第六章【片隅と隔心】2

 後日、文化祭は休んでしまおうかと言い始めた片桐を俺は何とか思い留まらせた。文化祭なんて遊びの行事に二日間の欠席日数を差し出すことも無いだろうと。最初は渋っていたが、最終的には「それもそうかもね」と頷いてくれた。


  文化祭の謎には大いに同意するし、俺は出来れば自宅で学習の時間に充てたいくらい文化祭に意義を見出してはいないのだが、如何せん片桐はいつ欠席日数が加算されるか分からないので、出来れば抑えておきたいところなのだ。


  俺は、内申書に欠席日数を記録させない為に文化祭は参加する。そう言うと、「じゃあ当日、相模原君が一緒に居てくれるなら参加する」と告げて片桐は僅かに試すような目で俺を見上げた。良いよ、そう返答しただけで片桐の目は瞬時にして虹色に染まったように見えた。




 


  ――文化祭についての話し合いや準備に伴い、徐々に広がり始めた独特の雰囲気は今やクラス中、校内中にしっかりと漂い空気を染め上げ、俺のクラスも勿論のこと例外では無かった。しかし、こうして改めてクラスメイトを見ていると、みんな本当に文化祭が楽しみなんだなと認識せざるを得ない。


  クラスでは、たこ焼きの模擬店を出すことに決まったらしく、たこ焼きを焼く為の型は幾つ必要だろうかとか、材料費がこれぐらいだから材料はこれぐらい用意しようだとか、当日の売り子の順番だとか、看板には蛸の絵を描こうだとか、それはもう様々な意見が次々に出されて行ったのだ。高二から引き続き学級委員長となってしまった俺は、それらを纏めることに正直、うんざりしていた。好きにやったら良いんじゃないですか? そう言ってこの場から退場出来たらどんなにか素晴らしいだろう。やはり高二の時と同じように俺を学級委員に推した響野を見遣ると、俺の視線に気が付いたのか、教室の一番後ろの席から、へらりと間の抜けた笑顔を送って来る。腹立たしい。ここからチョークでも投げ飛ばしてやりたいくらいだ。


  それからの日々は、ゆっくりと、しかし確実に文化祭にまつわる事柄、雰囲気で満たされて行った。俺のクラスで言うと、たこ焼き屋の看板が出来上がり、装飾が出来上がり、売り子の順番が決まり。毎日が来たる文化祭に向かって流れて行く。


  正直なところ、面倒くさい。自分でも何故かは分からないが、準備が進めば進むほど、文化祭当日が近付けば近付くほど、皆が盛り上がれば盛り上がるほどに、俺の気怠さはどんどんと増して仕方が無い。騒々しいことが好きでは無いからだろうか。それに、大学受験のこともある。こんなことをしている場合では無いのでは、という思いがどうしても込み上げて来る。受験のことを抜きにしても、片桐が文化祭を嫌うのも分かるような気がして来た。どうも冷めた目で見てしまうのだ。整って行く準備や、そこに携わるクラスメイト達のことを。


「え、楽しもうとかお前は思わないの? 高校生最後の文化祭なのに」


「面倒くさい」


「うわ、クラスを代表する学級委員が」


「お前が推薦なんかするからなっただけだ。不可抗力」


  内申点が上がるだろうから受けても良いか、とは思ったが。


  響野は文化祭を非常に楽しみにしているらしく、毎日の準備がとても楽しそうだ。その目は希望で輝いていると言っても過言では無い。響野に言わせると俺が冷めすぎということになるらしいが、確かに否定出来ない部分もある。


  響野は烏龍茶が半分くらい入ったペットボトルをちゃぷんと揺らし、探るような視線を俺に向けた。


「文化祭と言えばさ。当日、片桐さんと回るんだって?」


「は?」


「あれ、違うのか」


「いや、違わないけどさ。何で知ってる?」


「聞いた、片桐さんに。この間、すれ違った時に声掛けてみた。すげー嬉しそうに教えてくれたよ」


  ちゃんと恋愛していて良いね、と響野は付け足した後、ペットボトルの蓋をカラカラと開けて傾ける。


「俺も恋愛したいなー」


「すれば?」


「何だ、その勝者の余裕みたいなの」


「そういうつもりは無い」


  昼休み終了の十分前、俺と響野は食堂を後にした。廊下の窓から見える正門付近には幾つもの模擬店が立ち並び、いつもの見慣れた様相を一転させていた。

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