終章 【透過などさせるわけも無く】1
――ここでは高校卒業後の話をしようと思う。相模原怜という俺という人間が、あの最寄駅から約二十分程を歩いて辿り着く高等学校を卒業し、第一志望の大学に入学してから現在までの。
大学は、やはりというか高校とは雲泥の差だった。自由度が高く、その分、自分の持つ責任感も大きい。周囲の人間は大人で、高校や、それこそ中学の時のように騒ぐ存在はいなかった。(もしかしたら単に俺が目にしていないだけなのかもしれないが。)
毎日は充実していた。それなりに忙しく、それなりに時間があった。高校では禁止されていたアルバイトを始め、自分の小遣い程度は捻出が出来るようになった。叔父に掛ける負担が僅かだが減らせるようになり、少しだけ、ほんの少しだけだがホッとした部分がある。そして、自分で得た金を遣って片桐と出掛けられるようになったことが嬉しかった。
俺は、俺が卒業した後、片桐が意気消沈するのではないかと、かなり心配していた。自惚れと笑われても構わない。
片桐は、その表面に見える三百ワットの電球のような明るさや、遠くへ弾んで行きそうなまるい声とは裏腹に、ひどく脆いところがあると俺は思っていた。それが悪いとか言うつもりは無い。誰にだってあるだろう一面だ。ただ、片桐はその程度が少しばかり高いような気がした。喩えるなら、春風に吹かれて旅立ちそうに揺れるタンポポの綿毛のような、限界まで張り詰めた風船のような。そういう時があるように感じた。
俺が高校を卒業したからといって、俺と片桐の関係が終わりになるわけでは無い。いつか自身が片桐にそう伝えたように、俺達はしばらくうまくやっていた。休みの日には片桐の好きなアイスクリームを食べに行ったり、紅茶専門店に行って紅茶を買ったり、話題の映画を観に行ったり、カラオケに行ったり花屋に行ったりショッピングモールに行ったり。それらはとても楽しく、きっと片桐もそう思ってくれていたと信じている。
だが、いつからか、片桐からメールの返事がなかなか来なくなった。電話をしても繋がらない時がちらほらと生まれ始め、そして掛け直して来る回数も緩やかに減って行った。単純に、忙しかったり疲れていたりするのだろうと俺は思っていた。だから、その辺りを尋ねてみたり無理をしないよう言ってみたりした。悩んでいることがあるなら話してほしいとも。それでも返って来る返事はいつもどれも似たようで、「大丈夫、無理してないよ」に還る。その間も時々は二人で出掛けることはあった。片桐は特に沈み込んでいる風には見えず、俺は気になりながらも強くは聞くことが出来なかった。ただ、一人で考え込まないようにしてほしいということは何度か伝えた。そのたび、片桐は笑って「ありがとう」と言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます