第三章【目撃と訪問】1
片桐の誕生日を祝ってから後、残りの冬休みは特に何事も無く淡々とした日常として過ぎて行った。別に、そこに不満は無い。ただ、感動も無い。
振り返ってみると、片桐の誕生日、クリスマスは意外に楽しかった。少しだけ積もった雪で若干歩きづらくはあったが、当日に片桐が喜んでいるのを見ると、まあ良いかという気分になった。食事も旨かったし、ケーキと紅茶のセットは無料だったし、カラオケも買い物も楽しかった。
ぼんやりと窓から外を眺めつつ思い返していると、やがてコーヒーメーカーが静かになり、気付けばダイニングに香ばしい香りが広がっていた。
俺はコーヒーが好きだが、種類とか淹れ方とかには全然詳しく無い。自販機やコンビニでは缶コーヒーの無糖か微糖、家ではインスタントを良く飲む、その程度だ。
叔父がコーヒー好きなので影響されたのかもしれない。しかし、その叔父もコーヒーメーカーを使うことはほとんど無く、安いインスタントばかりを愛飲している。おかげで俺が初めてコーヒーメーカーを使おうとした先日、それには目に見えるほどにホコリが積もっていた。哀れである。
片桐からコーヒー豆を貰い、生まれて初めて俺はコーヒーメーカーでコーヒーを淹れてみたわけだが、それはインスタントの味や香りとは雲泥の差でひどく驚いた。コーヒーはこんなにうまいものだったのかと、衝撃を受けたほどだ。今までただ何となく飲んでいたコーヒーだったが、こんなにしっかりとした味を知ってしまうと、缶コーヒーの味が存在ごと薄れてしまう予感がした。現に俺の脳味噌の中では、今までの缶コーヒーの味と、このエスプレッソの味が別の記憶部屋に収まっている。
「こういう味は店でしか味わえないんだと思っていたんだよな」
と、先日には独り言が生まれてしまったくらいに俺は驚いたのだ。驚きすぎだろうか。
しかし長い人生、感動は多い方が良い。と、俺は思っている。それで無くとも日常という現実は淡々と過ぎて行くのだ。スパイスはあった方が良い。
――この緩やかな日々は学生の内だけかもしれないが。
適度に暖房の効いたダイニングルームで熱いコーヒーを飲むと、体と心の芯がゆっくりと温まって行った。
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