終章 【透過などさせるわけも無く】5

 ――そして今日、ついに俺達は再会する。と言うと大袈裟に響くかもしれないが、決して大袈裟などでは無いのだ、俺にとっては。


 大学三年生になった俺と、短大二年生になった綾。春の風が少し強く吹く、暖かな日。何故かケーキバイキングにて、俺達は再会を果たしたわけだ。


「久しぶり! 予約しておいたから。さっ、行こう」


 綾は俺にそう言い、再会してすぐに歩き出した。


 うわ、軽い。内心、俺はそう思い、戸惑いを禁じ得なかった。そもそも、一年ぶりの再会がケーキバイキングってどうなんだろうとも思った。ケーキは嫌いでは無い。嫌いでは無いが、バイキングは大抵、時間制になっている。そんな中、ケーキと来れば、綾の性格から考えるに食べることに夢中で、ゆっくり話をするという雰囲気にはならない気がしているのだが……。


「おいしい!」


 ――予感、的中。


 綾は席に着くや否や早速、真っ白な皿にちまちまとしたケーキを所狭しと盛り付けて帰って来た。そしてすぐに飲み物を取りに行く。俺の分のアイスコーヒーも持って来てくれた。その後、いただきますと告げて小さなケーキ達をもぐもぐと食べ始めた。合間にオレンジジュースを飲んでいる。


 もぐもぐもぐもぐ。あっという間に食べ終えた綾は、取って来るねと笑顔で言って、二皿目を持って来た。これまた小さなケーキが所狭しと。そして、もぐもぐもぐもぐ。つられるようにして俺も抹茶ケーキを食べてはいるのだが、話が出来ない。やっぱり、と思うしか他に無い。


「久しぶりだな」


 と、綾がフォークを置いてオレンジジュースに口を付けた時、俺はそう言ってみる。情けないかもしれないが、僅かに緊張していた。


「うん、久しぶり! 約一年ぶりだもんね、会うの。元気だった?」


 カタ、とグラスを置いてこちらを改めて見た綾は、輝くばかりのという形容が正しいと信じられるくらいにパッと光る笑顔を見せ、懐かしく思える弾むようなまるい声で言った。


「ああ、綾は元気だった?」


「とても! 頑張ったよー、毎日。時々だけど、怜君とメールしたり電話したりしてたでしょ? 凄く助かったよ」


「助かった?」


「うん。頑張ろうって思えた。それで、一年後に一緒にここのケーキバイキングに行くんだって計画を練ったり、ちゃんと伝えるんだって決意を新たにしたり、勉強したり、とにかく色々、沢山助けられたんだ。ありがとう! あ、ケーキだけど、九十分しかいられないからどんどん食べた方が良いよ。ケーキ嫌いだった?」


「いや、好きだけどさ。久しぶりで、ちょっと緊張が」


「私も。緊張しますよねー。あ、オレンジジュース取って来るけど、何かおかわり飲む?」


「いや。ありがとな」


 歩いて行く綾の背中では長い髪がゆらゆら遊ぶように揺れていた。いつの間に伸びたのだろう。ああ、この一年か。そんなことをぼんやりと思い、アイスコーヒーを飲む。


「怜君も緊張するんだね」


 オレンジジュース片手に戻って来た綾は、少し意外そうな様子でそう言った。


 そして、


「怜君って、風のようっていうか。飄々としているところがあるような気がするから、私と会うのに緊張なんてしないと思ってた」


 と、続けた。


「一年ぶりだし、多少、緊張はするよ」


「だよね、私も」


「さっきも思ったけど、綾は緊張ってしてる? とてもそうは見えないんだけど」


「してますよー。何て失敬なことを言うのでしょう」


 むす、というオノマトペが飾られそうな口調で綾は言ったが、その表情は穏やかだった。


「髪、伸びたね」


「伸ばしてみたんだ」


「短大、どう?」


「もう折り返し地点かと思うと早い。勉強はそんなに好きじゃないけど、頑張ってるよ」


「ここのケーキバイキングって来たことあるの?」


「ううん。今日が初めて」


「元気そうだね」


「元気! って、さっきも聞いたよ」


 その間も、もぐもぐと綾はケーキを食べていた。


 そういえば、いつかのパン食べ放題の時も、せっせとパンを食べていたことを思い出す。まるでハムスターのようだと思ったあの日が、小さな光の粒のように遠く感じられた。


「紅茶のシフォン、おいしいよ」


「嬉しそうだな。何か和む」


「和む? それより怜君もどんどん食べた方が良いよ?」


「ああ」


 俺は、核心に触れられずにいた。触れた途端、一瞬にして壊れてしまうかもしれない。臆病と笑われようと構わない。一秒でも長く、俺はこの空気の中にいたかった。だから、先延ばしにしたって良いじゃないか。綾が今、何を思っているかを尋ねることを。

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