンは既に私服に着替えている。
フレンは白が好きだった。
着ている自分まで、ちょっと綺麗な存在に見えそうなところが好きだった。
舞踏会に着ていったら笑われそうな程度にはラフだが、その辺の町民が着ていたら違和感がある程度には気品がある、そんな白い私服を彼女は身に纏っている。
「どうかしら。分からないなりに少しは今の状況が飲み込めたかしら、リュー」
「亜゛! 美人! 着替! 制服着替私服! 服装美麗 反則! 亜゛!」
「……ごめんなさい。私に貴方の言葉は分からないの。でも、知らない土地に一人で放り出された貴方の寂しさ、怖さ、不安だけは、分かるつもりだから……」
「お嬢様……」
何を考えているのか。
何を喋っているのか。
何を抱えているのか。
まるで分からない劉孟徳は、フレンにとって異界の怪物にも見えてくる。
意思疎通ができないというのは、そういうことだ。
けれどフレンは恐れない。
彼を召喚したのは自分だから。
彼を誘拐したのは自分だから。
一番不安に思っているのは彼であるはずなのに、どうして弱音を吐けようか。
自分が元凶なのだから、せめて全てが解決するまでは毅然としていようと、フレン・リットグレーは決めたのである。
「召喚してくれたのが他の生徒の誰でもなく、このお嬢様だったのは意外に幸運だったかもしれませんよ。リューさん」
「君 無胸 無音鈴鹿似 芸術的鋭利細身 美麗身体 格好良 我君味方」
「ルチェット、なんて言ってると思う?」
「わたしに対する褒め言葉か何かじゃないでしょうか。視線こっち向いてますし」
「なるほど……なるほどのなるほどね」
ルチェットは、フレンが最も信を置く従者である。
親友、とも言う。
喧嘩はそこそこ、頭が良く、とにかく多芸だ。
ゲーム的に言うと、スキルが多くて何をやらせてもほぼできる女である。
ルチェットは屋敷の魔道具を使い、劉孟徳の体内を調べあげることを考える。
しかし言葉が通じないため、同意が取れない。
ルチェットは抵抗される可能性も考え、抵抗されればすぐにやめようと考えていたが、何の抵抗もしない劉に少し驚いた。
「動かないでくださいね、変なところに魔力が流れてしまうので」
「美少女接触 体温 伝導 美少女体温 胸高鳴 動揺 動揺 毛細血管決壊」
「ごめんなさいね、不安だと思いますが、召喚の悪影響が体にあったりする可能性もありますので、一度体内まで調べ上げておいた方がいいと思うんです。……ああ、言葉が通じないと謝罪も伝わらないんだ……申し訳ないな……」
「良香 髪長 唇艶 美人 女従者美人 唇魅惑的 顔良 危険 危険」
「リューさん、言葉が分かるようになったら、改めて謝らせてくださいね」
とりあえず、一通り劉孟徳の体内を調べ終わり、どこにも悪影響が無いことを確認して、ルチェットはほっとする。
だが、もののついでで、思ってもみなかったものも発見してしまった。
「お嬢様、ちょっと分かったことが出てきましたよ」
「なに?」
ルチェットは、劉の黒髪の前髪の一束、白く染まっている部分に触れる。
「この髪の白い束の部分、ここに精霊の加護が集まってるみたいです。ここが赤く光っていたら翻訳はほぼ行われておらず、黄色く光っていたらかなり怪しい、青く光っていたらある程度は翻訳されている……という感じでしょうか」
「精霊の翻訳……建国神話にある、『言葉が通じぬ異国の民と会話する耳』のこと? こっちの言葉だけは部分的に彼に届けられる、ということかしら」
白い髪の束の先は、不思議に赤く光り輝いていた。
「はい。実はわたしの実家のロップシャイア領ではあの辺りの伝承の研究が盛んなんですね。なので色々知ってるんです。たとえば建国以前の召喚術式の事例には、異世界の人間を召喚したという記録が残っています。その記録によると、当時召喚された異世界の人間にも、こういう三色に光る白髪の束があったとか」
「……異世界からの、人間召喚?」
「海の向こうの存在すら不確かな新大陸の住人を召喚したと考えるより、既に事例のある異世界からの召喚だと考える方が、地に足のついた推測になると思いませんか」
異世界から召喚された人間。
召喚事故による異世界からの人間拉致。
そういう可能性が出てくると、状況は一気に複雑になる。
「それは……どうすれば彼を元の世界に帰せばいいという話になるのかしら」
「さぁ?」
フレンが不安そうな顔をしたので、ルチェットはこの話を続けることをよしとせず、話を強引に元の話題に戻した。
「とはいえ青の時でも、普通に会話できるわけではありません。たぶんわたし達が必死に意思を伝えようとしたら部分的に伝わるかも、くらいですね」
「難しいわね……でも、完全に意思疎通ができないよりかは良いのかしら」
「給料上がりますか?」
「お父様に相談してあげる」
「わぁ。ありがとうございます」
フレンとルチェットは劉の間近に寄り、彼の白い髪束を指先で持ち上げる。
髪の先は、まだ赤。黄にも青にも変わる気配はない。
「顔近 顔近 顔近 吐息 我顔命中 心臓破裂 死 死滅回遊」
「今の彼は……赤ね」
「目で見たものすら正確には翻訳されていないかもしれません。異世界から人間を呼ぶというのはそういうことなので……」
「……そんな……」
もし『言葉が通じない以上の意思疎通の壁』があるとしたならば、彼と心を通わせるのは、会話できない人間と分かり合うより難しいという可能性も出て来る。
「なんにせよ、彼の人生はしばらく波乱と苦痛に満ちたものになると思います」
「……覚悟は出来てる。私が責任を持って彼の面倒を見るわ」
「お嬢様……それでこそフレンお嬢様。リットグレーの誇りです」
「顔近 顔近 顔近 二人美人 距離近 無警戒 我理性危険 我自制 我自制」
光の色は変わる気配がない。
と、見せかけて。
その瞬間突然、赤色が青色に変わった。
「あ、ルチェット! 青! 青になったわ!」
「え、そんな突然に! 何か質問しましょう! 彼の情報を得るんです!」
「質問って言ったって、えと、えと、ここに来る前はリューは何をしていたの?」
「あ。赤に戻りましたね」
「早すぎるっ……!」
急に始まったドタバタ劇。
あたふたする美少女主従。
数秒で終わってしまった青光に、差し込めた質問は一つだけだった。
劉が、頷く。
フレンはそこに、謎の感動を覚えた。
フレンが聞いて、彼が応えた。
これこそがコミュニケーション。
普段、誰もが当たり前にやっていること、
彼と出会ってから現在に至るまで、フレンはこうした問答さえ一度も成立していなかったのである。
だから、そこには謎の感動があった。
コミュニケーションという、フレンが普段当たり前に行っていることがどれだけ価値のあるものだったかを再確認したような、ポケットにずっと入っていた宝石の存在にふと気付いたような、そんな感覚。
フレンはそれを教わっただけでも、彼と出会ったことに有意義な価値があったのだと、そう思えたのである。
が。
「美少女似男子 外見女子男子 嘲笑対象我 『僕男子~』 超可愛 最高」
「お嬢様。彼がわたし達の言ってることを部分的にでも理解したとしても、彼が発する言葉をわたし達が理解できなければ意味がないのでは?」
「うん……今私もそう思ってる……」
「外見美少女男子 男之娘 『残念我男、性交不可~』『我男、我男、駄目、駄目、尻穴不可~!』 男性向性交本 大人気 我執筆 年十冊」
「ああ、でも、身振り手振りで伝えようとはしてくれていますね。これは……小説の執筆? 文筆家だったんでしょうか」
「え、それじゃ結構身分が上の方なんじゃない? 最悪王家お抱えの文筆家をやってた貴族って可能性も……どうしよう、国際問題に……お父様に迷惑が……」
「どうでしょうね。常識から違う別大陸や異世界の人の可能性があるんでしょう? 意外と小説の執筆を生業にしていただけの市民だったりするかもしれませんよ。とはいえ紙は貴重品ですし。貴族向けの職種の人だったのは間違いないかと」
「謎の男の人だわ……宝箱なのか、爆弾の箱なのか、開けてみないと分からない人……とにもかくにも、会話ができないとお話にもならないわね」
「貧乳美少女 貧乳苦悩 『胸欲 我胸膨希望 彼誘惑希望……』 少女彼告白 両思確認 『今日私家 両親不在……』 性交性交 超可愛 我執筆 年十冊」
「ね、でも、楽しそうに書いてる感じはしない? ふふ、あんまり表情が動かない無愛想な人だと思ってたけど、仕事を楽しんでる人だったのかしら」
「そうですね。悪い人ではないと思いますよ、わたしも」
「 智乃『五月蝿……』 自分『智、智乃!?』四五四五…… 定型文 遊遊 御注文兎? 同人誌等々 執筆執筆」
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